第8話 -豚と入学式-
朝食を終えた【スフィリア】の面々は、一階ロビーで集合していた。
各々が所属する学年の制服を着ており、最上級生のルービスは青いネクタイを。二年生のリセは赤いネクタイを。アジナとファナは、緑のネクタイを首に締める。
「心配しなくとも、似合ってるわよ」
「そ、そうかな」
見事に着こなす屋敷の皆を見て、アジナは自分が場違いではないかと感じてしまう。
リセに窘められても、違和感が拭えることはない。ゆったりとした動きやすい服、もしくは生地の薄い寝間着くらいしか持っていなかったアジナにとって、学生服のような身体にぴったりとフィットする服を身に纏う感触はそう簡単に慣れやしないだろう。
「リセ、今日は大丈夫?」
「ええ」
「そ。良かった」
ファナが然りげ無くリセの体調を確かめる。
昨夜の出来事以来、アジナはファナの性格をなんとなく察していた。
要は、誤解されやすいタイプなのだ。寡黙だからあまり言葉を発すことはないが、受け答えに不便することはない。聞かれたら答えるし、他人にだって合わせられる。
ファナに似た性格の知り合いを、アジナは思い出す。
知り合いというか、妹だ。彼女もまた、他人との関わり合いには鈍い反応をしていた。普段からツンケンしているから強気で怖い印象が村では先走っていたが、家族であるアジナは、妹が根は優しいことを知っている。
「んじゃ、行くか」
ルービスがそう言って、屋敷の扉を開く。
差し込んだ陽光を片手で遮りながら、アジナは外に出た。
今日は勇者聖剣養成学校の入学式。上級生であるリセやルービスにとっては始業式でもある。そして、アジナにとっては夢への第一歩となる一日だ。
後の人生で、この日よりも大きな一歩を踏み出すことはないだろう。
「アジナ、お前なんか顔沈んでないか?」
興奮と期待だけではなく、今のアジナの胸には緊張と不安も去来する。
聖剣に恋して、長らく無念を味わってきた身だ。その月日は人生の半分以上もあり、心のどこかではこの日の到来を絵空事と考えていたのかもしれない。
夢が遠すぎるのだ。理想を追い求めているとは言え、自らを客観視できないわけではない。身体が弱かったり、環境に恵まれていなかったりと言い訳は散々できるが、自分が周りの勇者の中で、誰よりも劣っている事実は不変である。
その震えは故に、武者震いに他ならない。
無数の困難を片っ端から覆さなくてはならないだろう。考えもしなかった苦痛を幾重にも被らねばならないだろう。傷すら負わせられない相手と対峙する時も来るだろう。それでも立ち向かうのが、アジナ・ウェムクリアという勇者だ。
己を鼓舞し、鼻白む気炎を滾らせる。
聖剣への恋を成就させる……だけではない。
あの日、自分の命を救ってくれた彼女たちへの恩返しを、アジナはしたい。
伏し目がちだった顔を上げれば、爽やかな朝日が出迎てくれた。
あまりにも眩しいその光に、アジナはかつて見た聖剣の姿を連想する。ああそうだ、自分はそれを欲しているのだと、願いを改めて認識する。
「ううん、気のせいだよ」
「……そうか。なら良いんだ」
まだ早い時間帯だというのに、王都は賑わっていた。
この辺りは勇者聖剣養成学校とはまた別に、王立学園もある。今の時間に露店が開いているのは、客層をそこの生徒に定めているからだろう。色々と工夫しているのか、品揃えはパンや串焼きなど移動しながら頬張れるものが多かった。
「ところでルービス。アジナには私たちのこと、もう話したの?」
「ん? ああ、勿論まだだぜ。俺たちが言ったところで現実味が沸かねぇだろ? こういうのは部外者に伝えられるのが一番さ。それに……そっちの方が面白そうだし」
「はぁ……」
ルービスの言葉に、リセが額に手をやって嘆息する。
