総府新聞をみて
総府西高校は、『飛び抜けたものを持つ者のみに入学を許可する』という一風変わった入学基準を持つ、全寮制の私立高校である。
創立以来、文系科目が得意な1組、理系科目が得意な2組、スポーツ科目が得意な3組、芸術科目が得意な4組と、各々に合ったクラス編成でそれぞれに合った授業を受けさせることを売りにして、社会に有益な人材を排出し続け、その生徒数を伸ばしてきた。
卒業生には国の最高学府卒の科学者や政治家、オリンピックの金メダリストや、ルーブル美術館に絵を飾られている画家など、そうそうたるメンツがいる。
そんな総府西に数年前、突如新クラスが設立された。飛び抜けた人材をより幅広く集めたいという学長の意向が反映され、周囲の反対を押し切る形で無理やり作られたそうである。
なんで『飛び抜けた人材』を集めるのに周囲が反対する必要があったのかって?
答えは簡単だ。ネガティブな方面に飛び抜けていたからである。その案が可決された時の職員会議は凄まじく荒れて、『あの聡明な校長がトチ狂ってしまった』と涙を流した教師までいたという。
5組→すげーバカ
6組→エスパー
「バカはまだいいとして、エスパーってなんですか・・・。」
可決されたその後頭先生は屋上で夕日を見つめて、悔しそうに歯ぎしりしながらそう呟いたという。
バカは中学側からの推薦と総府西側の審査によって、厳しく厳選されていった。厳選に携わった審査員はなんでこんなにも労力と予算をかけて、いちいちバカを厳選しなければならないのかと血の涙を流した。
しかし世界にバカは人数もタイプも星の数ほど存在し、その選抜は優秀な人材の時ほど簡単にはいかなかった。全く皮肉なものである。
それ以上に難航を極めたのがエスパーの徴集である。皆さんはエスパーと言えば、念動力や、時間移動など派手で有益な能力を想像することだろう。しかしそんなものはどこにも居なかった。それを名乗る奴らは大体トリックがある偽物で、本物と言えば指がちょっとだけ伸びるように見えるとか、腸内のビフィズス菌を恐ろしいほど活性化させるなどといった、地味なものばかりであった。はっきり言って『エスパー砂糖』という無理をするオジサンの方が100倍ぐらい凄い。
このように厳選に手間取る賛成派の様子を、反対派は指をくわえて見ているなどということはしなかった。一転反撃に向けた動きを見せる。その勢いは凄まじく、最終的にデモにまで発展することになる。『ろくなエスパーが居ないのに、エスパークラスを作る必要が何処にあるというのですか!』という教頭の心の叫びは万人の心を動かしたという。
想像以上の質の低さもあり、さすがに校長もある程度相手の要求を飲まざるを得なくなり、早急に和解に向けた話し合いの席が設けられた。その結果、勢い余ってデモを始めてしまったものの面倒なので今すぐ中止したいという反対勢力と、想像以上にエスパーがショボくてやる気をなくした校長との思惑が合致し、両者折れる形で適当な場所に落としどころを見つける事となる。
5組→バカでエスパー
特別な高校と言う意味で『特高』と呼ばれる我々の中でもなお特別な存在。所謂今の5組、『特高特科』のことである。
「あの時はどうかしていた。もしかしたら、デモに興奮していたのかもしれない。なんで賛成派も反対派も得しないクラスを作ってしまったんだろう・・・。」
個人情報保護のために名は伏せさせて貰うが、ベテラン教師であるAは後に無念そうにそう呟いていたという。
「あの時はどうかしていた。他の奴らに言われてやめたみたいで悔しいから意地になっていたが、冷静になればバカなクラスもエスパーのクラスも必要ないと言うのに、バカでエスパーのクラスを作ってしまうなんて。」
