愛より他に何も無し
『ダンシング・ワールド・ライト・ドリーム』続編を書き始めてみました。
亀アップになるかもしれませんがよろしくお願いします。
この世界には業羅が出た。人間の恨みつらみ、嫉妬や、怒り……そんな醜い嫌な感情を核として生まれて来る怪物達。通常兵器では撃退する事のできない、台風や地震のような、災厄としか言いようがない悪鬼——それが業羅であった。
そんな業羅が現れるようになって二十年以上が経ったのだが、それはまだまだ現れ続けていた。いつまで経っても、その出現はまるで止む気配もなく——むしろ増え続けているかのようにも思えた。人間に負の感情のある限りは現れ続けるがごとく——それは決して消えないこの世であれば——業羅の消える事は無いのかもしれなかった。
しかし、そんな現代兵器も通用しない強羅であっても、撃退するための方法があった。それは踊らせる事だった。正確に言うと、撃退ではなく、変換、帰還。人間が変わった業羅をまた人間に戻すのだった。なぜか業羅はダンスミュージックにより踊らせる事により人間に戻す事ができるのだった。
そんな業羅を人間を戻す為に——踊らす為に——作られた特殊部隊ウェブレイドだった。そして、その人達が僕の住む街に出現した業羅を踊らせる為にやって来て……僕の人生が大きく変わったのだった。——それが、ほんのこの間の事。僕に起きた信じられないような数日を要約して言うとこんな風になるだろうか。
余りにも急速に色々と事件が起きた数日。その間に僕は「見つけられ」、「巻き込まれ」、そして「当事者」となった。
暴れる業羅を止める、踊らせるDJのいない状況で、僕はそれをやるしかなかった。
僕は、本当に出きるかどうかも分からないうちに対業羅DJとしてデビューし、踊らせて事態を収拾させた。ずっと父さんに教えてもらっていた、DJだったとは言え、自分でもいきなり放り込まれたあの危機的状況の中で本当によくやれたものだと思う。
業羅は人に戻り、学園はには平和。ウェブレイドの人たちも、いつか再開を約束しながらも本拠地のイギリスに帰って行った。僕の生活も平静をとりもどしたのだった。
と思えたのだが……
あの事件以来、僕は少しおかしくなってしまったのかも知れなかった。
DJの途中で発現した妙な能力ーーダンタリオン。
あの露出度高いけどセルフ白い光で大事な所隠していた女の人は、それは僕がこれから得るだろう力のほんの一部だろうと言っていた。それが僕の力。「王の力」だとも。
その意味は良く分からなかったし、あの後、その力が僕の日常で発現する事も無かったのだが、——やはり僕は少し「おかしく」なってしまっているのかもしれない。
あれ以来、僕は正気を浸食されているのかもしれない。僕は、何か妙な悪寒のような物を感じて、早く起き過ぎた朝、ベットの中から天上を見上げながら思うのだった。
まあ、正直、僕に全校生徒の命がかかっていると言う状態で、あれだけの緊張が続けばそのストレスで精神が止んでしまう事だってあるだろうと思う。そのせいで、僕が「おかしく」なっているのかもしれないとは思う。
でもこの今感じている「おかしい」感覚。それはあのダンタリオンの発現の瞬間に感じた物と同じ感覚——感触だったのだ。だから僕は何か力の発動の余波でおかしくなっているのかもしれないと思った。
だって見えるはずの無いもの——そこにあるはずの無いものが見えるのだ。
例えば——今——天井の隅に張り付いて僕を見下ろしている妹の舞の姿とか。
そもそも妹が天井に張り付いて僕を見ていると言う幻覚を見る所から僕はおかしいが、ましてや、いつもの清楚な舞の姿からは想像もできないようなだらしない顔で僕の事を見ている幻覚なのだ。幻覚にしてもタチが悪い。妹がそんな様子で僕を見るわけは無いのだから。そう、口元なんか弛緩させてよだれでも垂らしながら、
「ぐへへへへ」
ああ、遂に幻聴まで聴こえて来た。
「うひひひ……兄様の起き抜けを見るのはたまらんな。寝ぼけてぼんやりと目を開けてる所なんてたまらないな……うひひひひ」
何だろう、猛烈な自己嫌悪が襲って来くる。妹がそんな事を言いながら僕を舐めるように見ているなんて……僕の深層心理にはどんな欲望が隠れていると言うのだろう。僕は自分で自分が少し怖くなった。
