おめでとうありがとう
「……っ!」
「へえ」
「それはまた水臭い」
「え~、なんだよそれぇ!」
「知りませんでした……」
「それなりに長い付き合いなのに、考えてみれば初耳ですにゃー」
久しぶりに皆での食事時間に顔を出したギルマスを囲み、メンバーたちがわっと声をあげる。
きっかけは直継の思い出したようなささいな一言。
「あれ、そういやシロはそろそろ誕生日じゃなかったっけ」
ここで「あ、余計なことを」という顔をシロエがしたのは、かえって彼らしいと言えなくもない。
ここは元ゲーム世界、今は強がり半分で表現するなら住めば都の〈エルダー・テイル〉。
アキバの街の片隅にある〈記録の地平線〉のギルドハウスは、いつものごとく和気藹々とした空気が流れていた。その食後らしいのどかさを破った発言である。
「あのっ、それでいつなんですか?」
驚きのまま真っ直ぐ尋ねてくるミノリに、シロエはぐるりと目を泳がせた。
誤魔化すつもりだと気付いたアカツキは、質問の矛先を主よりも気安い〈守護戦士〉の方に向けた。
「ずるいぞ、バカ直継。そういう重要な情報はギルドメンバー全員で共有すべきだっ」
「バカってなんだ、ちみっこ。忘れてたんだからしょうがねーじゃんか、不可抗力祭りっ」
「そんな祭りどうでもいい、エロ直継。あとちみっこ言うな。……それで結局いつなんだ、主君の誕生日」
問われるとむむむ? と直継が黙る。
二人を知らない人にはかなり悪し様に聞こえるアカツキの台詞だが、当の直継に気にする様子はない。
ギルドの他のメンバーにしても、普段無口であるはずのアカツキがこうもテンポよく気楽そうに話すのが、実は直継相手だけであるのを知っているので、ささやかなじゃれ合いに口を挟む者はなかった。
「思い出せませんか?」
「師匠、頑張って!」
双子の声援に直継はグシャグシャと髪を掻き混ぜる。その様子をシロエが恨みがましそうに睨むが、強く止めるのもおかしな話で、いかにも居心地悪そうに身じろぎしている。
「あー何だったかなあ、何か語呂合わせがあった気がすんだよ。前に一回聞いたことがあるだけで、特に毎年祝うとかしてた訳じゃないからなぁ」
「そりゃ男同士でおめでとうありがとうなんて気色悪いよ。っていうかいいだろ、僕の誕生日なんて別にどうでも……」
返った言葉はほぼ同時だった。
「よくないですっ」
「そんなことはないぞ、主君っ」
「え~兄ちゃん誕生日嬉しくないの?」
「おめでとうくらいは言いたいなあ」
「何ごとも、記念や節目は大切だと僕は思う」
あまりの勢いに目を丸くした後、シロエは何とも言えない表情になった。照れくさそうな、逃げ出したそうな。その一部始終を直継とにゃん太が笑って眺める。
「それで、直継っちは語呂合わせと言いましたかにゃ? 例えば、今日で言うといい夫婦の日……」
11月22日。日付を確認しながらにゃん太が言うと、どこか痒くでもあるように直継が悶える。
「あ、もうちょっと。ご隠居、かなり惜しかった気がするそれ。何かこ~近いヤツをもう一声……」
「じゃあ1123で「いい兄さんの日」はどうですかにゃ?」
「……っ! それだー、さっすがご隠居。だったよなシロ、いい兄さんっておっさんになったらどうすんだとか何とか話してた記憶──、」
話を遮るように小さな悲鳴があがる。
「だったら、お誕生日って明日じゃないですか!」
「え、明日? 兄ちゃん明日が誕生日なの?!」
「な……何でもっと早く思い出さなかった、バカ直継っ」
「だから不可抗力だって言ってるだろ、ちみっこ。……ってうわっバカ、膝はやめろ、暴力反対祭りっ」
「分かった、分かったから待って」
にわかに騒がしくなった室内に、慌ててシロエが制止の声を上げる。
照れ隠しに眼鏡を直す仕草を混ぜて、何てことのない様子を装って続けた。
「この世界に慣れるのに必死でさっきまで僕も忘れてたけど……確かに僕の誕生日は23日です。語呂合わせは恥ずかしいから忘れてくれていいよ。──さて、と。それじゃまだ少し仕事が残ってるから」
そう言ってそそくさとシロエが退室した後、皆の反応は真っ二つに割れた。
「にゃん太さん!」
「老師!」
「あ、待ってわたしも!」
と、一斉にギルドのご意見番ことにゃん太にすがるような目を向けた女性グループと、
「師匠! どうしよう?!」
「僕に何か出来る事はないだろうか?」
と、直継に助けを求める男子グループ。
「わかってるんです、わたしたち〈料理人〉のサブスキルは持っていないですし……」
