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第2話  -謎の推薦状-

修正が粗方終わりましたので、適当に投稿します。

読者さんお久しぶりです。大変長らくお待たせいたしました。多分、最新話はもう少し待っていただくことになります。

初見さんいらっしゃい。暫くの間、更新速度が無駄に早いけれど、実はこれ修正です。修正していると話数とか色々変わっちゃったんで、面倒だから話をバッサリ削除しただけです。本来の更新速度ではないので注意してね! 詳しくは活動報告にて。

 世の中には、フェチという言葉がある。

 フェティシズムを俗に略したその意味は、趣向、趣味、性癖などなど。日常会話で普通に使われる意味合いもあれば、ちょっと危ない使い方など、用途は様々だ。


 例えば、金髪フェチ。

 これはつまり、金髪という条件を満たす容姿を持った人に、ある種の感情を抱くこと。好意だったり、もっと粘っこいものだったり。一言で、執着とも表せる。


 ――ともすれば、アジナは聖剣フェチに他ならなかった。


「……今まで、本当に長かった」


 蹄鉄が地を蹴る度に揺れる幌馬車の中、アジナは物思いに耽っていた。

 あれから十年――聖剣という存在を知ってから、決して短くはない月日が流れた。

 煉獄の中、初めて見たそれはどんな物よりも美しく気高く、簡単に一目惚れした。現界した女神とでも言うべきか、瞼の裏に焼きついたあの姿は最早崇拝の対象だった。


 幸いにして、アジナには勇者の血が流れている。左肩にある勇者紋章ブレイブシールがその証拠だ。

 これ程、勇者として生まれたことに感謝したことはない。聖剣を扱うための絶対の条件を、アジナは生まれながらにして満たしていたのだ。


 ともすれば、聖剣に対して求めることは変わってくる。

 崇拝の対象であると同時に、アジナはそれを欲しいと――即ち「使いたい」と願うようになった。聖剣を武器として、また自分が勇者として、かつて魔王を倒した勇者と聖剣のような関係を、アジナは築きたいと思った。


 だからこその、王都への出立だ。いつまでも小さな村に引き篭もっていては聖剣との出会いがないのは当然。待ち続けるというのも性分として合わず、やがてアジナは王都ベルエナの、勇者聖剣養成学校に通うことを決意した。


「見えてきましたよ」


 御者の声を聞き、アジナは幌馬車から顔を出す。

 広大な大草原を一直線に横切る地平線。そこに、少しずつ凹凸が現れた。

 遠目に見えるあの白い造形は、まさしく王都ベルエナの城壁。ベルエナは建国当初、周辺の外敵を遠ざけるために城郭都市の形を取ったと言われている。


「ああ、緊張してきた……これから頑張らないと」


 アジナにとって、何よりも優先すべきは聖剣とお近づきになることだ。

 村には聖剣なんて存在しなかったが、王都は違う。特にこれから通うことになる勇者聖剣養成学校には、十中八九聖剣がいる。生徒としても、教師としても。

 つまり、お近づきになるとは言っても、聖剣と出会うことは簡単なのだ。

 アジナがお近づきになりたいのは聖剣との心の距離、信頼関係である。


 聖剣が最も喜ぶものとは、何だろうか。

 導き出したその答えは、「誰よりも聖剣を使いこなしてみせる」ということだった。

 聖剣の存在意義は、武器であることだ。ならば武器として最高の気分を味わえば、きっと聖剣は喜ぶに違いない、とアジナは考える。聖剣冥利に尽きるというやつだ。

 また、書物によれば、聖剣は優秀な勇者に惹かれるらしい。それには勇者と聖剣、そして魔王の発端が大いに関係するらしいが、そんなことはどうでもいい。要は、聖剣が幸せであれば、そして自分が聖剣を扱えればそれでいいのだ。