その後、アジナに対し、哀れみの視線を送ったが、本人には意味がわからなかった。
初めて王都に訪れた時とは逆の道筋を辿る。
石畳を四人で談話しながら歩き、ほんの数分もすれば校門前へと着いていた。
「俺らはこっちだな」
「ファナ、アジナの面倒見てあげてね」
ルービスとリセが、それぞれ案内に従って別れる。
リセの言葉にファナは若干嫌そうな顔をしたが、断ることはない。
校門を潜った先は大勢の生徒でごった返していた。初等部、中等部、高等部の学生が教師の案内に従い、一丸となって移動する。最早、ゼリアスの名物と言っても良いこの光景だが、油断しているとあっという間に巻き込まれてしまう。
以前からこの学校に通っていたファナならば問題ないが、アジナの場合、一度でも流れに攫われたらそのまま遭難する可能性がある。勇者聖剣養成学校を舐めてはいけない。この学校の敷地は、授業内容に関係してとにかく広大なのだ。
「聖剣は、聖剣はどこだ……!」
だというのに、アジナは血眼になって聖剣を探していた。
しかし、普段は人間の姿をしている彼らをこの中から見つけ出すのは、さしものアジナでも不可能だ。勇者紋章と違い、聖剣の力の源である聖片は外見には表れない。
「さっさとクラスを確認しに行くわよ」
「くらす?」
「所属する教室のこと」
入学式が行われる講堂に行く途中の高等部本校舎の前にて、クラスの発表がされているらしい。以前からゼリアスに通っているファナの言うことだ、間違いないだろう。
高等部の二年生と三年生が回り道して校舎に入っていく中、一年生であるアジナとファナは、校舎表の入り口にある掲示板前へ来た。
「アジナ、クラスは?」
「Bクラスだった。ファナは?」
「同じよ。……誰か仕組んでんのかしら」
ボソリと呟くファナだが、その声は人集りの喧騒に紛れて消える。
目が回りそうな人の動きだ。年に数回の村の祭りでさえ、ここまで人で賑わうことはない。とは言えファナの赤髪は目立つので、彼女を見失うことはなかった。
「ところで、ちょっと聞きたいんだけどさ」
喧騒で掻き消されない程度の声量で、アジナがファナに言う。
「僕たち、妙に目立ってない?」
「……気のせいよ」
それが嘘であることは容易く看破できた。
より厳密に言えば、周囲の視線はまずファナに向く。そこで何かしら衝撃を受けてから、今度はどういうわけか、その矛先がアジナに向くのだ。
「……?」
気にはなるが、答えてくれないならば引き下がるしかない。
ファナについて行く形で校舎内を歩いて暫く、目的地である講堂へ到着する。
見たことのない人数が一室という限られた空間に収まる光景はアジナにとっては新鮮なものであり、右へ左へ視線を動かしては楽しげに笑う。その度につい身体も動かしてしまい、危うく列から逸れてしまいそうなところをファナに助けてもらった。
「変なことしたらぶっ飛ばす」
一向に落ち着きを見せないアジナに、ファナが最終的に告げた言葉はこうだった。
これにはアジナも顔を恐怖に引き攣らせる。震え声で「はい……」と返事をしたきり、ファナはアジナの少し前に位置取った。
上級生の指示通り、講堂内で蠢く列はクラス毎に分かれている。
となれば、前後にいる人たちはこれから一年間を共にする学友だ。周りに悟られないよう、アジナは瞳だけで見渡す。誰も彼も、着用する制服だけが同じで、それ以外はてんでバラバラだ。一本角を生やす男もいれば、尻尾を生やす女もいる。
亜人、と呼ばれる種族だろう。村でも何人かいたが、勇者である亜人は初めて見た。
最初こそ、立派な人ばかりで萎縮していたアジナだが、良く見れば自分と同じように騒いでいる者も多い。田舎者とてアジナだけではないようだ。しかし傍から見れば、随分と間抜けに見える。沸き上がる親近感に安堵を覚えながらも、姿勢を正した。
