涙
いろいろ忙しくて投稿の間があいてしまいましたが、この話はまだまだ続きます。
今後もよろしくお願いします。
「やっぱり、リッチー×カケルに決まりよ」
「な……何を言ってるの、あなたがそんな浅い考えの持ち主だとは思わなかったわ」
「なにが浅いって言うのよ。強気のリッチー、いつも周りの様子を気にしてるカケル、それから導かれる結論は、リッチー×カケルしかありえないじゃないの」
「ふふ腐、だからあなたは浅いって言うのよ」
「何がよ」
「確かに今朝のやり取り見てたら、攻めるのはリッチー、かけるはそのなすがまま、とても自然な流れかと思うわ」
「そうでしょ!じゃあなんで、私の考えが浅いなんて言うのよ」
「じゃあ問うわよ」
「何よ!」
「あなたにとってBLって何?」
「な……何って……」
「何? それはそんな口ごもるものなの? 何かと聞かれて迷うようなものなの?」
「な……そんなことは無いわ!」
「じゃあ何よ? そんなこと無いならすぐに言えるでしょう」
「そ……それは……」
「それは?」
「す……全てよ!」
「全て?」
「全て――そう、全てよ! 私の人生の全て、それ以外は何もいらない。それだけで良い。BLが私の存在理由。その全てなのよ」
「なるほど、全てね……」
「なによ、その人をバカにしたような目は」
「はあ——」
「……ため息なんかじゃなくて、言いたい事あるなら言いなさいよ!」
「『全て』なんて、何も言ってないのと一緒じゃないの。そんな言葉に何の意味もないわ」
「意味が無いって……そ、それならあなたはどうなのよ。あなたにとってBLって何なのよ」
「へ? 私にとってですって?」
「そうよ」
「そんなの決まってるわ。言うまでもないわ」
「決まってる? って何よ?」
「言わなきゃ分からないなら教えてあげるわ」
「もったいぶってないで言いなさいよ!」
「それは……」
「それは?」
「特別よ!」
「特別? そんなの当たり前よ。何言ってるの? BLが特別なんてあたりまえじゃないの。そんなのあらためて言う必要あるの?」
「あるわ。私にとって、特別なこと。それが理由。私たちの、普段のつまらない日常からの逸脱。それがなんのへんてつもない日常生活の裏に隠れているかもしれないと言うそのドキドキ感、それが特別よ!」
「はん! 特別なんていうから、なにかと思えば、そんなこと……」
「何よ!」
「そんな程度、私だってとっくに考えたわよ……そんなのは私が2000日前に通過した場所よ! あなたは単に奇をてらって自分が特別だって言いたいだけ。BLが特別なのでなく。やっぱり、——あなたは
未熟者よ。やはり王道が本物なのよ。だからリッチー×カケル」
「何ですって! あなたこそ、王道だとか言ってごまかしてるけど、慣れたストーリー展開じゃないと理解できなくてそんなこと言ってる未熟者なのでしょ。だからやっぱり、通は、カケル×リッチーなのよ」
「何おー!」
「何よ!」
騒がしくも、いつも通りの日常の繰り広げられていた、昼休み。学校のカフェテリアの一角。そこで、こうして佳境を迎えた腐女子どうしの言い合いだったが。はたから見ればどうでも良いような彼女らのこだわりは、互いに譲れずに、ヒートアップをして、その激情が人間の限界を超えるならば、そこに魔が漂っているのならば……
「業羅がでた!」
二人は、あっさりと業羅へと変わるのだった。
窓ガラスの割れる音。
うわ、やっぱり。
と言うか、結構この二人の近くにいた僕——高見カケルは思うのだった。
あのテンパり方はまずいんじゃないかなと思って、僕は警戒してたのだった。
なんか、二人の間で結構本気でヘイト溜まってたし、その前もウェブレイドのランさんが現れたりでなんか怪しいし、危ないんじゃないかと思ってたんだけど……
話してる内容が内容なので突っ込めなかった。
あの二人、僕が近くにいるのなんて構わずに——いや、多分視界に入っても気づかずに、激論をかわしている、その間に割って入っても、なんか飛んで火に入るなんとかになりそうで、そのまま様子見るしかできなかったのだけれど……
