表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Le commencement de l'amour  作者: 篠宮 英
2/5

♪×2 チョコレートの人

一段落ついたので。

 その人は、平先生から『チョコレートの人』と、秘かに呼ばれていて、その理由を最初聞いた時、私は思いっきり笑ってしまった。それ以降、私も彼を『チョコレートの人』と秘かに呼ぶ様になった。


「すみれ先生、身体の方は大丈夫ですか?」


「えぇ。平気よ。朔乃、夜泣きも少ないから逆にちょっと物足りないの。泣くのは智が家にいる時だけなのよ。つまらないわ。」


 出会った時から比べると、だいぶ伸びた髪は、もともとが緩いウェーブが掛った髪だったのか、今は伸びた髪をそのままグリップで一纏めにしているだけで、他の宝飾品は勤務中には身に着けていない。そのせいか、たまに独身者に間違われることがある。


 それを面白半分で平先生の旦那サマに教えてあげた翌日、平先生は何故か疲れ果てていた。その理由を追求すれば、平先生は涙目で私を睨み、睨まれた私は、瞬時にその理由を悟った。


 そんな過去の事を何気に思いだしながら、平先生が寝かせつけている小さな男の子の様子を窺い見れば、さっきまで泣いていた男の子は泣き止み、静かで規則正しい寝息を響かせ天使の様な可愛い顔で眠っていた。


「今日もやっぱり遅いですね、チョコレートの人。かい君も可哀想に。」


「そうね。でも仕方ないと思うの。伊勢谷さんは腕利きのバイヤーさんだし、それに来月には部長さんに昇進するみたいだしね。」


 泣いた痕が残る頬を優しく拭ってやる平先生は、何処からどう見てもどこにでもいそうな普通の人だけど、彼女は彼女なりの試練を色々乗り越え、今も戦っている最中。 


 もし私が彼女だったら、私は壊れてしまってるんではないかと思うくらい、彼女は悲惨な目にあって来ている。それでも逞しく生きている姿は、ちょっと眩しくて、妬ましくて、羨ましい。


「へぇ~?出世するんだ。でも、子供より仕事取るなんて、私だったら・・・」


「初花さんだったら・・・?」


「ダメ、無理。想像できない。」


 色々と面倒な恋愛沙汰から引退して、もうかれこれ2年。もう誰を見ても胸はときめかない。そんな私をじっと見つめ、平先生は涼しい顔でサラリと爆弾を落した。


「じゃあ、私と付き合います?私、初花さんなら大丈夫ですよ?」


 平先生は冗談を言う時も真面目な顔をして言う時があるから、たまったものではない。それでも私がこの保育所の中で一番怖いと言うのだから、皆どうにかしている。


 じりじりと後退する私に、四つん這いになって近付いてくる平先生。


 とん、と、背中が壁にぴたりと張り付き、もうどこにも逃げ場がなくなり、妖しく微笑む平先生が、私の両頬をその綺麗な両手で挟んだ時、その人はガラリと、なんの前振りもなく保育ルームの扉を開け、現れた。


「・・・・・・。」


「・・・・・・。」


 その時に流れた、何て言ったらよいか解らない、その微妙な空気を打ち破ったのは、その空気を作り出した張本人の平先生だった。


「あら、伊勢谷さん。お疲れ様です。櫂君、今日も良い子でしたよ。ね、小西先生。」


「そ、そうね。確かに良い子でした。人参も頑張って食べてましたし。」


「ただ、やっぱり少しみんなが帰ると寂しいみたいで・・・。」


 体制を変え、あれこれと揃えながら、寸前の事を全く窺わせない態度で、その人に説明する平先生は、生粋の天然小悪魔系に違いないと私は痛感した。


 でも、平先生曰く、『チョコレートの人』であるその人は、それよりもっとある意味強く、おかしかった。


「・・・、奥様は、女性でも大丈夫なんですか?」


「あら、伊勢谷さん。それはお答えできませんわ。でも、強いて言うのなら小西先生は私のタイプです。」


 それに律義に応える平先生に、私はもう何も言えなかった。


 だって、なんて言えばいいの?

 人としておかしいですよ、なんて言えない。

 それに、誰が誰を好きになろうが、私には関係ないし(平先生は別として。)


 両手にぶら下がった大きなチョコレートは、もはや彼の代名詞。そのチョコレートの袋を受け取りながら、平先生は私ににっこりスマイルで微笑みかけてきた。(ここで逃げときゃよかったのよ。私のバカ)


 意味が解からずそのまま微笑み返すと、平先生は、とんでもないことを言ってくれた。


「もう夜も遅いですし、小西先生を送ってくれませんか?私の方は呼べばすぐに迎えに来てくれますから。」


「それは・・・、ですが・・・、」


「ね?お願いします。そうでないと、私、浮気しちゃうかもしれないので。」


 その無茶ぶりみたいな脅しに負けたのか、はたまた面倒になったのか、私はその人に家に送って貰う事になってしまったのだった。


 伊勢谷いせや 櫂璃かいり、36歳。


 私が彼と初めてプライベートを共にしたのは、お節介な人妻な後輩に後押しされたからだった。






 


  

 




 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