10
2人の世界は同時に同じ場所に存在しているけど相いれないもので。
だけど世界には至る所に落とし穴が存在していて、誰でも堕ちる可能性があるらしい。
堕ちたら。
望むものを手に入れられるだろうか。
会社の同僚から白い錠剤をもらった。
たまたま居合わせた更衣室で、
仲良し仲間と盛り上がっている彼女たちに挨拶をしただけだったのに。
「カレシが持ってたの。ベッドで使ってみて。脱マンネリ。面白いよ!」
いつもとは違った興奮を得られるとサプリ。
よく知らないが、そういえば雑誌に似たようなものが載っていて、こんなものがあるのかと思った記憶がある。
マカとかみたいなものかな?
まぁもらうだけならと。
なんとなく持ち帰って、ローボードの片隅に置いたまま忘れていた。
「クスリ?どっか悪いのか?」
訪れた仙道が、何の事を言っているかもわからないぐらい、記憶になかった。
「え?ああ、それ。ううん。違うの。同僚からもらったんだ。サプリだって」
説明すると、仙道の顔が厳しくなった。鋭い視線に冷たい光。
取り出して形状を見、においを嗅ぐと、ゴミ箱に投げ捨てた。
「捨てとけ。」
「え?なんで?いや、不満があるわけでは…」
「脱法ドラッグだ」
「え!?」
耳慣れぬ言葉に驚いた。
「ドラッグ?麻薬?」
「持ってても違法じゃないが、クスリみたいなモンだ。」
クスリ?麻薬ってこと?違法じゃない??
いくつか疑問が浮かんだが、仙道の表情が厳しく、聞ける雰囲気じゃなかった。
「う、うん…。よくわからないけど、やめておく」
「もらったやつにも近づくな」
「う、うん。たまたまもらっただけで、そこまで親しくないから…」
「これだけで満足できるヤツなんていない。たいていはココから堕ちるんだよ」
声は冷静だった。
でも、事実を見てきたんだろうなと思わせる冷徹な瞳だった。
なんと言っていいのかわからず、華乃はうつむいた。
下がった視界に、ゆっくりと近づいてくる足が映る。
顔を上げると闇色の瞳に捕まった。
「飽きたなんていわせない」
耳元で囁かれる低い声が脳内を浸食してゆく。
骨ばった大きな手が華乃の腕をつかみ。
「お仕置きだ」
薄く笑って華乃を組み敷いた。
3ヶ月ぐらい経っていただろうか。
例の同僚のカレシが逮捕されたらしいと聞いた。
仙道の言ったとおりだった。
容疑は薬物所持だとかで、
付き合っていた同僚にも事情聴取があって、進退問題になっているらしい。
あの錠剤自体は、やはり所持しても違法にはならないらしいけれど、ドラッグに間違いはないらしく。
あの日彼女から錠剤をもらっていた人たちの間で大騒ぎになった。
「樋口さんももらったよね!?」
別の同僚が、仕事中にも関わらず慌てて確認に来た。
「ええ。でも使わないで捨ててたの」
「ほんと!?よかった~。私もなんだか不気味で使っていなかったの!よかったよね~」
手をギュッと握られ、ぶんぶん振られる。
彼女の興奮が伝わってきて、ひそかに苦笑した。
ドラッグとか薬物とか、存在はもちろん知っているけど、TVの向こうの芸能人のような現実感のないものだったから。
華乃も仙道に聞いたときは耳を疑ったのだ。
「立花さんたちは使ったらしくて…」
「怖いよね。こんなこと身近にあるんだねぇ」
そんな彼女の言葉を聞きながら。
話を聞いただけで見抜いた仙道と、自分たちの距離を思う。
力任せに犯された時ですら感じなかった寂しさを感じた。
どんなに想っても。
どんなに言葉や時間を積み重ねても。
所詮、住む世界が違うのだと。
手に入れられる事はないのだと。
一瞬だけだけど思った。
あのクスリで堕ちてしまえば、あの男の住む世界に行けるのだと。
それをばかげた考えだと、冷静に考えられる自分がときどき憎くなるのだ。