 聖剣に振り向いてもらうべく、誰よりも優秀な勇者をアジナは目指す。

 そのためには、誰よりも頑張る必要があった。


「――着きましたよ。ここが、王都ベルエナです」


 馬車から下りたアジナは、御者と馬にそれぞれ礼を言う。

 門前の衛兵とは御者がやり取りを済ませてくれたらしい。鉄の先端を持つ槍を持つ二人の衛兵が、門の両脇へと移動する。


 そうして、二人の門番の間を抜けた先には絶景があった。

 王都ベルエナの外壁は六角形の形を取っており、その内側も対角線に沿って六つの区画に分かれている。唯一、全ての区画に属しているのが都市の中心に聳える白亜の城、マナ・セイル王城だ。緩やかな坂を登った先にあるそれは、遠目でもよく目立つ。


 南門を抜けた先にある商業区には、その城に向かうためのメインストリートがある。

 東西南北、四つの門のある王都でも特に出入りが盛んなこの門の周辺は、とにかく賑々しい。メインストリートを囲う観光客用の露店もそうだが、旅人や商人のための施設だって充実している。宿や運送企業はこの付近が最も栄えているそうだ。


「あ、あれは……!」


 欲しかった聖剣の本が、露店に売っている。

 衝動に駆られて歩み寄るも、暫し考えてからアジナは購入を辞めた。ただでさえ少ない手持ちの金ということもあるが、これから通うことになる学校には大きな書庫……俗に言う図書塔なるものがあるらしいのだ。無駄な出費は抑えたい手前、まずは先にそちらの方を覗いてみることにする。


 しかし、買わないと決めたからといって、その品揃えには目を剥いて反応する。

 どれもこれも、村では手に入らない物ばかりだ。伸びてしまう腕をもう片方の腕で必死に取り押さえ、アジナは葛藤に苦しみながらメインストリートを進んだ。


 まずは、今後世話になる勇者聖剣養成学校の学校長へ挨拶に行かねばならない。

 確か、メインストリートを道なりに進んで行けば自然と辿り着くような場所だった筈だ。というよりも、恐らく遠目に見えるあれが学校だろう、と目星が付いている。


 アジナが商業区を超え、住宅街に入った頃。左手にはデモリア騎士団の本部が見えてきた。ジルヴァーニ王国の治安維持に貢献する名誉ある騎士たちの住処だ。王都への観光客は、これを見るために訪れる者も多いという。まだ昼前だというのに耳を澄ませば剣戟の音と、気合の篭った掛け声が空気に乗って聞こえてくる。

 国民に寛容であるデモリア騎士団は、ここ王都のみならず、基本的に毎日の鍛錬を公開している。騎士を目指す者や、似た職業のもの、或いはただの興味本位でもいい。彼らの奮闘を一目見れば、何かしら得るものもあるだろう。


 そのまま更に進んだ所で、それは漸くアジナの前に姿を見せる。

 王国に……否、世界に名立たる学舎。勇者聖剣養成学校『ゼリアス』だ。


「アリディール村より、ずっと広い!」


 自分は今まで、どれだけ小さな世界で生きていたのかを思い知らされる。

 同時にそのような感想を抱いてしまって、村の皆に申し訳ないとも思った。何故だろう、まるでトラウマを抉られたかのようなとてつもない悲壮感が胸を突く。村の面々が一斉に「おい!」と突っ込んでる場面を幻視した。


 壮観だ。しかしそれは、背後に佇む王城の存在も含めてである。

 中心に王城が聳えるからか、王都の立地は「中心に近づけば近づくほど、国に価値を認められている」と考えられる風潮がある。だとすれば、王城の隣に立つこの学校は紛れも無く、王国にとって重要な存在だった。


 そこに通うという栄誉にアジナは全身を震わせる。しかし、どこの国でも同じだが、勇者聖剣養成学校はその有り様からは想像もつかないくらい生徒の入学に積極的だ。アジナが『ゼリアス』に通うことになったのも、入学条件が「勇者または聖剣であれば一切問題なし」であったのが一番の理由である。後に名を残す勇者と聖剣を数多く輩出している学校にしては、破格の条件と言えるだろう。学費も、決して高くはない。


