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特高特科  作者: 剣先
2/2

これは一組みの仕掛けた巧妙な罠である。

「あっははははは!なんで霧を主食にしてまで仙人になろうと思ったんだよ!!あー、おかしい。あれ、今何時だ?」

 僕はふとテレビから視線を外し、壁に掛けた時計に目をやった。気味の悪いカエルのようなキャラクターの形に型どられたそいつは、憎らしい顔で時を刻み続けている。

「もう1時・・・。学校から帰ってきて8時間もたったのか。それにしても今日の1組の新聞にはムカついたな。根も葉もないことを書きやがって。まいあいいや。もうすこしテレビを見たら寝よっと。」

 そう思い直し、コミカルな仙人のドキュメンタリー番組に視線を戻した。しかし、仙人と守銭奴とかした坊さんが口論を繰り広げるシーンを見ていたら、どういう訳かわからないが、次第に僕の心の中に1組の連中への嫌悪感がムクムクと湧き上がり抑えきれなくなってきた。

「あー、もうむかつく。なんで部屋に戻ってまでイライラしなきゃいけないんだよ。そうだ!風呂にでも入ってスッキリしてこよっと。」

 ここ総府西高校の僚には豪華な大浴場がついている。そこらのスーパー銭湯と比較しても遜色のないその風呂は、源泉かけ流しの天然温泉だ。なんでも学校を建てているときに偶然掘り当てた際、どうせなら大浴場を作っちゃおうという学長の思いつきで作られたらしい。

 僕は我ながら名案であると思い、テンション高めに着替えとタオルを用意すると、ズンズンと風呂場へ歩いていった。夜の廊下は、みんなが寝静まっているためかとても静かで、風呂の前にたどり着くまで誰ともすれ違わなかった。

「おっ、もしかして貸切じゃないのか!?ってあれ!?サンダルがひとつ置いてあるや。まあ一人ぐらい入っててもなんの問題もないさ。でも誰だろうこんな時間に?」

 そう気を取り直して更衣室に入ると、まず僕の目に飛び込んできたのはTシャツだった。

――なんで入口に落ちてるんだろう。誰かが帰るときに落としていったのかな?

次に目に映ったのはズボン。それから靴下、ブリーフと順々に浴場への入口に向かって脱ぎ散らかしてある。

 ――この散乱する衣類の持ち主は、脱ぎながら更衣室を浴場へと縦断していったのか。なんて辛抱のない奴だ。どうしてかわからないけど、見る前から誰が風呂に入ってるのか分かってしまった気がするよ。てか、せめてブリーフの捻じれだけはなおしておいて欲しかった。だってこれを見てるとすごく不愉快な気持ちになるんだもん。

 僕は脱衣した自らの服をカゴに捻り込むと、脱ぎ散らかされた捻れブリーフを踏まないように最新の注意を払い、浴場の入口まで歩いていく。そして不快感に任せて勢い良く、バン、と扉を開け放つ。

 案の定というか、やはりというか、中には智がいた。予想外だったのは彼が背泳ぎをしていたことぐらいである。僕はその局部をまざまざと見せつけられ気持ち悪さのあまり昏倒しそうになる。せめて背面を上空に向ける泳法を選択していて欲しかった。だって尻を見せられるのと、ち○こを見せられるのじゃあ僕の心に負うダメージが違うだろ!?

「おい!危ないぞ!!風呂での立ち眩は危険だから気をつけろよ?頭でも打ってこれ以上バカになったら大変なんだから。」

 不快感に足元がぐらついた僕を、智は急いで風呂から飛び出し抱きかかえる。お願いだから僕に触らないでもらえるかな?余計に足にきちゃうじゃないか。

「ちょっとやめてよ、智!僕は男の子で或ことを諦めてないし、女の子のことが好きなんだ。あっ、男の娘と書く方じゃないからね!」

「おい暴れるな、タッカン!っておわっ!!!」

こいつは僕の苗字の高山から『タッカン』と僕のことを呼ぶ。

 気持ちの悪い声をだして智が僕の上に倒れかかる。僕のリトル僕と、智のリトル智がその瞬間グニャという破壊的な不快な感覚を伴い重なり合う。

「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 僕と智の悲鳴もついでに重なり合う。お互いがお互いをはねのけて急いで立ち上がる。

