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16 同居

過去編です。

諸事情で慌てて書いたのでいつも以上に・・・

 それから一週間が過ぎた。


「あれ、お戻りになられましたぁ?」


 外から戻ってみれば、前布で手を拭きながらヨネが炊事場から出てくるところだった。


「ヨネ、いつもすまんな」

「別にこれくらい構いませんよぅ、あたしが好きでやってる事ですもん」


 宣言通り、ヨネは日に一度は顔を見せ、食事の支度や家の中の細々とした事に采配を揮ってくれている。

 おかげで長く空けていたせいで荒みかけていた屋敷は、人並の様相を取り戻しつつある。


 鬼子たちもヨネの屈託の無い人柄に、世話をされる度に居心地悪そうにしていたのが、今では進んで手伝いまで申し出るほどだ。


 いつも夕刻前、ミツとすれ違いに里へと戻るヨネであったが、今日に限って顔を合わせるという事は何やら物申したい事があるに他ならない。

 炊事場で黙って柄杓で水を飲む老婆に、やはりと言うべきか、ヨネの呼び掛けがあった。


「ミツばっさま、ほんとにあの子たちの事、お願いしますよぅ」


 恨めしそうな顔でそう言われ、ミツは片眉を器用にはね上げた。


「なんじゃ、藪から棒に。心配せずとも屋敷から放り出したりはせんよ」

「そんな心配はしていませんよぅ! だって、ばっさま、ろくにあの子たちと顔を合わせていないじゃないですかぁ」


 ヨネの言う通り、屋敷の主である老婆はといえば、日に一度、怪我の具合を診るだけで、ほとんど子らとは接触していなかった。


 朝晩の食事さえも別だ。


 何をしているかというと、ひたすら外に出て横手の畑の手入れをしている。

 朝早くから畑仕事に出掛ける老婆と、養生して部屋からあまり出ない子供たちとでは、同じ屋敷内にいても会う事がないのだ。


 事態を見過ごせなかっただけで、別に好き好んで引き取ったわけでもない。

 甘えるかたちとなったが、ヨネは子供らの面倒を充分にみてくれており、また、当人たちも人の手を借りるほど幼くはない。


 弱った身体が回復すればその内、生まれ育った里に戻るだろうと思っていたミツとしては、必要以上に手を出さずに傍観の構えを取っていた。


「ばっさま、あの子たち、これからどうなるんですかぁ?」


 また酷い目に遭ったりしませんよねぇ?と、ヨネが心配顔で訊いてくる。


「身体が元に戻ればその内、郷里にでも帰れようさ。それまでの面倒はみる」


 どのような因果で巡り会ったにしろ、これも縁ならば、自分の寝覚めが悪くなるような事はすまい。

 そう言い切れば、ヨネがほっとしたように笑った。まったく情の厚い女じゃ、とミツの口許もほころぶ。 


「良かった~、それが聞きたかったんですよぅ! あたしらには無理でも、ミツばっさまなら何とかしてくれるって思ってますからねぇ!」


 ばしばしと背中を叩かれ、飲み込んだ水を吐き出しそうになったミツは、力加減をせんか!と怒鳴った。












 ―――ところが。


「里に戻れぬとな?」


 すっかり日も落ちた時分、話があると言い出した三人を前にして、ミツは重く垂れた片瞼をぴくりと引き攣らせた。


「はい。それで、もう少しこちらに置いていただきたいんです」


 ミツが仮に「赤いの」と呼ぶ少年が、正面に座った老婆に丁寧に頭を下げる。

 サラシナと名乗った年長の少年だ。その頭には、左目ごと白布が巻きつけられ、行灯の光を吸い込んで仄かに赤い。


 刃物で抉られたのだろう、左目の傷は酷いものだった。

 数日で完治するものではない。今も疼くだろうに、愛想の良いとは言えない視線を寄越す老婆に、少年の顔から微笑みは消えない。


 サラシナのすぐ隣には「黒いの」、上品な面立ちでいて多くを語らない寡黙な少年、トナミがきちんと正座をしている。


 顔を合わせればいつもミツに食って掛かる「青いの」、ダイラは部屋の端にいたが、話し合いに参加するつもりはないらしく、しかめ面で明後日の方向を眺めていた。


 一番小さい銀髪の子、ヤシロは寝間でぐっすり眠っている。


 三人とも身体は表向きすっかり良いようにみえるが、それは敵に気取られぬように弱った所を見せない野生の獣と同じだ。

 そろそろ奉公に出る年とはいえ、まだ自分の半分も生きておらぬというのに、もう子供と呼ぶ事を躊躇わせる雰囲気を放っている。

 それが何処か、痛ましく思えてならない。


「もちろん、置いていただく間、俺たちに出来る事なら何でもします。畑仕事でも炊事でも」


 ミツの沈黙をどうとったのか、サラシナは神妙な態度になって口早に続け、老婆は手を振ってそれを追いやった。


「いたいだけおれば良いと言ったのはわしじゃ。別に撤回しようとは思わんよ。

 だが、お前たちにとって生まれ故郷の方が過ごしやすかろう。本当に帰らんでよいのか?」

「帰れるものなら帰っています」


 残った真紅の瞳に怒りにも似た硬質な光が閃いた。


「このような枷をつけたままで里になど戻れない」

「…」


 首枷の呪は完全には解けていない。


