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14 交差 壱

 風見を待つ間、ミツは商店の軒先から町並を見るともなしに観察していた。


 日は差して明るい内だというのに、商店も店仕舞いをしている所が目につく。

 表で遊ぶ子供たちの声も聞こえず、若い娘の華やかな姿も見当たらない。


 深刻そうな顔つきで身を寄せ合って通り過ぎる男たちの姿を目で追いながら、何かあったに違いないと確信する。

 ともあれ情報が必要だ。風見の口から出てくる話はいささか視野が偏っている事は否めない。

 今後の行動を決めるためにも、判断材料となる歪みのない事実を知りたいと思った。


 そんな事をつらつらと考えていた時だ。

 ふと、こちらの方角に向かって歩いてくる一組の男たちに気がついた。


 気がつくというより強制的に視覚を刺激されたというか、やけに人目を惹く一組だったのだ。

 それというのも正面を歩く男たちの背丈が飛び抜けて高い。ミツと頭一つ分は優に違う風見と変わらない上背だ。元々そんなに高く造られていない平屋の屋根と比べてみても、身の丈六尺に及ぶのではないか。

 三人目は手前の二人の後ろに隠れてしまっているので、もう少し低いのだろう。


 何とも羨ましい、と、ミツは我が身と比べて羨んだ。

 小柄な身は利点もあるが、退治屋としては侮られる事も多く、不利も大きかったのだ。


 一人は墨染めの着流しの前を大きくはだけ、一見、下層にたむろする博徒どもと変わらぬ有様だった。

 が、足取りに目を留めれば、だらしないだけの小者とは身の運び方が違う。おそらく手に持った大刀以上に体術も相当使うに違いない。

 着物の上からでもわかる、筋肉が程よくつき、均整の取れた骨格に見惚れてしまう。出来るものなら切実にこの身と交換したい。


 顔つきは間違いなく猛獣の類だ。どうやら不機嫌らしい。今にも噛みつきそうな、あの剣呑な顔つきではまず子供が怯えよう。

 日に焼けた引き締まった肌に、無造作に切った黒髪が風に吹かれる様は上等な獣の毛並みを思わせた。


 もう一人はその男に比べれば幾分細身だが、こちらも腰に太刀を帯びて武装している。

 着物の裾を膝までからげた中に下を穿き、たっぷりとした身頃の派手な柄の羽織物を肩に引っ掛けている。どこぞの歌舞伎者かと首を傾げるなりをしているが、整った造作をしているせいか、違和感はあまりない。左目に取りつけられた眼帯もしっくりと馴染むくらいだ。

 こちらは対照的に、頭に花が咲いたような軽薄な笑みを満面にし、随分と機嫌が良さそうだ。幅広の布で縛られた髪は肩を滑り落ちて長く波打っており、光の加減で赤みを帯びている。


 どちらも年はそう変わらないだろう。少なくとも三十路を越えてはいない筈だ。


 どこぞの荘園にでも雇われた流れの衛士だろうか。しかし、それにしても派手だ。

 興味深げに見入っていたが、不意に後ろから声をかけられた。


「店仕舞い?」


 話しかけてきた恰幅の良い中年の女は、ミツが軒宿りをしていたこの茶屋を切り盛りする女主人だった。


「まだ日も中天を過ぎたばかりなのに、もう店を閉めるのか?」

「しょうがないからね、この有様じゃあ。ろくに商売になりゃしないよ」


 人好きのする顔を憂鬱そうに曇らせ、手を振って通りを示す。

 確かに元々少なかった人通りがさらに減ってきているようだ。

 何かあったのかと訊くミツに、女は大仰に驚いてみせた。


「やっぱり知らないんじゃないかと思ったよ! 若い娘がこんな所に一人でいるなんて妙に思ってた所さ」


 呆れ顔になりつつ、女主人は一昨日にあったというアヤカシ騒動について語ってくれた。


 一昨日の日中、堂々とアヤカシが町に出没し、若い女を喰らって逃げたのだという。

 姿かたちを聞いてみれば、おそらく雷を操る雷獣ではないかと思われた。そう考えれば、突然、辺りが一面白く染まった次の瞬間にアヤカシが掻き消えたのだという不可思議な現象にも説明がつく。

