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鏡の中の自分と向き合う。
なめらかな肌にはなんの痕もない。
夢だと思うのはこんなとき。
残されたものは何もない。
土曜日、大学時代の友達とランチした。
それぞれに就職して、たまに仕事終わりや土日に会っておしゃべりをする。
気楽で楽しい時間。
「おめでとう!!」
今日の主役は陶子。
サッパリした姉御肌で、まさか彼女が仲間内で一番に結婚するとは意外だった。
「付き合って何年だっけ?」
「2年」
「2年!?」
驚いた声を上げたのは別の友人。
彼女には大学生から付き合っているカレシがいるはずだが、未だにおめでたい話は聞かない。
「まぁ、でも2年で結婚って珍しい話じゃないよね」
「華乃は?」
華乃がフォローを入れると、こちらに火の粉が飛んできた。
「そうだよ。華乃はどうなの?夜の飲みにあんまり出てこなくなったよね?」
「男いるでしょ~!?」
4人の視線が一気に華乃に集中した。
「どんな人?」
「黙っているなんて水くさいよ~」
キラキラと期待のこもった瞳。
「…ご期待に沿えるような出来事はありません」
本当に。みんなの期待通りのことはない…。
少し笑ったつもりだったけど、上手く笑えただろうか?
「え~!?」
「ほんとに?なんかアヤシイ」
やっぱり女友達はスルドイ。
今度は本当に苦笑が漏れた。
「報告できることがあったらいいんだけどね。」
心からそう思う。
「私より、陶子でしょ!彼の親に挨拶には行ったの?」
「ああ、そうそれ!行ったんだけど~。聞いてよ!!」
陶子が勢い込んで話し出した。
2年で結婚。
華乃と仙道の関係も2年以上になる。
が。結婚なんて思いつきもしなかった。
思っていたより、友人の話を聞いても寂しさや焦りはない。
そのことに安心して、楽しい輪の中に華乃は戻っていった。
残業なしで仕事が上がった日。華乃は本屋に寄った。
ここ1年ほど、資格の勉強をしているのだ。
仕事に関連するものもあれば、完全な趣味のものも。
一月に一度来るか来ないかもわからない男を待つには、時間が余りすぎて。
何か熱中出来るものがほしかったから。
仙道と過ごす数時間に華乃の気持ちはすべて注がれていると言ってもいい。
だけど、それだけに縋るにはあまりに不確かすぎて。
結局自分で立て直す。
昨日、陶子からの結婚式の招待状が届いた。
真っ白で綺麗な細工を施した封書から幸せが零れだしそうで。
やっぱり少しだけ羨ましかった。
華乃と仙道の関係を表すなら、華乃は恋人だと思っているけれど。
実際のところ「愛人」止まりのような気がして。
考え出すと落ち込んでしまうので、見ないふりをしている。
組?の名前も知らないし、相変わらず本人は華乃との時間にそういった話は一切しない。
あの後、出会った場所へ何度か課長のお供で通ったが、仙道らしき人は一度も見なかった。
今も自宅への道を辿りながら、どこかに車が止まっていないか探すけれど。
どこにもない。
自宅のドアを開ける。
いつもと変わらない部屋。
いつも華乃の部屋で過ごしているが、仙道のものは何もない。
誕生日に華乃からプレゼントを渡しているが、仙道からは一切ない。
仙道は情事のあと一本だけ煙草を吸う。
煙草を吸わない華乃だが、仙道が吐き出す煙を眺めるのが好きだった。
吸った後は携帯灰皿に押し込まれ、吸殻一つ残さない。
意識して残していないのだと、いつしか気づいた。
華乃はバッグを下して、部屋着に着替える。
仙道との時間の後。
華乃に残されるのは部屋にかすかに残る煙の匂いと自分の身体に残された痕だけ。
それすら消えると。
華乃の部屋に仙道がいた痕跡は何一つ残らない。
まるで存在自体が幻かのように。
寂しくて。
だけどその寂しさにもいつしか慣れて。
寂しさを紛らわす方法を自分一人で見つけて。
もし1つだけ仙道が答えてくれるとしたら?
1つだけでいい、華乃の質問に答えてくれるとしたら。
聞きたいことは決まっていた。
彼女か奥さんいますか??
…一番聞きたいけど、一番答えを聞きたくない質問・・・。
どうしても繋ぎ止めたくて。
いつまでもそばにいたくて。
ただそれだけを望むから。
だから私は夢を見ていることにする