「――おはよう、諸君」
雛鳥のような甲高い声が、講堂に響き渡る。
どこか、あどけなさを残す声色だ。声色は柔らかく、声の主の落ち着いた感情が伝わってくる。しかしその達観した雰囲気と、畏まった口調がその声色と矛盾した。
学生たちの騒々しさが消え、誰もが講堂の前方にある演台を見る。
だが、そこには誰もいなかった。
「今の声は?」
声の主が不在であることに疑問を持つアジナは、そのまま周囲の様子を確かめる。
どういうわけか、周りの彼らは特に動じていなかった。その態度は寧ろ呆れているものであり、中には「またか」とはっきり口にしている者までいる。
アジナの脳内に、「透明人間」というフレーズが過る。
いやそんな馬鹿な、と思う一方で、そうであれば面白いかも、と呑気に考えてしまう。透明人間も十分珍しいが、どうせなら聖剣に会いたいものだ。
「何、見えておらん? ……ああ、すっかり失念しておった」
声量に比べて、その声は荒々しさを感じない。恐らく、何らかの装置か魔法によって声量そのものを底上げしているのだろう。よいしょ、よいしょ、と幼児が重たいものを持ち上げる際に良く聞く掛け声が、講堂に反響する。
「うむ、これでどうじゃ」
ひょっこりと演台から顔を覗かせた声の主は、小さな女性だった。
敢えて少女と表現しなかったのは、彼女の側頭部から生える長耳を見たからである。
それは、先程目にした亜人と同じく、彼女が亜人である証拠だ。厳密には長寿族と呼ばれる種族であり、文字通り通常の人間と比べて長い寿命を持ち合わせている。そして、対照的に外見年齢が幼くなるのも、また長寿族の特徴だ。
声色は骨格など身体の発達具合によって変化する。ともすれば、長寿族である彼女の声が幼く聞こえるのは当然のこと。最も、その年齢まで幼いとは限らないが。
長寿族の場合、見た目と精神年齢の差が外見では量りきれないのが問題である。
幼い身なりをした長寿族に子供扱いしたところ、実は自分よりも年長者で気まずくなった……という事例は珍しくはない。年功序列を基準とした、上下関係を重んじる環境では一層注意せねばならないだろう。
「多くの者が儂のことを知っておるとは思うが、当然、中には儂のことなど毛頭存ぜぬ者もいるじゃろう。よってまずは、その者たちのために自己紹介をしようと思う。――リディア・マクドラセルじゃ。本校、学校長を職掌としておる」
端正な顔立ちが、優しげな笑みを浮かべる。講堂内を吹き抜ける風は彼女のブロンドの髪を持ち上げ、翡翠に透き通る双眸を露わにさせた。
理知的で、貫禄のある佇まいだ。流石は勇者聖剣養成学校の校長と言える。
「さて、今更話すことは無いに等しいのじゃが……これも慣わし。例年通り、本校の成り立ちから我々の掲げる教育理念について、語らせてもらおう」
そうして、リディアが勇者聖剣養成学校の設立について、語り始める。
遡ること四世紀前、の口述から話は始まり、次いで勇者と魔王の伝説の終焉からリディアは淡々と語る。話の内容は知る人ぞ知るものであったが、正直、学校の成り立ちを聞いたところでこれといった衝撃はない。
当然、殆どの生徒は話を聞いていなかった。
欠伸が漏れたところで、アジナはファナを見る。
先程から全く姿勢を崩していない。背後からは話を聞いているかわからないが、その気力には思わず舌を巻く。伸びをして身体を解し、アジナは前を向いた。
「……こうして、勇者と聖剣の道は切り拓かれた。勇者にとって、聖剣の使い手となることは生来の宿願と言えるじゃろう。確かに、世代と共に増え続ける勇者と違い、聖片の数は限られておる。故に聖剣を持つ勇者はほんの一握りの存在じゃ。しかし、それが諦念する理由にはならぬ。本校に在籍する勇者たちには、如何なる困難にも決して打ち負けず、貪欲に聖剣を追い求めて欲しい。――ああ、ちなみに儂も聖剣じゃぞ」