 意思さえあれば誰だろうが迎え入れる。

 まるで、戦争時の軍のような、なりふり構わないその振る舞い。幾ばかりか危険が残っているとはいえ、魔王が滅んだ今の時代には不適格だ。

 とか何とか考えつつも、アジナがその答えを知る由もない。


「ここに、沢山の聖剣が……おっと、涎が」


 口元から垂れる液体を服の袖で拭い、身を引き締める。

 人間、最初が肝心だ。目の前の荘厳な校門を潜るためにも、身だしなみは勿論、覚悟を十分に備えておく。踏み出す先が自身にとっての新天地であることを自覚する。


「――よろしくお願いします!」


 門の直下、誰に向けるわけでもなく、アジナは深くお辞儀する。

 そうして第一歩を踏み出し、勇者聖剣養成学校の校門を潜る。その先に待っていた光景に暫し見惚れ、アジナはゆっくりと二歩目、三歩目を紡いだ。

 広大なグラウンドには校舎からの影が差すこともなく、平に整地された地面が満遍なく陽の光を浴びている。少し先に見える校舎はやはり美しく、王城と違って凝った装飾こそ無いものの、均整の取れた全体の造形は品の良さを彷彿とさせた。 


「学校は休みの筈だけど、結構人がいるなぁ」


 ざっと見て、十数人程度か。校舎内にはもっといるかもしれない。

 アジナの視界に入る彼らは、一様にグラウンドを縦横無尽に駆け巡っていた。と言っても、単に駆けっこをしているわけでもなく、その手には武器が握られている。グラウンドにはデモリア騎士団本部前で聞いたそれと同じく、剣戟と檄が飛び交っていた。


「ええっと、学校長室は……この建物の中か」


 大きな広間に出たアジナは、そこにある案内板で目的地へのルートを調べた。

 どうやらここが学校の中心であるらしい。華やかな噴水と、手入れの行き届いた花壇が周囲を囲むこの空間には、談笑する生徒の姿もちらほら見れる。背の低さから見て、初等部の生徒だろう。アリディール村の子供たちを想起し、どこか暖かい気持ちになったアジナは、学校長室があるらしい建物へと足を運んだ。


「ここ、かな……」


 職員棟三階突き当り。アジナはそこで、一際質の良い扉を前にした。

 案内図によればここで間違いない。癖毛が目立っていないかどうか手触りで確かめ、次に自身の衣服に乱れがないか確かめる。最後に、第一声が上擦らないように小声で発声練習をしてから、アジナは二度、ノックをした。


 どうぞ、と落ち着いた返答が扉越しに聞こえた。

 ノックのために握っていた拳を開き、ドアノブに手を伸ばす。緊張のあまりゴクリ、と喉を鳴らして、アジナはノブをゆっくり捻った。


「失礼、します」


 金色の蝶番が僅かに軋む音を鳴らし、扉が完全に開かれる。

 その一室は、左右を本棚に挟まれていた。どちらの棚にも重厚な書物が敷き詰められており、漂う本独特の香りが僅かに鼻を突く。中央には背の低い長方形のテーブルがあり、それを両側から挟むように黒塗りのソファが配置されている。そして、それらの前方には、大きな長机が鎮座していた。


「君は……アジナ・ウェムクリア君ですね? 明日入学予定の」

「あ、はい。そうです」


 話が通っているようで何よりだ。

 声の主は、前方にある巨大な机の隣で書類を整理しながらこちらに顔を向ける。まだ若い男性だ。中性的な顔立ちは、アジナを見るなり柔和な笑みを浮かべる。


「本校、副学校長を務めているゾディス・ペイリールです。申し訳ありませんが、学校長は今不在でして。代わりに私が君の手続きを済ませる手筈になっています」

「えっと、よろしくお願いします」

「こちらこそ。取り敢えずそこのソファにでも座って下さい」


 ゾディスが指した黒塗りのソファへ、アジナはおずおずと足を向ける。手前の方にアジナが座り、ゾディスは対面に座る。その際、机に置いてあった書類の束から一部を手に取り、それをテーブルの上へ広げた。


