04 鬼子
「どうじゃ、買わんか」
そんな言葉と共に萩の都にある居を訪ねてきたその翁は、同じ業界に身を置く者、広い意味での同業者に入るだろう。
ミツはこの曲者爺が気に食わなかった。
見た目が庭で犬でも愛でていそうな好々爺であるのに、その中身はえげつない事も平然と笑ってこなす、肝煎りの商売人だ。
アヤカシの退治屋からはある意味、重宝される武器商人でもあるのだが、問題はその商品にある。
値段もさる事ながら、下手をすれば買い手の命を脅かすいわく付きの一品でも平気で売りつけてくるのだ。
何も知らずに怨霊の宿る妖刀を買った客が取り殺され、一層邪気の濃くなった妖刀を再び回収し、また顔色一つ変えずに店頭に並べる。
そんな曲者爺だ。
当人は売る相手をちゃんと選んでいると言う。
人がものを考えるように、どういうわけか意思を宿した商売道具のために、良きように取り計らっている、と。
つまり妖刀が人を斬りたいと願えばその通りに、という事らしい。
各地を廻る退治屋稼業も一段落し、久しぶりに戻ってきた我が家で骨休めをしていたのだ。
何を好んで、こんな剣呑な爺と関わり合いになりたいものか。
玄関口ではなく、勝手に屋敷の横手にあるミツの畑にまで入り込んできた権兵衛に、ほっかむりをしたままミツは年季の入った鋭い眼光を向けた。
「お前からは一切、何も買わんと前に言わなんだか」
鍬を片手にじろりと睨むが、翁は何も感じる様子が無く、ただ笑う。
「まぁ、待て待て。お前が興味を持ちそうだと思って、わざわざここまで来たのだ。追い返すのは商品を見てからでも遅くはあるまい?」
きっとこの、田舎そのものの長閑な空気を脅かす血生臭いものを持ち込んできたのだろう。
げんなりしたが、遠く離れた黄京に店を構える権兵衛が何の気まぐれでか、ここまでやって来たのだ。それ相応の理由があるに違いない。
「茶など出さんぞ」
と冷たく言い捨てて、ミツは商品があるという屋敷の表へと、しばらく死にそうにもない元気な翁の足取りを追っていった。
ミツの屋敷の前には、貴人が好んで使う牛車を馬に挿げ替えた二台の馬車が待っていた。
おっとりとした牛車に比べて馬車は速度に勝るが、その分、繊細な生き物なので扱いが難しい。車の強度の問題もある。
だが、この商売人にとって実用に耐えうる馬車を手に入れる事など朝飯前なのだろう。
これは近隣の集落でさぞ目立った事だろうと渋い顔をするミツの前で、合図を受け、粗末な方の馬車の傍で控えていた権兵衛の下人が馬車の背後に廻り込んだ。
幌の中から運び出されてきた「商品」が何であるか知ったミツの皺深い顔が、みるみるうちに鬼の形相に変じる。
「―――これが商品じゃと?」
強烈な怒りにさらされながらも、権兵衛はほほほと単調に笑うばかり。
「そうじゃ、気に入ったろう?」
「たわけ!」
抜け抜けと嘯く爺に、凄まじい怒号が飛ぶ。
「ふざけるな。子供ではないか!」
ついに外道な人買いにまで成り下がったか。
この時代、人買いは珍しくも無い。
飢えた百姓一家が食いぶちを減らすために子を遊郭に売る事はままあった。
だが、この場合はわけが違う。
紐で繋がれてもいないのに逃げ出す様子も無い、虚ろな子供たちの姿を見て、ミツはその出自を悟っていた。
黒髪と黒目。この東国の大多数が占める色合いの中で、異質に映るその色合わせ。
ゆえに彼らは「鬼」と呼ばれ、人々から恐れられ、迫害された。
またその身が持つ、アヤカシに準じるその異能に利を見出し、権力者が飼い殺しにする事もままあった。
この四人の子供たちは鬼子だ。
まだ本当に幼いというのに、希望の欠片もその目には映らないようだった。
「何という…」
あまりにも哀れな姿に声を失い、ミツはよろよろと近付いた。
親元から離されて酷い扱いを受けてきたのだろう。四人とも男で、髪は元の色がわからぬほど汚れ、服装は腰を覆う布一枚という有様。
一人の子の片目は潰されたまま手当ても受けていないのか、赤い膿が零れていた。
そばに寄ったミツに目を向ける事すらなく闇に囚われている。
生きているのが不思議なほど、疲れ果てて全てを諦めきった様子に、またミツの中で熱くどろりとした熔炉の如き、灼熱の怒りがもたげてきた。
その目が彼らの首に廻らされた赤黒い鎖を見つけ、はっと息を呑む。
ミツのような、相当の霊能力者にしか見えぬであろう、その邪悪な呪は―――まさか。
「お気に召したようだな」
「…くそ爺」
低い低い声でミツは呪った。
「さてどうする、買うか、買わぬか」
「買う」
この子供たちは一刻も早く手当てを受ける必要がある。
人の命を金で買うなんて、などと偽善を吐くつもりもない。金銭の取引でそれが叶うのなら話が早い方がいい。
ミツの決断は素早かった。
「ほほほ、良い返事じゃ」
権兵衛は良い買い手が見つかったと喜ぶ素振りもなく、ひとりごちた。