耳にしたリディアの言葉は、アジナの内側で爆発するかのように膨れ上がった。
まさか、壇上でこちらを見下ろす彼女こそが聖剣であったとは。念願の聖剣と相見えることによって、アジナは歓喜する。舞い踊りたい気分だ。
「――――っ!!!?」
高揚した自身の意識を、叫び散らして吐き出したい。
しかしそれを抑制するのが、前方からのファナの視線。鋭くアジナを射止める真紅の瞳は、鬼のような形相を見せる。喉元まで出かかっていた魂の震えを、アジナはどうにか飲み込んで、代わりに己の内側だけで狂喜乱舞してみせた。
拳を握り締め、できる限り周りに訝しまれないよう心がける。
しかし顔だけは無理だ。どうしても、ニヤけてしまう。
「お前、わかるのか……?」
ふと、背後から掛けられた声にアジナは表情を変えた。
一瞬だけファナの方を見ると、まだ睨むような視線を浴びせてくる。何か少しでも余計なことをしでかせば、宣言通りぶっ飛ばされるだろう。
恐る恐る背後を振り返ってみれば、そこには真剣な面構えでこちらを見る豚がいた。
否、豚ではない。彼は人間だ。アジナが彼を豚と見誤ったのは、彼が獣人という種族の中でも、豚の性質を色濃く引き継いでいるからである。鬣のように頭頂部から首元までを覆う桃色の体毛に、縦にも横にも膨れ上がった巨躯。体格を考慮せず無理矢理着たような制服は、今にも破れてしまいそうだった。
「わかるって、何がさ?」
「彼女の美しさだ」
同胞――その二文字が、アジナに響く。
元々、聖剣は謎が多い上に歴史も長い。芸術的な価値を取り除いても、熱狂的なファンがいるのはアジナも知っていた。俗に言う聖剣マニアとは、彼らを示している。
これだけの生徒数だ、一人くらい同胞がいてもおかしくない。
「ああ、わかるよ。彼女は素晴らしい」
「お、おお。まさか同士がいるとは……!」
アジナの震えが、豚に伝染する。
背後からの見咎める視線を感じたが、アジナはそれを意図的に無視した。初めて出会った同胞に、少々気分を高め過ぎたのかもしれない。
鼻息を荒らげ、豚はアジナと同じように血走った目でリディアを見る。
「本当ならもっと近くに行きたいのに……」
「全くだ。見ろよ、あの最前列で上向いている男。あいつ、絶対狙ってるやがるぜ」
「ね、狙ってる!?」
驚愕しているが、一応声量は抑えている。
豚の狙っている発言にアジナは内心穏やかではない。狙っているとは何だ、つまり校長を自分の聖剣にしようと目論んでいることか。
「あの人、相手はいるんだろうか?」
「馬鹿、いるわけねぇだろ。学校長だぜ」
実際、学校長が聖剣として扱われているならば、このような場所にいるわけがない。
魔王が滅びて早四世紀。それでもこの世界には、数多もの脅威が存在する。それも、人と人との間にある政治的なものではない。純粋な、人類に仇なす暴力の総称だ。
勇者とはそれだけで十分に戦力だが、聖剣持ちの勇者となれば別格だ。
彼らは世界中の脅威を排除するために、度々駆り出されている。少なくとも、そういった脅威が殲滅されない限りは、聖剣持ち勇者に暇が与えられることはない。
これは、万事に秀でる才を持つ勇者の義務だ。
嫉妬の混ざらない羨望なんてあるものか。選ばれし者が怠惰に時を過ごせば、嫉妬の餌食となるのは自明の理。勇者、そして聖剣は、居場所を得るために凡夫では敵わない相手と戦わなくてはならないのだ。
「そうか。なら、チャンスはあるってことだね」
「おいおい、笑わせんなよ。話がわかる相手だろうが、こればかりは譲らねぇ」
「上等じゃないか」
「こっちの台詞だ」
互いに笑いあい、牽制の真似事をする。