 狼のような四足の獣で、赤黒い毛並みを持つ。体躯はそんなに大きくは無いが、逃げ足が早くて捕らえにくいアヤカシだ。


 ―――しかし、雷獣は獰猛な見かけによらず、畑の野菜を荒らして食うだけのものだった筈だが…。


 しかも一匹ではないのだという。

 小物ならいざ知らず、アヤカシが集団で行動するなど聞いた事がない。


「最近、治安も悪くなってきているしねぇ。おちおち出歩けやしない。たちの悪い連中ものさばっているしさ。

 あそこにいる連中も性根の腐ったちんぴらどもさ。勝手に世を儚んで好き勝手に振る舞うなんざ迷惑な話だよ」


 女は鼻の横に皺をつくって、通りの向こうにたむろしている男たちを睨む。

 言われてみれば、昼から呑んだくれているらしい、どうにも人相の良くない男たちだ。


「ずっとあんたの事を見てるよ。あたしが睨みを利かせている内はいいが、気をつけるんだよ。

 あんたみたいな別嬪、いつ攫われたっておかしくないんだからさ」  

「へ?」


 思ってもみない話の向きに気の抜けた声を出すと、女主人はずいと真剣な顔を近づけてきて、ミツは迫力にたじろがされた。


「あんたが何処の世間知らずな姫様だか知らないけどね、まだ自分が子供だからって油断するんじゃないよ。ろくでもない奴はどこにでもいるんだからね」

「ひめさま???」

「何だ、違うのかい? あんた、さっきまで色男の従者がついていなかったかい? てっきり、お忍びに出かけた貴族かなんかかと思ってたんだけどね」


 こんな下町を見に来るなんて妙な姫様だと思ってたけどさ、と笑われて、周りからはそのように見えていたのかと愕然とする。


「ま、萩の都守みやもり様がすぐに手を打たれたって話だから、治安もちょっとはましになると思うんだがねぇ。

 アヤカシも、こんな時に腕の良い退治屋がいればいいんだが」

「…人がおらぬのか?」

「あんたみたいな小さい娘は知らないだろうがね、この萩には昔、どんなアヤカシでも退治てくれる滅法強い退治屋がいたのさ。

 口先ばかりの連中とは違う、本物のね」


 かなりの年だったからもう死んじまっているだろうがね、と続けた女に、自分は果たしてどんな顔をしていたものやら。

 ま、なるようになるさ、と明るく背をはたかれ、つんのめりそうになった。


 とにかく、アヤカシ討伐のために、天子から都を預かる都守によって、国から派遣される衛士の他に定期的に巡回する自警団が新たに組織されたらしい。

 重い腰ばかりの貴族にしては珍しく動きの早い事だ。


 いつまでも店仕舞いの邪魔をしていては何なので、ミツはアヤカシが出たという通りを教えてもらうと、そこへ行ってみる事にした。

 一昨日の事だというが、何か手掛かりが残っているやも知れない。

 …そう思いついたミツの頭からは、別れ様の風見の言葉などすっぽ抜けていた。











 危ないと引き留める女主人に用事があるのだと言い訳して、その場を離れる。


 アヤカシが出たのは町の中心に程近い通りで、大勢の人間が行き交う最中の凶行だったらしい。

 今は日中だというのに人の姿がほとんどない。微かに残る妖気の残滓にミツは目を細めた。


 血塗れの娘を口に銜えたまま逃げたアヤカシはそれ以来目撃されていない。

 おそらく町の外に逃げたのだと思われるが、アヤカシの気は風に紛れ、後を追うには時間が経ち過ぎていた。


「…何の用じゃ」


 じゃりと砂を噛む音に、無表情のままミツは向き直った。

 店の女の忠告は正しかった。

 思った通り、さきほどから後ろをつけてきていた男たちがにやにや笑いを浮かべ、すぐ背後を取り囲んでいた。


「わしは忙しい。用が無ければさっさと去れ」


 怯えるでもない、鬱陶しい蠅を払うが如くのあしらいに、酒臭い男たちは呆気に取られた顔をし、ついでいきり立つ。


「なんじゃ、その態度はぁ!? 生意気な娘め!」

「まぁ、待て待て。小便臭いがきにゃ言ってもわかんねぇだろ。ここは手取り足取り教えてやんねぇと」

「手取り足取りぃ? そんなの一発殴れば言う事聞くに決まってんだろ」


 げらげらと喉を反らして笑う男たちを横目に、ミツは付き合ってられぬと立ち去りかけた。

 が、相手がそれを許そう筈も無い。


 細い腕を力加減無しにつかまれて、眉間に皺が寄る。

 臭い。こやつら、何時から風呂に入っておらぬのか。


「ちょうどあの宿近くだ。そこへ行こうぜ」

「この間もしけ込んだあそこかぁ? ま、別にいいけどよ」


 そのまま意思も問わずに引きずって行こうとする。

 勝手に決めるなとはもうミツも言わなかった。無駄な口は開く気もない。


 そのまま引かれる力に任せ、くるりと身を翻し、一人の男の急所に容赦なく膝蹴りを見舞った。


「ぐああぁっ!」


 小さな娘に反抗されるとも思っていなかった男はまともに潰された股間を押さえてのたうち回る。