ちょっと後悔して、反省した僕だったが、今はそれを悔やんで、業羅になった二人に謝っていてもしょうがない。
僕が今しなければならないのは、今自分がやれること。
——近くにいるはずのウェブレイドの人を見つけて、一刻も早くDJブースを飛ばして来てもらわないと、と思い周りを見渡すと……
「あれ、リッチー……」
僕は業羅の前に一人で立つ彼の姿を見るのであった。
でもーーいったい何を彼はする気なのか。
いくらDFCのトップDJと言っても、手ぶらで業羅に立ち向かうわけには……
と思えば……
「幻想形態」
リッチーの声を合図に、彼の周りにはDJコントローラーが突然現れる。
「ふん、DFC自慢の幻想形態よ。私らのパラダイスロフトも即応性じゃ流石にあれに負けるわね」
いつの間にか僕の横にいてそんな事を言うランさんだった。
「幻想形態?」
僕は、その初めて聞く言葉聞き返すが、
「見てれば分かるけど、ヴァーチャルな、——ホログラムのDJコントローラーよ」
リッチーの周りの空中に、幾何学的な紋様が渦を巻き始めると、それは次第に円とか四角の明確な形で彼の体にぴったりと寄り添うような形になって配置される。
リッチーが手を動かすと、それにあわせてその丸や四角が動く。どうやらあの空中のホログラムに触ることで、コントローラーらしき操作を行えるらしい。
「でもスピーカーは……音が出ないと業羅には……あれ?」
聞こえてくるシンセの音。
これは……
「DFCによるサウンドジャックよ。学校のスピーカーシステムに
学内ネット経由でつないで食堂のPAから音出してるのよ。学校はシステムのバックドアを予めDFCに提供しているの。いえ、実はDFCに限らずうちにも提供されているけれど、学校だけでなく街中のアチラコチラPAがこのために開放されているのだけれど、私らはパラダイスロフト向かわせる方好むのよ。やっぱり出来合いのPAじゃ業羅への対処に不安が残るから……でも」
でも?
「……こう言う時の即応性は彼らのやり方の方がやっぱり上だし、音響調整でPAの能力を最大限に引き出してるーーそれに今回の業羅ならリッチーならひとひねりね」
ひとひねり?
「まあ、こういうホモの嫌いな女子なんていません系は彼のもっとも得意にする業羅で……」
「——いません系?」
僕は、ランさんが、リッチーなら軽く対処できると請け合った二体の業羅をじっくりと眺めて見てーーすぐに目をそらした。
と言うか、目があったら何か背中がゾクッとして思わず横を向いてしまった。
あの二人、と言うか業羅に変わった今も同じように、いや人間としての枷を外れた今や思うがままに妄想をしまくっているに違いなかった。
それも、きっと僕が関係した妄想を。
そう思うと、
「確かに彼ならその妄想を一身に受けれる……今日はリッチーがなんとかしてくれるのかな」
一気に怖気づいた僕は席を立ってそのまま逃げてしまおうか、とか考えるのだが……
しかし、
「あらら、カケルくんにくっついて来てしまうようね」
二体の業羅は僕を(妄想のネタを)逃す気は無いようだった。
「ひえっ!」
何だかテンションの高い笑い声に聞こえる鳴き声を上げながら、業羅たちは僕に向かって謎の白い液体を飛ばして来る。それを僕はすんででかわしながら、どんどんと逃げれば、
「おっ、カケルくん」
ヴァーチャルDJセットの展開をちょうど終えたところのリッチーの横に追い詰められてしまうのだった。
——フフフフ腐腐腐腐腐、ヒヒヒヒ
なんか業羅が喜んで、触手どうしでハイタッチをしているように見える。
それでいて僕のことはじろりと睨んで逃す気は無いというか、ますますリッチーにくっつけたいのかじりじりとにじり寄ってくる。
「はは、あの子達どうしても僕らをくっつけたいようだね。カケルくんならば、今回は覚悟を決めて……」
覚悟を決めて?
