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あまりにありふれたドラマみたいだったから。
囚われてもなお夢を見ているようだった。
幸せな夢を。
1.
会社の飲み会の二次会を途中で切り上げた、深夜の繁華街。
華乃は薄汚れた金髪の二人組みの男に絡まれた。
「お姉ちゃんカワイイね~~。」
「おれらと一緒に飲みに行かない?」
運が悪い。
どうみてもまともな職業の人間ではない。
チンピラという職種があるなら、まさしくそれ。
関わらないのが一番だ。
そう判断し無言のまま早足で通り過ぎようとした華乃の肩を、一方の男が掴んだ。
「冷たいな~~。ねぇねぇ。」
触れた肩から伝わる体温が不快だった。
どうしよう。早く逃げなきゃ。
気持ちだけが焦る。相手の顔も見ることができない。
うつむいたまま振り切って歩き出す。
だが、男たちは予想外にしつこく悪質だった。
二歩も進まないうちに、グイッと再び肩を掴まれた。
そのまま、勢いよく人気のない路地に引っ張り込まれる。
うわっ。ヤバイ!
華乃は冷水浴びたように酔いが一気に冷めた。
「すみません。本当に帰らなきゃいけないんで!!」
振り絞ってやっと出た言葉に、男の一人が笑った。
「そうそう。そんなふうに元気のイイコがいいなぁ。」
下卑た笑い。
見上げた顔が楽しそうに歪んでいる。
背筋が冷たくなった。
「いいだろう。そんなこと言わないでさ~~。なっ。」
もう一人もニヤニヤ笑って華乃の肩を左腕で抱きこむ。
「・・・やめてください」
声が震えた。
押し戻そうとした右手が、もう一人の男に捕られた。
そして。
男の唇が華乃の右手に押し当てられた。
「!!!」
あまりに不快な痺れが身体全体を走った。
全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。
「柔らかくて気持ちいいな~。」
必死で振り払おうとするが、強くつかまれた腕はびくともしない。
嫌!!誰か!!
そんな思いだけが頭の中を駆け巡る。
男たちのニヤけた顔が華乃に迫ってくる。
「…やめてください!!」
無我夢中で華乃は顔を逸らした。
ぎゅっと目を瞑る。
これ以上直視は耐えられなかった。
「何事だ。」
突然、静かな声が路地に響いた。
途端、男たちが通りの方向に向き直ったのがわかる。
「せ…仙道さん!」
「何事だ。」
静かな声はもう一度同じ質問を紡いだ。
穏やかでそれでいて威圧感のある低い声。
男たちが動揺するのがわかった。
華乃は恐る恐る目を上げ、声のほうを見た。
濃いグレーのスーツ姿の男が立っていた。
「うちのシマで騒ぎか?」
「いえ・・・。すみません、すぐに立ち去ります!」
男たちは慌てて深く頭を下げると、華乃の手を乱暴に投げ捨てるように振り解く。
「!」
その反動で華乃はバランスを崩して地面に倒れこんだ。
バタバタと走り去っていく足音だけが耳に入る。
やがてその音すら聞こえなくなり、沈黙が下りた。
助かった・・・?
息を吐く。
徐々に身体の緊張が解けていく。
こわばっていた手が、ようやく動かせる。
華乃が座り込んだままゆっくり顔を上げると、そこにはさっきのスーツの男がまだ立っていた。
気が緩んで正常に動かない頭でぼんやり眺める。
30代前半?長身で端正な顔立ちに涼しげな目元、だが優しい感じはしない。
凄みを帯びた雰囲気が圧倒的にその場を支配している。
彼はポケットに手を突っ込んだ姿勢のまま、華乃を見下ろしていた。
「・・・立てるか?」
さっきと変わらない穏やかで低い声。
ゆったりと近寄ってくる。
差し出されたのは大きな骨ばった手。
きっと華乃はこのときすでに囚われていた。
この男の声に。手に。存在に。
そう、まるでそこらへんに転がっているドラマみたいに
現実には起こらないのにありふれたベタな出会いだったから。
夢を見るように受け入れてしまったの。