「おお、なんか顔を顰めとるな。何を考えてござるのかな。でも困った顔の兄様もまっことそそるよな……きききき」
幻覚、幻聴が止まない。相変わらず天井に張り付いただらしない顔をした舞が、僕への妙な欲望をダダ流しにすると言う、あり得ないような光景が僕には見えている。聞こえる。
これがあの戦いの副作用と言うのだろうか。僕が発動した妙な力の反動だとでも言うのだろうか。僕の心はおかしくなってしまったのだろうか。人の身を越えた力に崩れてしまったのだろうか。
僕は嘆息をする。自分の運命に。自分の弱さに。
しかし、その一瞬後、気を取り直す。
何にせよ僕は——あの場では他に選びようが無かったとは言え——自分で進んで入って行った運命に立ち向かわねばならないのだ。覆水盆に返らず。こぼしたミルクは戻らない。起きてしまった事は元には戻らないのだ。
ならば僕はこれに立ち向かわなければならない。
「おい偽物!」
「……へ?」
僕は、天井の、妹の偽物に向かって話しかけた。
「僕は負けないぞ。僕は、お前を消してみせる」
「兄様、何を言っておる?」
お。幻覚が僕に会話してくるな。でもならば好都合。
「お前が僕の弱い心が生み出した幻覚だと言う事は分かっている」
「妾が? 幻覚」
「そうだ。舞は、妹は、そんな下品な顔で僕を見たりはしない」
「ちょっと待って……兄様、妾が見えてるのかえ?」
「言っただろ、偽物。僕はお前が見える。僕はあの戦いの後、精神が壊れかけているのかもしれない。そのせいでお前が見えているのかもしれない」
「なんで見えるのじゃ。妾はこの世界とは位相をずらして、人には見えぬように隠れたはずじゃ」
「……ん? 何を意味の分からない事を言っているんだ幻覚よ。僕が作り出したもののくせして、僕に意味の分からない事を言うんじゃない」
「まて……すると兄様はさっきから妾が天井から見下ろしているのを全部見れてたというのかえ?」
「見えているぞ、偽物。お前が僕の事をにやけた、ゲスい顔をじろじろと見ていた事を」
「まて、兄様……じゃなくてお兄さん。妾……じゃなくて私はそんな顔はしてはいないのじゃ……じゃなくてしてないわ」
「なんだ幻覚! 本当の妹のふりをしようとしてもそうはいかないぞ」
「幻覚? なんだ兄様は、妾が幻覚だと思っているのかえ?」
「あたりまえだ。お前は幻覚だ。舞がそんなだらけた顔をするわけがない。今頃はいつも通り、家の掃除を始めて、終わると朝ご飯を作り始める頃に僕を起こしに来てくれるはずなんだ。僕にはもったいない良くできた妹なんだ——おまえとは違う!」
「それは——朝は——掃除はいつも使い魔に……」
「使い魔?」
「ああ、いや——今の無し。使い魔などおらんぞ、おぬしの妹はいつもも朝は勤勉に働いておる。良くできた美少女じゃ」
「……なんだ、幻覚のくせにおまえ結構離せる奴だな」
「そうじゃ、舞は、絶世の美少女で、学業も素行も満点。誰にでもやさしく、良く気が利く理想の妹じゃ」
「そうだよな。本当に自慢の妹だよ」
「おしとやかでありながら、振る舞いにはっとするほど華があって、まるで往年の銀幕の大女優のようじゃな。それでいて時々オチャメでコケティッシュな振る舞いをするのが親しみが持てる」
「そうなんだよな。舞は僕の理想の通りの妹なんだよ。しかし、お前はよくわかってるな」
「そりゃ、兄様の好みをさんざん分析して演じているのじゃからな」
「……演じる?」
「——いや、いや、違うぞ。断じて、演じてなぞおらんぞ。お主の妹はまっこと天使でござるぞ」
「……? 何だか良く分からないけど……まあ良いか。そもそも僕が生み出した幻覚なんだから、僕が思ってることと同じ事言ってもおかしくはないし……それよりも……」
「………?」
「僕はこの幻覚に立ち向かわなければならない。僕はこの幻覚を退散しなければならない。その為には……」
「それは——!」
僕はベットから飛び起きると、足元においてあったコックローチ殺虫剤を幻覚に向かって噴射した。この頃夏近くなって現れるGに対抗するために置いておいたそれを、悪を退散するとう意思がこの家の中にある物の中で最もこもったそれを、僕は幻覚に向かって噴射したのだった。
「ぶぎゃーあああああああ!」
そして、幻覚は大悲鳴とともにその姿を消す(天井から落ちてドアを開けて廊下に出て行った?)のだった。
*
「あれ、舞今日は機嫌悪いのかい」