「なんて事するんだよ智!僕の僕が気持ち悪さのあまり、こんなに縮こまっているじゃないか!」

「それはこっちのセリフだ!俺の俺もこんなに・・・・。てかお前のお前は元々こんなもんじゃないか!」

「なんだと!いくら智とはいえ今のは聞き捨てならないな。起動時の大きさで勝負し・・」

「待て!!」

 智が僕の言葉を遮る。

「もしかして智は僕の僕におじけづいたの?」

僕は勝ち誇ったような余裕の笑みを浮かべる。僕の僕の強大なカリスマ性を前にすれば仕方のないことだろう。

「断じて違うし、今はそれどころじゃないだろ。先ずはお互いの自分自身を消毒することが先決だ!このままじゃあ二人ともやばい。」

 それを聞いて、僕の中にイナズマのような感覚が走った。

――こいつできる。こんな時でも今一番必要なものが何か理解してやがる。僕の僕の名誉のことだけを考えていた自分が恥ずかしいぜ。

僕は動揺していることを智に見透かされないように、いたって冷静な素振りをする。

「ちっ。智の言うことも一理あるな。ここはお互い鞘に収めよう。・・ってぷぷぷ。今僕上手いこと言っちゃった。僕の僕を刀に例えるなんて。」

 ふと智の方を見ると凄いジト目で僕のことを見ている。

「・・・ごっほん。でも消毒ったってどうやるのさ?僕消毒なんてしたことないからわからないよ。僕の僕を消毒するとなれば、キズドライを使うわけにもいかないし。」

 僕は気を取り直して、急いで話を元に戻す。どうやら智も消毒をする方法まで考えては居なかったようで真剣な顔で考え込む。

「うーん。確かにキズドライを使って、俺の俺を黄色に染めるわけにはいかないし・・・。考えてみれば小さい頃から怪我しても唾を塗るだけだったしな。あっ!そう言えば『三国マサラ』で斬り付けられた宙備が酒をかけて消毒していた気がするぞ!!」

「それだ!さすが智!!ってそれこそどうやって入手するんだよ!!未成年が集まる高校の寮に酒が置いている訳がないじゃないか。」

 一瞬智の妙案に関心しかけるが、スグに高校生が酒を入手する難しさを思い出す。

「たしか坂田の部屋に焼酎があったはずだ。前に俺が寮監室に呼ばれて怒られていたとき部屋の端に置いてあるのを確かに見た。」

 坂田とはこの寮に住むすべての生徒が震え上がる、鬼の寮父である。面倒見も良くて基本はいい人なんだけど怒らせれば大変なことになる。僕は怒り狂う坂田の姿を想像し、ゴクリとつばを飲み込む。それ以前にこういう学園モノには可愛いもしくは綺麗な寮母さんがつきものだというのに、もはや女でもないなんて。これに関しては、己の不運をただただ嘆き、涙を飲むしかない。

「くっ!それしかないか。そうと決まれば速く向かおう。」

怖がっているばかりでは、道は開けない。ここは眦を決して望む必要がある。

「そう焦るな。俺に考えがある。近くによれ。ごにょごにょ・・・・・・・・・・。」

誰もいないからこんなことする必要もないのに全裸で顔を寄せ合う汚らしい男二人がそこには居た。

  


 コンコン

 僕は恐る恐るといった様子で坂田の部屋の扉をノックした。覚悟を決めたとは言え自ら獅子の巣の中に入るのは勇気がいるものだ。横を見ると、智は全然平気といった様子で呑気な顔をしている。相変わらず太い野郎である。

「入れ。鍵は空いている。」

中から坂田の図太い声がする。この声を聞いただけで僕は曲がれ右して帰りたくなってしまう。

「失礼します。」

しかし、智はハキハキとした口調でそう言うと遠慮もなしにズカズカと坂田の部屋に入っていく。

「高山に松野か。こんな遅くにどうしたんだ。」

「はい。実は坂田先生に相談があってきました。実は高山君に好きな人ができまして相談されたんですけど、ちょっと僕だけではどうにもこうにもいかないので人生経験が豊富な坂田先生にもと思いまして。」