 端的に言えば、首枷の呪術者とまみえるような事があれば再び虜囚の身となろう。

 あえてそれを告げてはいなかったが、彼らは自分たちの状態を正確に把握していた。


「それに、俺たちが戻らなかった時点で里は既に移動していますから」

「…なるほど」


 隠れ里として徹底している。

 敵に捕縛された時点で、里の存続を脅かすものは子供であろうと切り捨てるか。 


「―――あなたは…ミツ様は、俺たちの事をご存知なんですね」


 子供らしくない、苦さを帯びた複雑な笑みが零れる。

 ミツは面白くもなさそうな顔になった。


「お前たち、鬼の一族と呼ばれる者の事か?―――それもこちらの人間が勝手に呼んでいる呼び名じゃったな。

 正しくは、守地もりちと言うたか」

「…そこまで知っておられるんですね」

「ふん、みな人の受け売りじゃ」


 感心したように目を瞠るサラシナに、大した事ではないと老婆は言うが、東国に住まう民の大半は知らぬ事だろう。


「それでは俺たちを、匿うという意味もわかっておられる?」

「赤いの、言いたい事があるならはっきりと言え。わしは回りくどいのは好かん」


 邪険な態度にサラシナはちょっと目を見開くも、臆した様子もなく、まいったなぁと頭を掻いた。


「ミツ様は本当に全て承知の上なんですねぇ。

 俺たちの外見はこの通り、人にない色を持っています。

 魔の変革以後、俺たちはアヤカシと等しく扱われ、里の者が殺されそうになったのも一度や二度じゃない。

 俺たちを居候させるという事は最悪、アヤカシと通じたに等しい。里でのあなたの立場を著しく損ねる筈です」

「…」

「ですから、無理にとは言いません。それをお伝えしたかったんです」


 サラシナの穏やかな眼差し、トナミの静かな表情、ダイラの睨みつける視線が入り混じり合い、何とも言えない沈黙をつくり出す。


 ―――彼らは拒絶されるのを当然と受け入れている。

 鬼の一族が忌まれたのは、ただ、外見が異なるというだけではない。人と異なる寿命や優れた身体能力も恐れを生み、強い弾圧を招いた。

 だが、その恐れ忌避された彼らは、逆に報復に出るという事も無く、人目に触れず、ひっそりと里に閉じこもって生きる事を選んだ。

 その心のありようはどれほど尊いだろうと老婆は思う。

 

 ―――鬼を鬼たらしめるは人の心。


 わずか目を細めて遠い記憶を思い返し、ミツはそっと嘆息した。


「わしはな、美しいと思うぞ。お前の紅も、そっちの小僧の青も、ちびっこいのの銀の髪もな」

「…」


 思わず言葉を失った三人が見つめ直した老婆の顔に浮かんでいたのは、優しいと呼び換えてもよい微苦笑で。

 だが、あっという間に元の無愛想な顔に戻った老婆は、淡々と続けた。


「何度も言うたが、別にわしは構わん。いぬるも去るも好きにするがいい。最初に言うたが、わしはあまりこの屋敷にはおらんでな。

 まぁ、ここしばらくはおるつもりじゃが、その間に何が住み着こうとも別に気にせんよ」


 そこで意味深ににやりと笑う老婆。


「!」


 と、まさにその時、ダイラの鼻先に、天井からぽたりと何やら落ちる。


「なっ!」


 それは手のひらほどの大きさしかない、一つ目の鼠だった。

 童鼠わらしねずみと呼ばれる小さなアヤカシで、人が捨てたあばら家などにいつの間にか住み着くだけの、大して害のないアヤカシだ。


 ぎょっとするダイラと驚きに一つ目を大きく見開いた童鼠はしばし見つめ合った。


 やがて状況を理解した童鼠は飛び上がり、ちょろちょろと部屋の中をいつまでも逃げ惑ったが、すっと手を出したトナミにつまみ上げられる。

 無表情の少年に何を考えているか読めない目で見つめられ、きいきいと哀れな声で鳴いた。


「仕方の無い奴じゃなぁ」


 苦笑してミツが手を差し出すと、トナミは黙って童鼠を手渡した。

 童鼠はミツに気づくと、腕をさっと駆け上り、老婆の首元に擦り寄る。


「クソババァ! 本性を現しやがったな!」


 その光景を見たダイラが毛を逆立てて身構えるのに、今度こそミツは呵々(かか)と笑った。


「本性と言われてもなぁ。元々、この屋敷にはアヤカシが巣食っておってな。人が住めるように退治た後も、逃げぬ奴らで害の無いものは放っておるのさ。

 ほれ、アヤカシも住み慣れた場所が心地良いのは人と変わらぬらしい」

「た、退治屋にアヤカシが懐くなんて聞いた事ないですよ」


 童鼠の慌てぶりが可笑しかったのか、サラシナが笑いを堪える顔で言う。


「アヤカシであろうと、悪さをせぬ相手までわしは退治ようとは思うとらんよ。

 ま、そんなわけで、ここに住むのなら、お前たちもこやつらと仲良うする事じゃ」

「はぁ!? 冗談だろ!」


 ダイラ一人が蒼褪めて叫んだ。


 ―――常に一人を選んでいた老婆が何を思って鬼子たちを受け入れたのか、この時、誰も知る事はない。


 退治屋と、人と、アヤカシと、鬼と。

 ある意味、奇妙な共同生活がそこから始まった。


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