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Le commencement de l'amour  作者: 篠宮 英
3/5

♪×3 チョコレートの行方

 もう夜も遅いんだから送って貰ったら?という、実にお節介な平先生の言葉の押しに負け、送って貰う事にした私。


 渋々帰り支度を整え、すやすやと眠っている櫂君を腕に抱き上げたチョコレートの人改め、伊勢谷さんの後ろをついていき、駐車場に行けば、そこには意外な事に、普通の乗用車が主の帰りを大人しく待っていた。

 

 実は正直なところ、平先生が今度部長に昇進すると言っていたから、もっと違う車に乗っているものだとばかり思っていた私は、何の違和感もなく櫂君を助手席のチャイルドシート席に寝かせ、無表情に「どうぞ」と、後部座席の車のドアを開けてくれた伊勢谷さんの態度に驚かされた。そして、その開けられた後部座席にあったチョコレートの山にも。


 一目で本命と理解できるチョコレートの山に、私は驚きを禁じ得なかった。そしてつくづく世の中の女性達は見た目重視なのだと、同じ女として少し苦々しくも思った。


 自分達は見た目で決められ、選ばれるのを忌避しているのに、自分達がやっている事と言っている事が正反対で、言動が矛盾している。


 それにしても、見事としか言いようがないわね。

 これが噂に聞く、都市伝説の一つの「段ボールチョコ」なのね。


 大きな段ボールから溢れたチョコレートの山達。これらの行方はもう既に決まっているのだろうか。


「乗らないんですか?」


 しげしげと普段は見る事の叶わないモノを見ていた私は、訝しげに問いかけてくる人の声で我に返り、そして瞬時に悟った。


(なるほどね・・・。)


 そして同時に、顔も送り主さえも判らない、このたくさんのチョコレートを渡した女性達に心の底から同情した。

 きっと彼女達は、この伊勢谷さんの無意識の真摯で紳士な言動と態度に心を鷲掴みにされたに違いない。幾ら無表情・無口だとて、無意識に醸し出す空気は、心を魅了してしまう。


 全く罪作りな人だ。


「小西先生?」


 再度の伊勢谷さんの促しに、私はチョコレートで溢れ返るその後部座席に乗り込み、チョコレートの山を観察した。そんな私に、「ようやくか」といった疲労の類の溜息を吐いた伊勢谷さんは、自分も運転席に座り、静でいて緩やかに車を発進させた。


「・・・・・・。」


「・・・・・・。」


 車の中は静かで、聞こえるのは微かな車のエンジン音と、櫂君の健やかな寝息だけ。


 基本的に特定の園児や保護者と親しくなってはいけないと言う暗黙の基本規則があるから、親しく会話する事もないけれど、私は何故かこの沈黙といか雰囲気に居た堪れなかった。それに、私は伊勢谷さんに家に送って貰うと言うのに、住んでいる部屋どころか住所さえ告げていない。そして、伊勢谷さんも何故かそれを聞いてこない。


「あの、」


 恐る恐る(だって、今まであんまり接点がなかったからこれが当然なの。)、口を開き、言葉を紡げば、自分が如何に緊張している事に気付かされた。それでも私は言わなければならない。自分の家に帰る為に。


「すみません。私のマンション、椿ハイツなんです。近くにコンビニがありますからそこで」


 そこで降ろして下さいと言い掛けた私は、コロッと転がり落ちた一つのチョコレートに目を奪われた。

 それも仕方ない事だと思う。だってそのチョコレートを贈られた人は、今運転している伊勢谷さんではなくて・・・。


「なんで平先生の旦那さんのチョコレートがあるワケ・・・?」


 しかもこれ一つだけじゃなかった。次から次に見つかる平先生の旦那さん宛へのチョコレートの数々。

 もしかしてこれって全部平先生の旦那さん宛・・・?


「それは私が社長から処分を命じられた一部です。自分には奥様と子供がいるからと。――何か良いアイディアはありませんか?」


 すみません、ごめんなさい、勘弁して下さい。


「・・・ありません。ですが、」


 送り主が解かっているモノについては、送り主の名前とその品を紙に控えておいた方が良いと私は伝えた。もしかして後で何らかに役に立つかもしれないからと。


「そうですね。そうします。貴重なご意見有難うございます。――着きましたよ。」


 ピタリと車が止まったので、チョコレートの山から車の窓の景色を見れば、確かにそこはこじゃれた私が住むマンションの前だった。


 私はお礼を言って、車を降り、伊勢谷さんを見送ってから部屋に入った。

 まさか伊勢谷さんの車に、方耳のピアスを落してしまった事とも知らずに。


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