「アジナ君は……勇者としての入学ですね。まずは紋章の提示をお願いします」

「わかりました。ちょっと待って下さい」


 勇者紋章ブレイブシールと呼ばれるそれは、勇者の血筋に現れる特殊な痣だ。

 刺青。模様。刻印。何と表現しても構わない。現代における勇者は、身体のどこかに必ずこの勇者紋章を保有している。どういう原理かはまだ解明されていないが、僅かでも勇者の血を引き継いでいれば生じるものらしい。長い歴史の中、例外と呼べる例外は皆無であるという事実がその信頼性を保障している。

 祖先である初代勇者は、大層自己主張が激しい人物なのだろう。


 紋章は、勇者の証明としても用いられている。

 自身が勇者であることを証明するには、これを見せることが一番手っ取り早いのだ。幸い勇者紋章は、焼いても抉っても勝手に再生する。例え全身を炎が包んで肌が溶解しても、皮膚が修復されさえすれば、紋章も自然と復活する。


「……はい、確認しました。入学の資格は十分あり、と」


 服を摺り下げ、露出した左肩にはアジナの勇者紋章が刻まれていた。

 三つの小さな歯車と、それらを包み込むような炎。それぞれが薄紅色で描かれており、色の濃淡に差はないが、線の濃淡で歯車に質感を持たせている。これが生まれつき皮膚に刻まれているというのだから、全くもって不可思議だ。


「出身はアリディール村、と。結構遠いですが、何か目的があってこの学校に?」

「聖剣に会いたくて、この学校を選びました」

「聖剣に? 成る程、聖剣が好きなんですね」

「はい!」


 微笑ましいものを見るように、ゾディスが優しく微笑む。

 実際はそんな生半可な気持ちではないのだが、蔑ろにされないだけでもアジナは嬉しかった。苦節十年、自分の恋心を真っ向から受け止めてくれた人はいない。


「確かに、この学校ならば多数の聖剣に出会えるでしょう。勇者である君には、彼らを使いこなす資格がありますからね。その情熱に期待していますよ」

「ありがとうございます」


 テーブルの隅に置かれたインクにペン先を浸し、ゾディスが手元の書類にスラスラと何かを記す。そして、別の用紙に手を伸ばした。


「それじゃあ最後に、君が所属する学生寮を決定します」


 そう告げながら、ゾディスが渡した一枚の用紙には、本校における学生寮の立ち位置とやらが大雑把に記述されていた。渡されたそれを、アジナはザッと斜め読みする。

 勇者聖剣養成学校は、学生寮を一つのグループと捉えているらしい。それが主に活用される場面は、例えば催し物であったり、対抗競技であったりと、それなりの数が挙げられている。寮別対抗模擬戦などは、本校でも目玉イベントだそうだ。

 ゾディスが学生寮を"利用"ではなく"所属"と表現した意味を悟る。

 所属先の学生寮によっては、今後の学校生活が大きく左右されるだろう。


「一応、新入生にはこちらの【ディーン】をお勧めしています。所属人数が多いから、縦にも横にも人脈が広がることが強みですね。卒業したの先輩たちから色々教わる機会もあるでしょう。雰囲気も比較的賑やかで、学生らしい生活が送れます」


 お勧めなだけあって、学校との距離もそこまで離れていない。

 他にも様々な学生寮があったが、そのどれもが魅力的だ。【ディーン】のように人脈の形成に重きを置く寮もあれば、利用者全員が武闘派という面白くも恐ろしそうな寮もある。利用者のみならず、施設の充実度を指標に選択することも可能だ。