 うるさいのですかさず顎を草鞋で踏み付けて、問答無用で黙らせた。


 あっという間になされた所業に唖然とする二人をじろりと見ると、ようやく何が起きたか理解した男たちから怒気が噴き上がった。


「このがきぃっ!」


 相手は小娘と侮って油断してくれているので喧嘩にもならない。

 これくらい術を使うまでもない。。

 数分もかからず、三人を地面に這い蹲らせたミツは、きつい灸を据え終えて、手から土を払った。


 さて、どんな仕置きをくれてやろうかと算段していた所に、また新手の気配がある。

 なんじゃ、まだ仲間でもいたか、と、顔をしかめてそちらを見れば、予期せぬ姿に瞠目した。


「うわぁ、これじゃあ、俺たちの出番は無かったねぇ」


 気の抜ける呑気な声の持ち主は、先だって注目していたあの目立つ二人の片割れだった。

 間近で見ればますます大きい。

 目を丸くして見上げるミツの前で、派手な格好をした眼帯の男はすっと身を屈め、ミツの正面に顔を合わせた。


「訊くのも野暮な気がするけど、娘さん、怪我は無い?」


 驚きも覚めやらぬまま黙って頷くと、「それは良かった」と、片目を細めてにっこりと笑いかけられた。


 ―――これは、もしかせずとも、年相応の娘として気遣われているのか。


 娘が怯えぬようにと、男の声音も労わるような柔らかいものだった。

 

「その、もしかして、助けに来てくれた、のか…?」


 恐る恐る確認してみると、あっさり頷かれる。


 これまた新鮮な体験だ。

 前世、化け物並の扱いを受けていたミツとしては、護るべき対象として自分が認識されるなど思ってもみない。


「こいつらは俺たちが番所に突き出しておくよ。おい、赤也あかや


 呼ばれて面倒臭げに近寄ってきたのは、黒の着流しを着た男だ。

 赤也というらしい。随分、変わった名だと思う。


 赤也は憮然としながらも、文句は言わず、手拭で伸びた男たちを器用に一つに縛っていく。


「俺は青乃あおのって言うんだ。娘さんの名は?」

「わしはミツ…」


 答えようとして、それは前世の名であった事をはたと思い出す。


「…ル、ミツルという」


 咄嗟に出てきた単語は語尾に違う音をつけただけのお粗末なもので、ミツは内心、名をまだ熟考中だと主張する風見を恨んだ。


「ミツルさんか、良い名前だ」


 褒めてくれた青乃が浮かべる笑みはへらりと軽い。

 浅はかな人物にはみえないが、姿も印象も何を考えているのかつかみどころの無い妙な男といえた。


「おい、嬢ちゃんよ」

「?」


 一瞬誰に対しての呼び掛けだと見回したが、自分以外にあるまい。

 青乃の隣にふらりと並んだ大男に見下ろされると、何もされずとも威圧感がある。


「まさか、一人でここに来てんじゃねぇだろうな?」

「いや、連れがいるのじゃが、所用で外しておる」

「ならいいが、あんま一人で出歩かねぇ方がいいぞ。こいつらみてぇな奴は何処にでもいるからな」


 男の声はざらついて低く、鋭い。

 笑みもなく言われれば怒られているのかと思うくらいだが、その言葉は年頃の娘の身を案じるものだ。見かけによらず、気の優しい男であるらしい。


「あぁ、気をつけよう。気を遣ってくれてすまんの」


 なかなか見所のある若者じゃなと感心して礼を述べると、横を向いていた赤也が驚いたようにこちらを見、惚けた表情で目を瞬かせた。


 そこへ口許に手をあてた青乃が赤也の顔をすかさず覗き込み、にひゃりと意地の悪い笑みを浮かべた。


「今、見惚れた?」

「は!?」

「アカ、今、見惚れてたよね? だよねっ?」

「はぁ!? 誰が、いつ!?」

「だって、初対面の女の子に怯えられないのってミツルさんが初めてじゃない?

 それにミツルさんってお前の理想そのものだろ? 芯のしっかりした美人所で、華奢で小さくてさ」

「俺たちからしてみりゃどんな女だって小せぇだろ! それにこいつは女じゃねぇ! 子供だ!」

「へぇ、そう言い聞かせてるんだ? 意外と真面目だねぇ」


 あのな、と今度は本当に怒り心頭の形相となる赤也をさらりと交わし、青乃はからからと笑う。

 長年の付き合いからか気安い間柄なのだろう。場をなごませる空気が自然と笑みを誘った。


「ま、とにかく、こいつが言ったように最近は物騒だからね。ミツルさんも充分気をつけて。

 俺たちは大抵、新しく出来た中央の番所にいるから、何かあったら来るんだよ」


 二人は都守によって組織された件の自警団に雇われているのだという。

 今も巡回中で、定期的に町を見回り、治安維持に努めているらしい。

 道理で武装していた訳だと納得して、はたとミツはくい付いた。


「もしや此度の人攫いについて調べておるのかっ」


 二人は顔を見合わせた。


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