「あまりその……現実世界でもお菓子なんかを作ったりはしなかったんだが、老師……」
「わたしも、セラちゃんみたいにクッキー焼いたりは出来ないけど、でもお手伝いくらいは……」
どうやら同じことを考えたらしい彼女たちは、少し恥ずかしそうににゃん太に話す。
一方──、
「師匠なら、兄ちゃんの欲しがりそうなもの分かるんじゃない?」
「感謝を伝える機会があるのなら逃したくない。何かアドバイスをもらえないだろうか」
などと、男子グループもなかなか必死な様子で、頼れる壁役に意見を扇いだ。人との繋がりに真摯であるがゆえに、逆に独りでいることを選び、ゆかしくも孤高を保っていたシロエのかつてを知っている二人は、その様子をしみじみ暖かく感じた。
「シロエちは愛されていますにゃぁ」
「ほんと、シロも照れてないで素直に祝われりゃいいのに。ありゃ絶対、今ごろ部屋で頭抱えてるぜ」
その事態を招いたのが自分であることも気にせず直継が言い放つ。にゃん太も目を細めて髭を撫で付けた後、浮き足立っているメンバーたちにくるりと向き直った。白い手袋につつまれた細長い指が、注目を促して一本上がる。
「ではこういうのはいかがですかにゃ? 焼くのはシンプルなショートケーキ。粉をふるったりフルーツを切ったり、飾りをつけるのは多分〈料理スキル〉を必要としないはずですにゃ。混ぜ合わせ、焼くところは我が輩の担当。その他は皆にお任せしますにゃ」
おお、と目を輝かす女性陣。
「んじゃ、俺らはその材料集めだなっ。さすがにロック鳥の卵とまではいかなくても、出来るだけ高レベルの素材で美味いご馳走作ってもらおうぜ! 一日しかないから特に効率が重要祭りっ。野郎ども景気よく狩りまくってついでにアキバ周辺の治安良化にも貢献しようキャンペーンだぜっ!」
よしきた。うん、素晴らしい。とこちらも大いに乗り気な様子。
今のアキバであればいくつかの店で見目良い美味しいケーキが買える。食材だってお金を出し合って、手の届かない高レベルの物を揃えることができるが、それより身の丈にあった贈り物をしたいと皆の心は一致したようだ。
「あ、明日はセラちゃんとか、マリエさんを呼んじゃダメなのかな」
どんなデコレーションにしよう、と早くも相談を始めた二人の横で、五十鈴がためらいがちに意見を述べる。
「そうですにゃぁ、もうすでにサプライズパーティも難しい、予告してしまったようなものですからにゃー」
考える様子のにゃん太の隣で直継がこだわりなくにやりと笑った。
「だったら予想より大ごとにして驚かすのも一興ってね。腹黒メガネ爆誕祭りっ」
「……初めて祭りを正しく使ったのを聞いた気がするぞ、バカ直継」
「え、でも爆誕祭りって言葉はほんとに正しいの……?」
「ああなんだミス・五十鈴、〈冒険者〉は皆、誕生日をそう呼ぶのかと一瞬思ってしまった」
「いーじゃん、爆誕祭りってケーキに書いてよ、それすっげーカッコいいよ、きっと!」
「やだトウヤ、そんなのあんまり可愛くないよ」
「可愛くなくてもいいじゃん~。兄ちゃんだって男だぞ」
「それとこれとは話が別なの!」
話はどんどんわき道へ逸れていく。肩身の狭そうな五十鈴ににゃん太が救いの言葉を投げた。
「で、結局どうしますかにゃ? 人数が決まらないと料理も決められないですにゃ」
「うし、じゃあ調達部隊はその辺で声かけまくりつつ出動。途中でどのくらい集まりそうか連絡するってことで」
「了解ですにゃー」
「あ、お客様がくるならお掃除しないと」
「うん、主君にばれないように迅速かつ果敢に、だな」
「やった、何か楽しくなってきた。たまにはこういうのも必要だよね!」
「ルディ兄、レベルいくつぐらい狙う?」
「というより、散らばっていないフィールドで手に入る物に決めた方がいいのではないかな?」
「おっ流石、いい目のつけどころだぜ。じゃあルディはご隠居から必要な材料を聞いて、どのポイントを攻めるのか調査。トウヤは行き道に誰に声かけるのかリスト作って、二人とも今から一時間後に一階に集合。装備に関しては自主性にお任せ祭りっ」
目を輝かせたトウヤとルディが拳をあわせる。
「誕生会、思いつく限りいっぱい呼んでいいんだよな?」
「我が輩、腕によりをかけますにゃー」
照れ臭さを忘れるために書類整理に没頭していたシロエには、隣室のたくらみなど知る由もなく。
翌日、待ち受けていた大騒ぎと強制される挨拶に、さすがの腹黒メガネも悲鳴をあげるのだが、それはまた別のおはなし。
寒さの増したアキバの空は、青くどこまでも澄み切っていた。