「ええええ!?何言ってんのサト、うわぁぁぁ!」

僕の手が後ろから捻り上げられた。相変わらず凄い力だ。

「なんだ、そういう話か。先生も明日の授業のこともあるし、そろそろ寝るつもりだったんだが仕方がない。話してみろ。」

「ありがとうございます。実はこいつ由美子のことが好きなんです。」

「やだなぁ・・ああぁ!」

さらに強く手首をねじり上げられた。

おいおい、よりにもよってあんな凶暴なバカの名前を出すとは。確かに由美子は足が綺麗で顔も悪くないし、胸だって小ぶりとは言え綺麗な形をしてるのが服の上からでもわかる・・・・ってほぼ外見は完璧ではないか!?

「まあ良い。立ち話もなんだから靴を脱いで座れ。」

しばらくの間捏造された僕の恋の話が淡々と続いた。それも智の口から。僕は何度も否定しようとしたんだけど、その都度力いっぱい手を捻り上げられてどうすることもできなかった。

少しすると坂田の顔色が段々と悪くなってきた。これは僕の恋バナが気持ちを害するものだったからでは無く、智の能力が効いてきた証拠である。僕の作り上げられた薄っぺらな恋の話がマンネリ化をみせ停滞してきた丁度その頃に坂田は、

「ちょっと悪いな。トイレに行かせてもらう。」

と申し訳そうに言うと席を外し、トイレに駆け込んだ。

「智の能力が効いてるんだね。じゃあ早速持って帰ろうか。」

智の能力はビフィズス菌の活性化。ある程度相手の近くに寄らないと発動させることができないが、この力を受けたやつはヨーグルトを食ったかのようにトイレにいかざるを得なくなる。

――本当に恐ろしい能力だ。敵に回さないようにしなくちゃな。

僕はトイレに駆け込んでいった坂田の顔色を思い出して、その能力の強力さに身震いせざるを得なかった。

「おい、お前はさっき何を聞いてたんだ。このまま俺たちがいなくなったら焼酎を盗んだ犯人がまるわかりだろ。ここでお前の能力を使うんだよ。」 

 智が呆れた表情をしてこちらを見ている。そう言えば風呂場で作戦会議をしたとき何か言ってたな。

「あっ、そっか!!智は本当に頭が良いね。」

「お前が悪すぎるんだよ。」

 智はやれやれといった風に両手を広げる。そんな目をしないでくれよ。これではまるで僕がバカみたいじゃないか。

 僕が焼酎に手を当てるとまばゆい光が溢れ出す。それから僕はゆっくりと元あった場所にボトルを戻した。

「おう、お前たち待たせたな。」

 タイミングよく坂田が戻ってくる。

「坂田先生。高山も先生と話してスッキリしたみたいなんで、今日はもう帰ります。明日の授業で寝ちゃったら元も子もないですしね。」

「おお、そうだな。何かあればいつでも来いよ。」

 坂田は豪快な笑顔でそう言うと、僕らを入口まで送ってくれた。腹に潜んでいたモンスターをパージさせて晴れやかな気持ちになっているみたいだ。こんなに気持ちのいいやつを騙すなんて気がひけるなぁ。

「先生、今日は本当にありがとうございました。あっ。そう言えばあそこにある焼酎凄く高そうですね。」

 どうやら僕たちが帰るときには、焼酎はまだあったという印象を坂田に植え付けるつもりみたいだ。本当に恐ろしい奴。

「ああ。実はあれは上等な焼酎で一本数万円もするんだ。何か特別なことがあった日とかに少しずつ飲んでるんだ。」

 ああ。なんか嫌な情報聞いちゃったな。焼酎も僕等の僕等を消毒するために作られたわけではないというのに。

「そうなんですか。どうりで重厚なビンに入っているわけですね。では本日は失礼します。」

 そう言って僕達は坂田の部屋を後にした。



 僕達は寮の真裏にある大きな公園のトイレに急いだ。もし寮で僕達の僕達を洗浄しているところを誰かに見られたらなんの言い訳もできない。その点への配慮も僕達レベルになれば抜かりないのだ。