個人情報保護のために名は伏せさせて貰うが、校長であるYは後に無念そうにそう呟いていたという。
こうして誰にも望まれずに、最高位の高校に最低のクラスが誕生した。
*
「ちょっと、みんな!!これ見てよ!!!」
僕は掲示板に張り付けられた新聞を読んで、大声をあげる。それを聞きつけてクラスメート達がゾロゾロと集まってくる。大声がする方に集まるというバカの習性を利用させてもらった。こいつらはさしずめ光に集まる昆虫みたいなもんだ。
「なによ、直樹。大きな声出しちゃってさ。まるでバカみたいじゃない。」
ショートカットに気の強そうなツリ目が特徴的なこいつの名前は瀬島由美子。すらっと伸びた白い足は本当に綺麗だし、顔だって悪くない。欠点さえなければ結構モテていると思う。ちなみにその欠点とはバカなことだ。
「・・・そうよ。直樹。」
この口数の少ない大人しそうな女の子は御影瑞穂。スタイル抜群で容姿端麗。学年でも5本の指に入る美女。こんなおっとりしているのに実はドSなんだ。そのギャップがいいなんていう人もいて一部ではカルト的な人気を誇っているみたい。欠点はバカなことかな。
「2人の言うとおりだ。お前みたいな奴が我ら5組の評判を落としているんだ。これでは僕までバカだと思われてしまうではないか。」
この委員長でもやっていそうな小柄でメガネの男は、前田洋平。実はすごく勉強ができる。欠点はバカなこと。さっき勉強ができると言ったばかりじゃないかだって?心配しなくてもいい。彼は人間としてすごく馬鹿なんだ。僕たちのクラスはバカの種類だけは選り取りみどり。ネジ工場の嫡男として生を受けた彼は、幼い頃から近所のスーパーで試食を食い荒らし勇猛を轟かせていたという。彼のテリトリーでは出現と共に、コストの高い刺身や肉から順々に撤収させるという鉄の掟が築かれたほどである。
「ちょっと、みんな!そんな場合じゃないんだよ。この新聞を見てよ!」
僕はいきなり罵ってくる級友達を無視して掲示板から新聞をむしり取り、みんなに見せようとする。
「どれどれ!?」
不意に背後からゴツゴツした汚らしい手が伸びてきて、僕の手から新聞を奪い取る。
「あっ、智!さっきまで何やってたんだよ!!掃除を僕に押し付けて消えちゃって!!」
この一見クソビッチに見える金髪のこの男は松野智。こいつの事を簡単に説明するならクソビッチって言っとけば事足りると思う。男らしい顔立ちに強い腕っ節にモノを言わせ、女の子と遊びまくっているという噂が立つ、モテない男子の敵である。喧嘩だけだったら3組の奴らにだって負けてなくて、中学までは空手の全国大会でブイブイ言わしていたらしい。僕の相棒みたいなもんかな?もちろん欠点はバカなこと。なにしろ月の仕送り三万円のうち2万円をモバゲーに課金する豪のものだ。更にそこから月々の交遊費とジャンプ代が差し引かれるため生活費にとして使える額は限りなくゼロに近づく。その為毎食100円均一の蕎麦を湯掻いて食べている。決してうどんに手を出さないその姿に、周囲からは『誇り高き蕎麦食主義者~ソバタリアン~』と呼ばれ恐れられている。そんな努力の甲斐もあり彼は豊富な漫画の知識を持ち、そしてアバターには光り輝く羽が生えている。
僕は掃除をバックレたことに対し彼に痛烈に避難を浴びせるが、智はどこ吹く風で新聞に目を通している。
「・・・・・・・・・最高位の高校に最低位のクラスが誕生した、だと・・・・。面白い。面白いことを言うじゃねえか。」
新聞を読み終えた智は、プルプルと震えながら洋平に新聞を押し付ける。その新聞にみんなが群がってくる。それを見て洋平は皆にも聞こえるように音読を始める。
