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07 邂逅

 腹も満たされて人心地がつき、また二人は都をぞろ歩きする事にした。


 夜風が出て少し肌寒くなったものの、軒下には提灯が並び、通りはまだまだ賑わっている。

 食事処は元より、一風変わった見世物小屋が集まる一角は盛況だった。風見は連れて行ってはくれなかったが、夜が本領発揮となる花街の大門のそばも通った。


 ―――気のせいか…?


 昼間は町の様子に夢中になって人の目など気にする余地もなかったが、どういうわけか、人の視線が多く自分に向けられているような気がする。

 巫女の装束を着ているせいか。それ以外、他の町娘と違う点はないだろうと思うのだが。

 もしかしたら髪を結わずに下ろしているせいかもしれない。


 害のあるものではないようなので、ミツはそのまま頓着せずに風見の横を歩いていた。


 ―――その視線のほとんどが男のものだと気付いているのは風見だけだった。


 今宵はこのまま宿に向かいましょうと風見が言い、ミツはそれに異論がある筈も無い。

 黄京をよく知る相棒に導かれるまま、何本か交差する通りを渡った。


 他の通りに比べて提灯が少なくなった。

 そう思ったのと同時に後を付いてきていた足音が急に音高くなり、どうみてもならず者としか思えない、着物の着崩れが目立つ男たちが暗がりからばらばらと出てきた。


「―――なんじゃこれは、風見」

「何でしょうねぇ」


 ざっと数えて五人、ミツは半眼で相棒を見やる。

 人の町での遊興が好きなこの男は、どの町でも必ずと言ってよいほど、男の恨みを買ってはこうして闇討ちに遭うのが常だった。

 不思議な事に、女から恨みや妄執を受ける事はないようだ。


「お前の厄介事にわしを巻き込むんじゃない」

「つれない事をおっしゃりますねぇ。長年連れ添った連理の一対だというのに」

「お前と夫婦になった覚えは無いわ!」


 がうと唸ると、風見はやけに爽やかに笑う。


 ミツ様は離れて見物でもしていてください、と余裕綽々で言われ、呆れたやつだと白い目で見送りつつ、ミツは言われた通りに壁に寄った。

 笑みを絶やさぬまま、風見は男どもの相手をしている。

 ただの人ならば十人詰め掛けようとも天狗の相手にはならぬだろう。


 その時、夜闇を切り裂くように鋭い笛の音が響き渡った。


「アヤカシだ! アヤカシが出たぞ―――!!!」


 ―――アヤカシじゃと!?


 こんな町中にまだ出るのか。

 愕然としたミツは、次の瞬間、地を蹴って走り出していた。


「ミツ様!」


 呼び止める風見の声も振り切って、体中を針にしてアヤカシの気配を探り、通りを駆け抜けた。

 人が逃げ出してくる波に逆らい、悲鳴が聞こえる方へと走り続ければ、そんなに遠くはなかったらしい、ほどなく真新しい血臭が漂う場に行き当たった。


「牛鬼…!」


 通りに転がった提灯から燃える火に照らし出されたその姿は、頭部に角を持つ一つ目の牛で胴体が八本の足を持つ蜘蛛というおぞましいものだ。

 アヤカシの中でも特に凶暴で血を好む部類に入る。その牙には毒も仕込まれており、小さな村一つがあっという間に壊滅した事もあった。


 動きはそんなに素早くはないので、首を胴から切り落としてやれば済むのだが、手元に神剣が無い事が悔やまれた。


 牛鬼は一人目の犠牲者を屠り、前足で口の中に引き込み、食餌の真っ最中だった。

 咀嚼する音が生々しく耳に届き、むせ返るような血の臭いが強くなる。止められなかった惨劇から目を逸らさず睨み据え、構えた右手で印を結んだ。

 武器はないとしても、退治屋として培った知識と技は忘れる筈が無い。

 幸い、今生の身にも霊力は宿っていた。霊力を糧とする火を生み出し燃やし尽くしてくれよう、と、足を一歩前に出した。


「な…っ!」


 ―――唐突に腕を引かれて、まったくの不意打ちに足は自分の身を支えきれなかった。

 くずおれそうになるところを、すかさず伸びたもう一本の力強い腕が抱き寄せる。


 予想外の横槍を気取る事ができず、感覚が鈍ったのかと焦りながら、逃れようと身をよじる。

 が、一層強く懐に抱き込まれて、顔が相手の胸元に押し付けられた。


 ―――窒息させる気か!?


 体格からいっても男である事は間違いない。

 風見ではない。しかし、何処か覚えのあるような、懐かしい気を感じて、ミツは戸惑った。

 しかし、後ろには野放しとなっている牛鬼がいるのだ。悠長にしている場合ではない。


 再び抜け出そうと抵抗を始めたミツの頭に、今度はなだめるように手が置かれた。


「じっとしていて下さい。すぐに片はつきますから」


 穏やかで落ち着いた声音だった。聞き覚えは無い。

 窒息させるつもりかと思った力もすぐに緩められ、ふわりと包み込むようなものに変わっている。

 どうやら気遣われているらしいと悟って、ミツは困惑した。


 つまりはアヤカシに怯えて逃げ惑っていた少女とでも思われているのだろう。

 青年は腰に太刀を佩いており、ミツを保護しながらも、アヤカシに注がれた注意は逸らされる事が無い。


 ようようと仰いだ横顔は、薄明かりの中でも、目元涼しげな生真面目そうな顔つきをした青年のものだとわかった。

 年の頃は二十歳半ばを越えないかという若さで、見事な黒髪を高く結い上げている。


 黙って見上げているミツに気づくと、幼子を安心させるようなひどく柔らかな笑みを浮かべ、そっと手で目を隠してきた。


「見ない方がいいですよ。夢に見たくはないでしょう?」


 言葉はまるきり頑是無い子供に向けるそれだ。


 と、意識を取られていた間に、新たな人物が登場する気配があり、ついで牛鬼の奇妙に短い悲鳴が響き、重たいものが地に打ち付けられる鈍い音が続いた。


「ほら、終わりました」


 目の前の青年がまるで何事も起きていなかったのように、静かに答える。


「あなたの迎えも来たようですね」


 さようなら、お嬢さん。


 その短い挨拶と共に、優しく身体を反転されて来た道に戻される。


 茫然としたままだったミツは、駆けつけてくる風見の姿に我に返り、慌てて振り返った時にはもうそこには誰の姿も見つける事ができなかった。

 ただ、予想通り、一太刀で落とされたのだろう牛鬼の首が宙を恨めしげに睨んで、その場に転がるばかりだった―――。


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