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05 呪

 つい先刻終えた仕事の報酬から破格の金額を支払って権兵衛を追い払うと、ミツはその年と小柄な身体に見合わぬ腕力で二人ずつ子供を抱え上げ、まず井戸のそばへと連れて行った。

 虚ろな目から変わらぬ子供もいたが、触れる時に、砥いだ刃の如き強い光を浮かべる眼があった事に内心ほっとした。

 まだ、完全に心が死んでいるわけではなかったらしい。それはとても眩しい事だ。


 このミツの屋敷は集落から離れている。

 万が一のアヤカシからの報復に備えて、人里からは距離を置いているのだ。だが、自分一人ならどうにでもなるが、どう考えても子供たちの世話をするのに人手がいる。

 仕事の相棒である天狗は、常磐山に隣接する住まいである山岳に帰っているしなぁ、と、ぼやいた。


 ともかく出来る事をしておくか、と、屋敷にあるありったけの布を用意すると、ミツは汚れた子供たちを洗い、清める事にした。

 幸いにも陽気続きで空気は暖かい。水浴びするのに風邪を引く事はないだろう。


 地面に下ろした子供たちは座り込んでいるが、やはり無反応なまま動かない。

 まるで、手足に操り糸を結べばそのまま思いのままに動く人形のようだ。

 ミツは大きく息を吐いた。


「さて、聞こえているかわからんが、言うておく。

 わしはお前たちに危害を加えるつもりはない。ま、無礼は働くだろうがね」


 にっと笑い、手を伸ばす。


 と、一人の子供が蒼い目をぎらつかせて抵抗するように身じろぎし、だが次の瞬間、物も言わずにくずおれた。

 喉を掻き毟るようにする子供の首を注視すれば、絡まっていた赤黒い鎖が警告するように光を強くし、じりじりと肌におぞましく食い込んでいるではないか。


「いかん!」


 ミツは指先に霊力を宿すと、鎖に干渉しようと手をかざした。


 が、それはなんと強大な束縛の呪である事か。

 額に汗を掻きながら、かろうじて抑えつけられたが、鎖はまだ蠢こうと震え、それから十分もしてようやく静まった。


 おそらくは絶対的な束縛と支配の呪、首枷。

 この呪を受けた者は、主と定められた者の命令に絶対に逆う事は許されず、服従を強いられる。おそらく呼吸すら自由にならない生が待っている。

 権力者が鬼を飼い殺す際にかける、ただただ無残な魔性の呪だ。


 話には聞いていたが、これほどまでの力を持つとは。

 術者は退治屋でも破格と名の知られた自分以上の実力者、もしくは、神々の、主に邪神と呼ばれる禁忌の存在の力を行使しているに違いない。


 垂れた瞼の奥で、じっとミツは考え込んだ。

 術の性質から、どうやら次の主となったミツが命じなければ、子供たちは言葉を発する事も、自分で歩く事すら出来ないらしい。

 確実に名を縛られているとみた。


 それならば。


「禊より、こちらが先か。早くせんと日が暮れてしまうわ」


 ぐったりしている子供を見やり、ミツは屋敷の中へ一度戻った。


 それから一振りの刀を手に取り、また子供たちの前に立った。

 鞘に収められたそれは、一見、何の変哲も無い何処にでもある刀にみえる。

 柄糸は黒、鞘のこしらえも漆黒。それでいて、抜き放たれた刀身の印象は突き抜けるような白。

 銀地に奔る刃紋は優美な弧を描き、この老婆の手にあれば一際、輝く。


 懇意にしている常磐山の山神から借り受けた、神の御業をもって鍛えられた神剣なのだ。

 ミツを取り巻く空気も、さっきまで畑を耕していた作務衣姿の老女と同じ人物とは思えないまでに、改まっている。


 おそらく、この神剣をもってしても、この鎖を断つ事は難しい。


 ふと瞼を下ろすと、始めた。


「我、勧請、奉る、疾く、乞い願う、東に知るは木、南に出ずるは火、西に打つは金、北に溢るるは水」


 神剣に宿る霊力が身の内に注ぎ込まれるのを感じる。

 それは轟々と音がするほど猛り、荒れ狂い、器となった己から溢れ出んとする。

 老いさらばえた身にはいささか辛いが、ミツは気丈に笑みを浮かべた。


 かっと目を見開く。


 白き炎の如し霊力が宿り、二つの眼が銀色に変化する。

 その目で見据えれば、首枷の術式が複雑な一枚の黒い陣を浮かび上がらせた。

 それは、布に鏤められる綾錦の紋様のようにもみえたが、そんな美しいものではない。

 呪の要となる幾つかの起点を見出すと、ミツは次の段階へ移った。


 ―――頼む、もう少しもってくれよ。


 力が搾り取られていく感覚に眩暈を覚えながらも、術式に干渉するため、ミツは片方の手で素早く印を切る。

 その口から低い歌声めいた呪が延々と途切れる事無く続けられ―――握られた拳がゆっくりと開かれると、その手に宿っていた白の光が筋となって、それぞれ子供たちの首に宿り、赤黒い鎖を銀色に染め替えた。

 

「我、ここに宣言す、ついを迎えん事を―――…はぁ、やれやれ」


 神剣を元通り鞘に収め直すと、力を根こそぎ奪われて体は悲鳴を上げていたが、ミツはそれでも出せた結果に満足して、にんまりと笑った。


 子供たちも何かが変わったと感じたのか、まだ、力なく動かないものの、何処か怪訝にしている気配がある。


「さ、日が落ちない内に禊をして、それから傷の手当じゃ。…ううむ、忙しくなりそうじゃな」


 ―――この鬼子たちの登場で、長く一人で生きてきたミツ自身、思い描いた事もなかった暮らしが始まるのだ。



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