「あの、その件なんですが」


 この寮に住んでみたい、と思える程のものも幾つかあった。

 しかし、それよりもまずは質問しなくてはならないことがある。こちらの様子を窺うゾディスへ、アジナはポケットから一枚の封筒を取り出してみせた。


「その、とある伝で貰ったんですけど……」


 ゾディスが眉間に皺を寄せながら、封入されていた一枚の用紙に触れる。

 そこに記されている内容を確認した彼は、直後に目を見開いた。


「これは……ふむ、指定学生寮推薦状ですね」

「学校長に渡せと言われたんですが、それって使えますか?」

「勿論です。学生寮推薦の制度は結構前からありますが、期限が設けられたことは一度もありませんからね。一応聞きますが、アジナ君はこの推薦状の効果を……?」

「……説明お願いします」


 持っているだけで、その効果をイマイチ把握していないアジナ。

 それを察したゾディスは一度推薦状をテーブルに置き、軽く両手の指を噛みあわせた姿勢でアジナに説明を開始した。


「簡単に言えば、これがあれば本来所属できない学生寮にも所属できます」

「本来所属できない寮、ですか?」

「ええ。さっき見せた資料には載せていませんでしたが、本校の学生寮は実際、もっと数があります。ところが、何らかの理由で入居者の募集を認可していない場合もあるんです。部屋が埋まっていたり、寮の管理人が特定の条件を提示していたり。そういった学生寮は予めこちらで省かせてもらっています」


 例えばここ、とゾディスが資料のとある部分を示す。

 先程の紹介ではアジナに見せていなかったページだ。そこに記されている学生寮は、新規入居者は募集中とあるものの、その条件に女性限定と書かれてある。


「所属先の学生寮によって学校生活に変動があるのは周知の事実ですからね。だからこの推薦状は、所有者が『この生徒は絶対にあの寮に入った方が良い!』と思った時に活用されるんです。とは言え、流石に超えてはならない一線もありますけれど」


 男子禁制の寮へ男子が入寮するのは、流石に認可できないとゾディスは暗に言う。

 その点については疑問もなく、当然であるとして頭に入った。


「何にせよ、まずは推薦先を確かめましょう。ふむふむ……」


 簡単な説明を終えて、ゾディスはテーブルに置いた用紙を再び手に取った。視線が上から下に流れ、顎に手を添えて推薦状の内容を黙読している。


「――なっ!?」


 ゾディスが驚嘆の声を発した。

 飛び上がるようにソファから立ち上がり、震えた手で用紙を目に近づける。思わず力んだ腕は指を伝い、摘んでいる用紙を皺立たせた。


「……アジナ君。君は過去に、何らかの恩賞を得たことは?」

「ない、ですけど」

「では功績は? 或いは戦果、戦歴は? ……それとも、不正?」

「い、いやいやいや! 何もしてませんよ!」


 功績という意味でも、戦果という意味でも、不正という意味でも。

 自分は潔白であることを全力で主張するアジナに、ゾディスが怪訝な視線を注ぐ。一体何故そのような目で見られねばならないのか、アジナにはわからなかった。


「何もしていない人間が、【スフィリア】に迎え入れられる筈が……」


 ゾディスの呟きは曖昧に聞こえたが、掛けられたものでないので対応できない。

 その推薦状に記されている文に、それほど変哲はない。下部にはただ一文、『この者を学生寮【スフィリア】に入寮させることを強く薦める』とだけ記されている。


「……失礼、少し取り乱してしまいました。如何せん前例のない事態でしたので、こちらも心構えができてなかったみたいです」

「い、いえ、大丈夫ですので……」

「ありがとうございます。……遅かれ早かれ、明らかになることですからね」


 最後にそっと呟いて、軽く咳払いした後にゾディスが気を取り直す。

 一方のアジナは平静を装う素振りを見せながらも、内心は狼狽していた。口で説明されてこそいないが、どうやら自分は前代未聞の何かをやらかしたらしい。副学校長ともなる御方があれほど取り乱したのだ、相当なことなのだろう。