何故か僕の事を恨めしそうな目で睨む妹の舞。朝食のテーブルでの事だった。何か今日は雑な感じの料理だった。
毎日作って貰っていて文句も言えないのだが、今日は切って皿にのせただけのキャベツに目玉焼き作ろうとしたら失敗してそのままスクランブルエッグにしてしまいました的なところどころ焦げた卵料理の一品と、焼いてないでそのまま出された食パン。
僕は食事に贅沢言う気はないし、だからこの朝食でもまるで問題は感じないのだが、いつもは朝でも栄養のバランスを考えた凝った食事を出す妹がいつも通りでないと、何か悩みがあるのではないか、あるいは疲れているのではないか等と、兄としては心配になるのであった。
だが僕が何か話そうとすると、プイッと横を向いて、
「ゴキブリ……私はゴキブリ扱い」
と意味不明の呟きをしている。
確かにさっき僕は、幻覚の妹に向かってスプレーを浴びせたが、あれは幻覚なのだから、実在の妹とは関係ない。舞がゴキブリの事を呟いているのと関係があるわけがない。
すると、良く分からないが、舞は台所でゴキブリでも見たのだろうか。確かにもうすぐ梅雨になると言うこの時期、奴らが出始める時期で、繊細な妹がそれを見てしまったらショックを受けてしまうと言うのもありそうな話である。ならば、ここはゴキブリは僕がちゃんと駆除する事を宣言して、安心させるべきなのではないだろうか。
だから、僕は、
「今度家中にバルサンを……」
「死にさらせボケ!!」
ん?
今、清楚で天使な妹がとても汚い言葉づかいをしたような気がしたのだけど……
そんな訳が無いので、僕は、今目の前で見た、聞いた事が一瞬記憶から飛んで……
「どうしたの? お兄さん!」
妹は僕が唖然とした表情でいるのを不思議そうな顔で見つめている。
それを見て、
「何でもないよ」
そう僕が言うと、
「変なの……(ニコッ)」
と言いながら、天上の笑みを見せる舞のかわいさに、僕は少し前に考えていたことなんてもうどうでも良くなって、朝食をいつの間にか食べ終わっているのだった。
そして、結構時間が経っていたのに気づくと慌てて学校へ向かうしたくを始めようと席を立つ僕。
しかし、するとその瞬間、
「今日からこれ部屋に置いておいて」
と言いながら舞は僕を呼び止めて、自分の横の席に置いていたパンダのぬいぐるみを渡す。
それは、僕が(このごろ舞が無くしてしまったらしい)パンダの髪飾りと一緒に東京土産で買って来たぬいぐるみなのだった。確か、ずいぶん大事にしてくれていたと思ったのだが、それを僕に返して来るとはやっぱり何かまだ怒っているのかと不安になるが、
「違うの。(妾が監視できなくなったからこの子に寄身して兄様の様子を……)」
「監視?」
「……か、監視じゃなくて。歓喜よ! (うわ、心の声を読まれたのじゃ。兄様の能力はいつの間にかそこまですすんでいるのでござった)」
「歓喜?」
「……こ、この子が私の部屋では飽きて歓喜できなくなって、たまには別の部屋に行きたい言ってるから。(そして、この畜生の人形を寄身にして兄様の監視を続けるのじゃ)」
「歓喜って? やっぱり監視って言ってなかった? それに、僕の部屋何かに来てそのパンダくん嬉しいかな? 人形もやっぱり女の子の部屋の方が居心地良いんじゃないかな?」
「良いのじゃ! ……じゃなくて、良いのよ。可愛い子には旅をさせろなの。私達、倦怠期なのよ。たまには離れて暮らす事も必要なの! (兄様の寝顔見てうへうへする楽しみを妾が捨てることなどできるわけなかろう。何としてでもこの猫熊畜生を兄様の部屋に送り込むのじゃ……じゃなくて、心を読まれるのじゃ。無心、無心じゃ!)」
なんだか良く分からないことも言いながらの、やたらと必死そうな舞であった。正直、そんなに一生懸命なのなら、彼女なりになにか譲れない理由があるのだろうから、兄としてはここはどんと構えて頼みを受け入れるべきなのではないか。
そう思った僕は、
「分かったよ。まあこの子がいなくて寂しくなったらいつでも迎えに来て良いから……」
舞からぬいぐるみを受け取るのだった。
すると、にっこりと微笑みながらも、
「ありがとう。(……まったく今回は何もかも早く進み過ぎておるのじゃ。妾の決断も早々に行なわねば……)」
舞はまた謎の言葉を言いながら、少し悲しそうな目になるのだった。