「さあ、いっしょに」
いっしょに?
「しよう!」
しよう? 何を?
僕は、彼の言葉の意味が良くは分からずに、——今朝のこともあり、正直警戒してリッチーから少し距離をとろうとするが、
「ひぇっ!」
僕が動こうとした方向に発射されてきた謎の白い液体(多分サボテンの汁)をさけて動けば、リッチーにくっつかんばかりのそばに来てしまうのだが、すると彼の指差すのは幻想形態。
つまり?
「カケルくん。一緒にDJをしよう! バック・トウ・バックで!」
バック・トウ・バック。
もしかして、なんとなく今までの展開から、腐関連の用語かと思ってしまう人もいるかもしれないが——全然そんなことはなく、それは、——バック・トウ・バックとは、1〜2曲くらいで交代で複数人で行うDJプレイの事を言う。
普通は一人のDJが何曲もかけて作る音の世界を、複数のDJが代わる代わるにプエイして、分断されながらも紡ぎだすその世界。うまくハマれば、一人のDJでは決して到達できない斬新で豊穣な空間を作れるののだが、もし失敗すするととことん失敗してしまうというリスクのあるDJ形態、それがバック・トウ・バックなのだった。
正直自分としてはリッチーとのDJの相性など分からない。
ただもうここに至っては——どうせ逃げれば業羅にまたリッチーのそばに追い込まれるに違い無いので——やるしかない。
「そうだ、やるしかないよ——カケルくん!」
僕の心を読んだかのようにそう言うリッチーの言葉を聞いた瞬間、
「ヒィーーーーー!」
甲高い声で業羅は喜びの雄叫びをあげるが、何を考えてるか想像しても嫌になるだけなので、僕は目の前の幻想形態——ヴァーチャルDJコントローラーに意識を集中する。
「ウェブレイドのハードコントローラとあんまり変わらないだろ?」
リッチーの言葉の通り、ホログラムでできているとはいえそのコントローラーの形や配置などは標準的な物とあまり変わらなかった。縦フェーダーがなくて、ダイヤル型フェーダーになっているのはリッチーの好みなのだろうが、これはハウスミックスをするなら——彼は多分それを考えているだろうから——その方が良い。
問題は空中に浮かんでいる映像をなぞって操作するというどうにも手応えの無い操作感でうまくプレイができるだろうかと言うことだが、
「触ってみるといい」
また僕の心を読んだかのようなリッチーの指示に……なるほど。
映像のフェーダーに触った瞬間、指先に感じる反発。ちょうどその位置に超音波かなにかを出して、擬似的な触覚をフィードバックしているようだ。
僕は低音を少し抜いて、またすぐに戻す。次に高音をあげてハイハットを強調しながら、フィルターで音色の変化をつける。その、ちょっとした音のゆらぎでできたグルーヴの変化に、ニ体の業羅は嬉しそうに体を震わせる。
もちろん、ハードコントローラーと同じ操作性とはいかないが……良い感じでプレイができそうだ。僕はそう確信すると、リッチーに向かってサムズアップでそのことを伝えた。
そして、
「大丈夫そうかな?」
と言うリッチーの言葉に僕は首肯してコントローラーから手を離す。
するとリッチーは、コントローラーのループ記号のついたボタンを押し、いままでループしていたビートが前に進み出す。
曲が始まった。
滑らかにうねるシンセの音。軽やかでしかし艶やか。
心が音の中に漂うような、目をつむれば自分が音そのものになってしまったかのような、単純だが深い戦慄。
優しくつつむようなベースの音に乗って、口笛の音が聞こえてくる。
"The Whistle Song "
ハウスミュージックのゴットファーザー、フランキー・ナックルズによる聖歌。
幾多のクラブで、数え切れない程の数の人の気持ちを癒したであろうこの曲。
