牛乳を通した日本
頑張ってる人のバンドを応援できるのは嬉しい。
俺の祖父が死んだ…辛い戦争を乗り越えてこの日本で生きていた祖父が死んだ。
「昔はな。牛乳なんて高価なものでのぉ。ワシなんて飲むことが出来んかった。」祖父はよく言っていた。
「おじいちゃん。何泣いてるの?」
「牛乳さえ飲んでいれば、伝蔵。お前を死なせなかったはずなのに。」
「伝蔵さんって誰?」俺は祖父に尋ねた。
「伝蔵はワシの弟でな。元々、体が弱かったんじゃ。彼は丙種合格もなく、出征することはなかった。
」
-ある夏の暑い日のことだった。
私、久留間靖が戦争に出征する日は。日本の旗がまるでお祭り騒ぎのように、人々は私達を見送った。ある人は平然と、ある人は涙を流していた。当時、神風を信じることでいつかきっと来るだろう死を忘れようとした。
軍隊に入れられ、そこで少しの訓練をした後、戦地に送られた。
日の丸の飛行機に乗るときは、緊張のあまり倒れそうになった。
「今から、俺は敵兵を駆逐するんだ。おのれ、列強。大和魂で乗り越えてみせる。」
そう意気込んで、飛行機に乗り込み、敵国の飛行機と射撃戦を繰り広げた。しかし、途中で燃料が切れ、中国の南西部に墜落してしまった。
なんたる様だ。このままでは日本の恥となってしまう。
自決しよう。そう思ったときだった。目の前で、子供が泣いていた。漢学者であった父の影響を受け、中国語を学んでいた私は中国語で話しかけた。「どうしたの?」と。
「おじさん、日本人でしょ?どうして罪の無い子供達を殺すの?ねぇ。」その少年はそう答えた。
「一体、何があったんだ?」
「とぼけないでよ。先の南京を襲ったあの事件、日本人がやったんでしょ?」
後に南京虐殺とも呼ばれたあの事件のことだ。
当時、軍によって報道統制されていたためそんなことは知らなかった。だが、中国東北部にいる関東軍がやったのだと、すぐに理解できた。
「日本の政権は、報道統制されていて一部しかその事を知らない。」と私は答えた。
「そうなんだ。でも、あの子はもう帰ってこないんだ…」
彼は落胆していた。話によると初恋の相手が関東軍に殺されたらしい。私はその話を聞き、関東軍の暴走を止めようと思った。
「分かった。これ以上、犠牲を出さないように俺は善処する。俺はもう日本軍を抜ける。一人の中国人となって日本に抵抗する。」私はそう思った。天皇を敵に回すよりかは、関東軍の暴走を止めるために。
その少年の家に泊まることが出来た。流暢な中国語を話すことが出来る私は、日本人と疑われることもなく生活することが出来た。私は一家の農作業を手伝い、同じご飯を食べ、苦しいながらも一人の中国人として生活した。
何気ない日々。しかし、ある時その少年の一家はそこを離れた。
ここがまた日本軍に復帰する機会なのではないか、私はそう思った。数十里離れている軍の基地に一人の中国人の格好で向かった。途中で日本兵に会い銃撃されそうになった。
「待て!俺は日本人だ!」そう叫んで誤解を解いた。
「靖?お前か!なんで中国人の服装を纏っている。」桜木という男であった。我が旧友であった男だ。まだ生きている。嬉しかった。
「桜木!お前か。あぁ俺だ。中国人にバレると殺されるからな。この服装で誤魔化しているんだ。今から基地に戻る。頑張れよ。」「基地に色々と届いているようだ。もう一ヶ月も行方不明だからな。死んだと思われているかもしれない。」
中々辛く足が痛い。それでも水を飲みながら先へ進んだ。
ある日、水がなくて困っていたとき、とある中国人が白い液体をくれた。それが牛乳というものであった。
高級品であったため、口にしたことはなかった。
濃厚な口触りで今までに感じたことの無い幸せを噛み締めた。
その気分を忘れずに進んだ。
そして五日後に基地についた。そして上官に挨拶し、再び戦地に赴く所存だと言ったが、この書簡を見てから言いなさいと言われた。
『拝啓 久留間 靖 様
秋も深まります今日この頃、いかがでしょうか。さて先日、伝蔵が結核によって21年の生涯を終えました。無事、式も滞りなく済み、悲しみは残りますが、新たな生活を始めたところです。兄上も任務に尽力なさってください。敬具 末弟 重義より。』
「伝蔵!伝蔵…うう。牛乳さえ飲ませられれば、生きられたかも知れないのに!」上官の前で不甲斐なくも涙を流してしまった。
「久留間君。君も辛いと思う。無理するでない。もう、徴兵期間は終わった。帰るのが良い。」上官はそう言って下さり、私は帰ることとなった。
そして恥ずかしさもあるが日本に戻ってきた。皮肉なことだが、日本人を捨てるって言う者が生き永らえ、お国のためにと忠誠を尽くしたものが死んでしまう。そんな時代だった。-
「ワシの寿命はもう少しじゃ。そろそろ、伝蔵…行くで。あの世では牛乳を飲もうな。一緒に。政勝、例の曲をかけてくれ。ワシはあの曲が聞きたいんだ。純、良い曲を見つけてくれたのぉ。」
「おじいちゃん。死んじゃダメだよ!俺が二十歳になるまで頑張って見届けるって言ったじゃん!」
「すまんのぉ。だがもう少しだ。寿命が来てしまったんじゃ。でもな、純のことは天の上で見届ける。立派な大人になるんじゃよ。」
「では、父上。例の…例の曲を流します。うっうっ」
「何を泣いておる。政勝。一家を頼んだぞ。」
父、政勝は泣く泣くCDをかけた。『帰りに牛乳を…買ってきて下さい…寝る前にホットミルクがどうしても飲みたくて』
「この曲を聴いてな。よく伝蔵の事を思い出すんじゃ。昔はな。それが後悔、いや心残りやったけどな。今となっては良き思い出じゃ。眠くなってきたのぉ。」
祖父の心拍数は徐々に下がっていってる。
「もう終わりが近づいてるんやな。お前達を遺せてワシは幸せじゃ。」
『ずっと一緒に居ようねと…』心拍数は50をきった。
「で…でんぞう…」祖父は苦しそうになった。
母は急いでナースコールをした。
『いつか時間が流れて 私が冷たくなるとき』
その時、祖父は息を引き取った。まるで歌に会わせるように。
「靖じいちゃん…あぁあ」暫く悲しみは続いた。