――洋平も意外に皆に気を使えるんだ。てっきり1人だけで読み始めるかと思ったよ。
僕は普通に考えれば当たり前な事をしているだけなのに、何故だか洋平に感心してしまった。普段からの行いが悪いとこういう時に得だよね。
「。たし生誕がスラクの位低最に校・・・。」
由美子が洋平の肩を揺さぶる。
「ちょっと洋平、新聞が逆向きなんだけど。」
洋平は全く気にする素振りもなく憮然とした表情のまま黙々と読み進める。
「誰にも望まれず最低のクラスが誕生しただと!!」
読み終わると洋平は目を見開いて咆哮した。
「逆から読んで理解できるのはあんただけよ!!!」
「僕の関心を返してよ!!!」
「直樹!あんたはうるさい!大声を出さないで!!」
由美子は僕を睨みつけると、怒りにプルプルと震える洋平の手から、冷静に新聞を取り上げ、御影さんにも見えるようにして読み始める。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
気のせいだろうか。段々と新聞を持つ由美子の手に力が入ってきているように見えるのは。ほら、新聞の端もちぎれ始めているじゃないか。なんだか嫌な予感がしてきた。
「直樹。」
「ハイ!」
僕はさっきから嫌な予感を感じているということもあり、余計な因縁をつけられたら嫌なので、大きな声で返事をする。
「あんたの能力を使いなさい。」
「えっ、でも・・・」
「直樹。あなたの能力を使いなさい。」
「・・・・・・・ハイ。」
由美子に凄まれて僕は渋々その新聞の上に手を置く。僕の手から淡い光が漏れ出す。僕達5組の生徒には皆生まれ持って超能力が備わっているのだ。僕の能力は擬人化。僕が手を触れて念じるだけで、物に生命を吹き込むことができるのだ。まあ吹き込んだところであんまり利益はないのだけど・・・・。
ゆっくりと光量が低くなり、やがておさまる。するとそこには貧相な短パンを履いたミニチュアサイズのオジサンが鼻糞をほじりながら横になって新聞を読んでいた。げっそりとやせ細ったそいつは、古新聞みたいにくすんだ色をしている。我ながら、なんて花がない奴に擬人化してしまったのだろう。僕は自分のイマジネーション能力を残念に思った。
まあおじさん以外には擬人化できないんだから意味ないか。むしろ華のあるおじさんなど逆に気持ち悪い。
「ちょっと、あんた!この記事を書いた人が誰なのか教えて。」
由美子はそうとうご立腹な様子で、新聞のオジサンに話しかける。オジサンよ、くれぐれも由美子に生意気なことは言わないでくれよ。
「うるせえなあ。こっちはアンタ達についてのくだらない記事を書かれてショックを受けているんだよ。」
ああ、早速生意気なこと言ってくれちゃってるよ。冷や汗がジワジワ滲み出る。
「俺はこれに人生かかってたんだよ、わかる?これから一生涯バカについての記事を背中に背負って生きなきゃいけない奴の気持ちを考えてもみてくれよ。少しは紙権を尊重して欲しいもんだぜ、全く。それよりお嬢ちゃん達可愛いね。パンツ見せ・・・。」
バン!!!!!
御影さんがオジサンを手のひらで潰した。
「ぎゃあああああああああああああ!」
悲鳴を上げたのはオジサンではなく僕であった。
この能力には欠点がある。僕が擬人化しているときに擬人化したキャラを攻撃されると、そのダメージは僕にフィードバックされるのである。だからさっきも僕は擬人化させることに躊躇いを感じていたんだ。だってこんなに気が立ったみんなを前にそんなことするのは自殺行為みたいなもんだろ。
僕は痛さのあまりのたうち回る。全身の毛細血管が破裂したような気がするが僕の命は大丈夫なのか?