 公園のブランコに腰掛けて待つこと数分、ミニチュアサイズのネクタイを頭に巻いたスーツのオジサンが千鳥足でこちらに向かって歩いて来た。なんで僕は何を擬人化してもオジサンばかりなのだろう。まあしかし、擬人化する物が酒ならオジサンになってしまうのも仕方のないことだ。僕はそう気を取り直すと、オジサンに話しかける。

「わざわざ公園まで来てもらって悪いね。ご苦労さま。」

「ワシもう消えてもいい?もううちに帰って水飲んで寝たい。」

「酔っているところ悪かったね。消えてくれて構わないよ。」

 本当は一定時間の間、自分の意思でキャラを消せないんだけど、そいつの意思と僕の意思が合致した時だけは時間に達していなくても消すことができるんだ。

ボン!という音がして、オジサンが跡形もなく消え去る。先程までオジサンが立っていたその場所には一本の焼酎が転がっているだけである。物わかりがいい奴で本当に助かった。僕らは一刻を争う事態なのだから。

「智、でもどうやってかけるの?このままだとズボンとパンツまでビチャビチャに濡れちゃうよ。」

「ふん。そのへん抜かりないわ!!」

智は渾身のドヤ顔でそう言うと、おもむろにポケットから紙コップを取り出した。なんてムカツク顔なんだ。僕は思わず嫌悪感に任せて殴りつけたい気持ちになるがなんとか耐える。今はこんなところで仲間割れしている場合じゃないんだ。

「そんな事もあろうかと、坂田の部屋から掻払っておいた。」

そう言うと智はそのコップにトクトクと焼酎を注いで僕に一つ渡した。

「これに漬け込めば大丈夫。お互い個室に入って消毒しちゃおう。さっさと終わらせて寝るぞ。」

「ああ、そうだね。お互い武運を。」

 そう言って僕らは別れた。

 個室に入ると僕は急いでズボンを下ろし、僕の僕をゆっくりと焼酎に漬け込んだ。

――うん、なんだか本当に消毒できてるみたいだ。なんだか僕の僕から熱が発しられている気がする。

 消毒を終えると僕達はさっさと個室から出た。うんこをする場所に長居は無用である。少し頭がボワボワするが風邪でも引いたのであろうか。

「おい、お前顔が赤いぞ。」

「何を言ってるんだよ智。君の方こそ真っ赤だよ。まあいいか。なんだか水を飲んで眠りたい気分だからさっさと帰ろう。」

「ああ、そうだな。」

僕達は力なくトボトボと夜道を寮に向かって歩き出す。

公園の角を曲がり、寮前の大通りを泣き出したいような惨めな気持ちで力なく俯いて歩いていると、不意に強力な明かりが僕たちを照らし出した。

「君たちこんな遅くまで何してんの?って顔真っ赤じゃないか。君たちお酒飲んでるでしょ!!」

 あっ、お巡りさんだ。でも大丈夫。一滴も酒飲んでないし、何の問題もない。早く状況を説明して部屋に帰ろう。

「いいえ。飲んでません。一滴たりとも。」

 本当に飲んでないので自信をもって、そう言える。

「こんなに赤くなってるのに飲んでないって言われてもねぇ。とにかくちょっと署まできてもらえるかな。」

 その晩トイレに床を立った寮生のK氏は闇夜に響きわたる『飲んでません。つけてただけです』という2人の男の声を確かに聞いたという。

 今思えばお巡りさんが僕たちの言葉を信じてくれなくて本当に良かったと思う。そうでなければ補導される以上に、大切な何かを失っていたことだろう。仕方ない。甘んじて受けようではないか。謹慎3日ぐらいどうってことないさ。

 そのあと僕たちはインターネットで粘膜からもアルコールを摂取できることを知った。少しだけ大人になれた気がした、そんな高一の夜。


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