 厄介事は勘弁して欲しい。アジナはただ、聖剣とお近づきになりたいだけだ。


「それでは、アジナ君は推薦先である【スフィリア】に入ることで構いませんね?」

「お願いします」


 ゾディスがペンで書類にスラスラと文字を書く。

 そして最後に、ペン先を止めた彼はおずおずとアジナに質問した。


「ところでアジナ君。それは誰から貰い受けました?」

「あー……それが、ですね……」

「うん?」


 どう説明すればいいものか。

 話し方からして、このやり取りは入学に必須なものではないのだろう。となれば、別段畏まって説明する必要もあるまい。アジナは素直に、本当のことを言うことにした。


「知らないんです」

「知らない? つまり君は、知らない人からこれを貰ったと?」

「はい。丁度、十年前……」


 あの時の光景を思い出しながら、アジナは脳内で言葉を整理していく。

 そして、訥々と語り始めた。


「その、アリディール村は、勇者狩りの被害に遭ったことがあるんです」


 アジナの言葉に、ゾディスが目を剥いた。

 勇者狩り。それは文字通り勇者を狙った殺人事件、或いはその下手人の総称である。

世の中には不思議なこともあるようで、どういうわけか、一般人よりも遥かにリスクを負うにも関わらず、故意的に勇者に狙いを定める殺人鬼が存在するのだ。全体を通せば稀と言える事例だが、これがまた数年おきに必ず二、三例は現れる。一時期では勇者を嫌悪する組織そのものがあるのではないか、と噂されていた程だ。


 勇者狩りの最大の特徴は、その目的が不明であること。

 被害者は過去に遡れば多数いるが、彼らの誰しもが恨みを買うような人ではない。殺人という大きな行動を起こすに至って、目的がないというのは異例の事態だろう。まして、目的も無しに覚悟のつくような犯行ではない。殺人に快感を得る変態が犯人だとしても、それが勇者のみを相手にする理由はなんだろうか?


 次点で特徴を挙げるとすれば、犯人が勇者を殺せる程の強さを持っていること。

 過去、アジナは五歳の頃に勇者狩りに遭遇した。その年代の子供相手ならば、そこらの青年でも簡単に殺せるだろう。だが、勇者狩りの被害は子供だけではなく、驚くことに戦いを生業としている勇者でさえも葬られた前例があるのだ。

 それほどの実力があるならば、汚れ稼業に手を染める必要はない。

 つまるところ、勇者狩りとは全く謎の事件であり、故に災害に近しいものなのだ。


「僕はその際、火事に巻き込まれて死にかけたんですが、その時に救ってくれた人がいました。顔は覚えていないし、名前は聞きそびれましたが……女性の勇者であったことだけは覚えています。推薦状は、その人に貰いました」


 命の恩人から貰い受けた、大切なものであると。

 アジナの感情を読み取ったゾディスは、無意識に自らが立てた推薦状の皺を指の面で伸ばそうと試みた。


「そうですか。すみません、余計な質問を……」

「いえ、お気になさらず。僕にとって、あの記憶は良い物と扱ってますから」


 その場繕いの言葉ではなく、本心だ。

 あの日、あの時、聖剣に出会えたことを本当に感謝している。

 

「十年前、アリディール村、そして勇者狩り……っと、考えこむのはまたの機会にしておきましょう。手続きはこれで終了です。お疲れ様でした」

「ありがとうございます」


 最後にゾディスが推薦状の右隅に、印鑑を押す。

 背面から薄っすらと朱印の色を透かさせるそれを受け取り、封筒に仕舞ってから再びポケットへ収納する。目当ての用を終えたので、アジナはその部屋を退室した。

 

 









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