「・・・・私のパンツが見たいなら自分の大切なものを見せてから。」
ちょっと御影さん?言ってることが少々ずれてるんだけど。
智がそんな僕らのやりとりを見て口を開く。
「こんなおじさんに聞かなくたって書いたやつくらいわかるぞ。学校の新聞を書いてるのは文系クラスの1組なんだから1組の奴等に決まっている。」
「ちょっと智!なんで早く言わないのさ!!オジサンの潰され損じゃないか!!!」
「直樹うるさい。確かに新聞部は1組の生徒で構成されているんだから1組に決まっているわね。よし。今から乗り込んで文句を言いに行くわよ。」
「・・・・・そうね。縛りあげて謝らせてあげる。」
御影さん。とりあえず涎を拭きなよ。あと何で笑ってるの?僕はSオーラをムンムンと漂わせ始めた御影さんを見てブルりと体を震わせた。
けど由美子と御影さんの言うとおりだ。こんな記事を書かれて黙っているわけにはいかない。
「うん!僕だってあいつ等のせいで全身の血管を破裂させられる羽目になったんだ。許せないよ。智だってそうだろ?」
「ああ。アイツら一度ギタンギタンにしてやらないとな!」
智はそう言いながら、手をボキボキと鳴らしている。
「よし!じゃあ決まり!今から1組に乗り込んでとっちめてやろう!!!皆準備はいいか――!!!」
「おお!!!!!」
「コレは聖戦である!!!!我らをバカにした1組を許すな!!」
「おお!!!!!」
「情けは無用!女・子供関係なく根絶やしにするんだ!!!」
「おお!!!!!」
「ちょっとまった!!!!!!!!!!!!!」
不意に円陣を組んで手を重ね合わせる僕らの後ろから叫び声が聞こえた。皆一斉にそちらを向く。そこには先程までむっつりと黙り込んでいた洋平が両腕を組んで佇んでいた。
「どうした洋平。早くお前もこの円陣に加われよ。これから厳しい戦いになる。決意を固めておこう。」
智が雄々しく叫びかける。
「・は・・・・・・・・と・・・・・・・・・・・・・る。」
洋平は今なんて言ったんだ?ボソボソ話すもんだから聞こえにくい。
「ん!?」
僕達は一斉に聞き返す。
「僕は五時から『プチっとメイド天使』が始まるから帰る。」
少々の時を沈黙が支配する。
洋平は憮然とした表情のままむっつりと黙り込んでいる。
「ちょっとまってよ!アニメなん録画しとけばいいじゃないか。僕たちの手で異教徒を根絶やしにして楽園を作り上げようではないか。洋平はわかってない!ここで僕たちが折れてしまったら、1組は僕達のことをバカにし続けてくるに決まってる!!」
僕は悲痛な声を上げて叫びかける。
「分かっていないのはお前達の方だ!!そんなんじゃあダメなんだよ・・・。」
洋平の魂の叫び声を聞いて僕は思わずハッとする。確かに武力で解決したって何にも生まれやしない。横を見ると智達も複雑そうな表情をしている。
「・・確かにそうね。洋平の言うとおり武力で解決しても何も意味がないかもしれないわね。」
由美子は気が立っていたことを、恥ずかしむようにうつむいている。
「・・・つまり調教してやらないとダメ。」
御影さんは少しだけ黙っていてくれないかな?あと涎拭きなよ。
「ああ。わかってくれればいいんだ、皆。」
「おし、そうと決まれば作戦の練りなおしだ。武力でダメな・・・。」
「録画じゃなんの意味もないんだ!!!!!!!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、そう。」
僕と智と由美子と御影さんの声がきれいに重なった。
「じゃあ早く帰って風呂に入って身を清めなきゃいけないから僕はこれで。」
そう言い残すと洋平は爽やかな顔をして、さっそうとこの場から立ち去っていった。プチっとメイド天使のことを考えているときの洋平は本当にいい表情をする!
「・・・・・・・・僕らも帰ろっか・・・・・・・・・。」
「うん、そうね。」
なんだかやる気がなくなったので、マホドナルドによってハンバーガーを食って僕らも帰った。