無論、言葉に嘘はないが、そう物騒な真似をするつもりはなかった。数分前までは赤の他人であった仲にも関わらず、こうして無駄口を叩ける間柄を築けたのはアジナにしても好ましい。学校の交友関係については、少なからず不安を抱いていたものだ。
豚が力一杯に息を吸うのを見て、アジナも肺に酸素を溜める。
とは言え今はまだ入学式の最中だ。吐き出す声の大きさには注意する必要がある。アジナは眼前の豚が口を開くと同時、己の決意を表明した。
「彼女には――――僕の聖剣になってもらう!」
「彼女には――――俺の花嫁になってもらう!」
前半は全く同じだった。
ただ、後半が全く異なっていた。
おかしい。アジナも豚も、てっきり最後まで同じ言葉を放つものだとばかり思っていたのだ。先程までの会話で互いが互いを同胞だと思っているのは理解できている。だとすれば、その思考も、目標も、壇上に佇むリディアに望むことも同じな筈。
想定外の一言を、自らが同胞と認めた相手に告げられ、
「「――はぁぁっ!?」」
遂に、叫んでしまった。
やってしまった、という後悔は二人にはない。同胞とばかり思っていた者の裏切りに、二人は周りなんて一切気にすることなく騒ぎ立てる。
「おいおい、ちょっと待て。聖剣? 何言ってんだお前、そうじゃねぇだろ!?」
「そっちこそ! あんな見た目幼い子に対して、花嫁? 馬鹿げたことを!」
「てめぇ! あんだけ思わせぶりなこと言っておきながら吐かしやがって! 大体、聖剣なんて他にいくらでもいるだろうがっ!?」
「はっ、とんだ愚問だ! 他の聖剣だって僕が手に入れてみせる!」
額に青筋を立てた二人が、人目を憚らずに言い合いを続ける。
上げて落とすという苦行を、アジナと豚は感じていた。どちらにせよ、新たな学校生活において早々に頼もしい仲間を得られたという安心感があったのだ。それをこんなに簡単に裏切られたとなれば、憤怒するのも無理はない。
況して、相手の意見が全く理解できないならば尚更だ。
「ああ、何だソレ!? 独り占めかよ!」
「好きなもんは仕方ないだろ!」
「聖剣に惚れてるってか!? 笑わせる、どうかしてるぜ!」
「どうかしてるのはそっちじゃないか! あんな餓鬼んちょなんかに――」
周りの生徒たちの、息を呑む気配がした。
興味本位の視線が消える。最も、それらを初めから感じていなかったアジナと豚にとっては、些細な違和感でしかなかったが、眉を潜めるくらいのものではあった。
「――お主ら、いい度胸じゃの」
ガツン、と頭蓋骨に落とされる拳骨の音が二つ。
唐突に訪れた衝撃に、アジナと豚は頭を押さえながら蹲った。先程までの威勢はどうしたのか、小さな呻き声を上げて悶え苦しむ。
痛みに顔を歪めながら、アジナは怒りの矛先を眼前の人物へ向けようとした。
そして首を上げて漸く気づく。周りの生徒たちが、こちらを遠巻きに見ていることに。眼前でこちらを見下ろす人物が、少し前まで壇上にいた学校長であることに。
こうなってしまえば後の祭りである。
アジナは冷や汗を垂らしながら目線を前へやるが、いつの間にかファナがいない。ぶっ飛ばされずには済んだが、見捨てられたようだ。
「本来ならばこの程度で済まさんが、今は教え子たちの門出を祝う時。教育者として、それを踏み躙るような真似はしたくない」
どちらかと言えば、周りに言い聞かせているようだった。
学校長に怒っている様子はない。演台で語っているような淡々とした口調だ。
「それと、そこのお主」
しかし、次の瞬間。
学校長リディアは、怒り心頭といった様子でアジナを見る。長寿族のトレードマークである二つの長耳が、まるで角のように見えた。
「儂はこう見えて、貴様の二十倍近くは年を食っておるからの。……くれぐれも、調子付くのではないぞ? 餓鬼んちょ」