リッチーは僕の方を見てにっこりと笑い、
「ああ、やっぱり良いね」
僕の共感が得られたのがわかるとさらに嬉しそうに笑いながら、次の曲……
混ざり聞こえる次の曲のシンセ。つづいて始まるうねるリズム。
"The Nervous Track"
これも名曲。マスターズ・アット・ワークのミステリアスでアップリフティングなグルーヴに僕は体を揺らす。
ニ体の業羅もさっきまでの荒ぶった様子はなりをひそめ、リラックした様子で体をゆっくりとくねらせている。曲の良さもあるが、リッチーの絶妙のミックスのタイミングにより、二体はすでにこころをぐっと掴まれたようだ。
「次はカケルくん……」
そしてバック・トウ・バックだ。僕がこの後を引き継がなければならない。せっかく作った音の作り出した空間を壊してしまわないように……
僕はバンクを検索して、次の曲を選ぶ。
「お、いいね」
”Break For Love”
シャッフルのかかったビートが混ざりグルーヴィーなベースの後に始まるヴォーカル。レイズによるハウスクラシック。
そして、
" Can You Feel It"
フィンガーズの物悲しくも心が強くなっていく不思議な曲。
「次はまた君だ」
僕も二曲で交代。DJはまたリッチーになるとかけたのは、
"Tears"
日本人のハウスクリエイター、サトシ・トミイエの初期の名曲。
涙。その言葉が全てを流し去る不思議を歌う。
涙。業羅も気づけば涙のような液体を目から流しながら、感動に打ち震えるかのように時々嗚咽の声を交えながら踊っている。瞬間、その面影には、二人の女子学生の姿も薄く浮かび上がるようになり。
もう少しだった。
僕とリッチーは、そのままもう数回交代を繰り返し、ハウスクラシックで哀愁を感じさせながらも勇気付けられる豊穣な空間を作り出し……
——ついに。
”Rain Falls”
最後もフランキー・ナックルズの名曲。
「雨の日は誰かに抱きしめて欲しい」と歌われるその歌詞と、跳ねるようなリズム。すでに業羅から元の女子高生の姿に戻っていた二人は、うっとりとした顔で僕とリッチーを見つめ、そして、
「もうリッチー×カケルでも……」
「カケル×リッチーでもどうでも良いわよね」
「そうよ見て」
「そうよそこに二人がいて」
「そこで妄想ができれば」
「すべてはBL……」
「それに上も下もない」
「私たちはなんて浅はかだったのかしら……」
「あなたたちついにそこに気づいてくれたのね!」
「「御曽路美子先生」」
僕の担任の美子先生が業羅から人間に戻った二人を引き上げに行ってくれたのだった。腐女子仲間としてほおって置けなかったのだろう。
「そうなのよ。自分の好みを相手に押し付けて争うなんて馬鹿らしい。むしろ相互に、その好みを理解して取り込むべきなのよ。そうしたら二倍に楽しめるじゃなない……いえ二倍どころじゃ無いわ! 二乗よ! 人が算術級数的に増えれば欲望は幾何級数的に増えるのよ! そこを妄想は——すべて救ってくれるのよ!」
「「先生!」」
がしっと抱き合う三人。ここで業羅から人間への引き上げ成立。
まあ、よかったのだが……
「さあ、二人とも立ち上がり、登るのよ!」
「「登る?」」
「今のあなたたちならば見えるはずよ! あなたたちはようやく登り始めたばかりなのよ、この果てしなく遠い乙女坂をよ……」
そして、立ち上がる三人。なんか感動的な様子であるが……
「さあまずはあの二人でもっと妄想よ」
僕とリッチーを見つめる視線の熱気にはっと我に返ると、いつのまに一緒のコントローラーを操作するうちに、ぴったりとリッチーにくっついていたのに気付き、少しほおを赤くしながら慌てて体を離すと……
「ぐぬぬ……」
いつの間に僕の後ろにいたコン子が、不満そうに唸り声を上げていたのだった。




