第二章〜襲来〜
この作品はフィクションです。
「帰ろう……」
おじさんが去り、1人悶々としていた薫はこれ以上悩んでも仕方がないと帰宅を決めた。
「ねぇ…」
その背中に、女の子が声をかけてきた。
「ん、俺に何か用?」
「あなた、秋津 薫?」
「まあ……そうだけど……」
何で名前を知ってるの?と聞こうとしたそのとき、女の子の腕から光の粒子が漏れ出した。
「雷式の二十、雷乱」
「んなッ!!」
いきなり魔法だと!?
薫はいきなりの攻撃魔法に狼狽したが、反射的に多重守護障壁を発動していた。
襲い来る電撃はすべてが守護障壁に防がれ霧散していく。
「てめぇ、何のつもりだ!」
なんの前触れもない魔法に、さすがの薫も憤りを隠せずにいた。
「排除します」
「何?」
「あなたを排除します」
女の子がそう言うと、体が黄金に輝き出した。
「雷式の二四、武装勇伝」
女の子は雷式魔法により押し上げられた身体能力を武器に、常人では対応できないようなスピードで動き出す。
「これは…四階のやつか」
だがおじさんによって鍛え上げられた薫にとっては、この程度の敵を相手にすることなど雑作もないこと。
そう―――
「見えてんだよッ!!」
薫は女の子の移動先にフレイムボムを発動させる。
瞬時に爆発が起こり、女の子の体を吹き飛ばした。
その姿を確認した薫は、やったか? と、一息つく。
だがその判断は間違いだった。
フレイムボムによってできた爆煙の中からまるで何事も無かったかのように女の子が現れ、薫に接近してきたのだ。
「しまっ!?」
油断していた――。
薫はあっさりと懐に女の子の侵入を許してしまう。
女の子はスッと薫の胸に手を当てた。
同時に黄色い光の粒子が煌めく。
「雷式の二三、ディスチャージ」
バリバリバリと轟音が鳴り響き、あまりにも強力な雷撃が薫を包み込んだ。
「ッッッッッッァ!!」
薫はかつて経験したことのない激痛に声ならない叫び声を上げた。
否、叫び声なんかではない。
体がその激痛に耐えきれず、捌け口を声に託したのだ。
「ァ……アァ……」
雷撃が止み、ガクッと薫は力なく膝から地面に崩れ落ちた。
そのまま地面に倒れ込もうという薫だったが、女の子が胸ぐらを掴みそれを許さなかった。
「まだ、生きてる」
女の子はそう言うと、女性とは思えない力を発揮して薫を持ち上げた。
薫の体は宙に浮き、足が力なくフラフラと揺れている。
「なぁ……」
だが薫はなんとか声を絞りだし、女の子に問いかけた。
「あんた何者だ?…何が、目的なんだ?」
「……私の名はアリア」
「アリアか……いい名前だ……」
薫はハッと力なく笑った。
だが女の子は笑わずに喋り続けた。
「私の使命はあなたを壊すこと。そして、東雲 詩織を殺すこと」
詩織の名前を聞いた瞬間に、薫の体がピクリと反応した。
「マスターの命令は絶対。そして私はその命令を完遂する。だから……死んでください」
そしてアリアと名乗った女の子から再びバリバリと放電が始まったそのとき。薫が力強くその腕を掴んだ。
「ッ!!」
と、アリアは薫の力強さに顔を歪める。
だが薫は力を緩めない。
むしろさらにキツく握りしめる。
「まだ抵抗する…」
「当たり前だろ。詩織が危ないって分かったのに、このままやられるほど……俺はバカじゃねぇんだよッ!!」
間髪入れずに薫の腕に白い光の粒子が煌めく。
一瞬にして現れたクリスタルソードは、アリアに薫を手離す隙を与えずにその腕を貫いた。
「ッらァ!!」
そして薫は続けざまに炎弾を放ち、アリアを迎撃する。
「抵抗するなら……壊さず殺すッ!!」
だがアリアも負けてはいない。
雷弾を放ち、炎弾を迎え撃つ。
飛び交う炎と雷。
その間隙を縫うようにして薫はアリアに近づく。
不思議だ……さっきまでピクリとも動かなかった体が動く。
薫は自分の中から沸き上がる力に困惑していた。
こんなズタボロになった自分を何がこんなに突き動かすのか、と。
そして不適に微笑む。
さっきまでのおじさんとの話は無駄だったんだ。相談する必要なんて全くなかったんだ。
だって、俺を突き動かしているのは――
「詩織を守りたいという気持ちだけだ!」
「雷式の――」
「遅いッ!!」
薫は保持したクリスタルソードで、接近する薫を魔法で迎撃しようとしていたアリアの腕を切り落とした。
殺すと宣言してきた相手に容赦する必要なんてない。
やられる前にやる――それだけだ。
だが――
「なっ!?」
切り落とした腕から見えたのは流れ出る血でもなく肉でもなく、機械だった。
「機械の……体!?」
アリアはバチバチとショートしたように火花を上げる腕を静かに眺めたあと、踵を返して撤退を始めた。
「逃げるのか!?」
薫のその言葉に、自然とアリアの足が止まった。
「逃げるのではありません。戦術的撤退です」
「言い訳を!」
「どう判断するかは、あなた次第です」
そう言い残し、アリアは今度こそ走り去っていった。
「何だったんだ……あいつは……」
再び1人残された薫は、ポツリと呟く。
「あれ……急に目眩が……」
同時に初めて経験するほど大きな倦怠感が襲ってくる。
ダメだ、ここで倒れるわけにはいかない。今は1秒でも早く詩織のところに向かわないといけないのに。
薫は倒れないようにと足に力を入れる。
だがそれも次第に弱まり、フラフラと力なく揺れている。
太ももを捻っても痛みすら感じない。
もう本格的にダメだな……。
そう思った瞬間、急に目の前が真っ暗になった。
薫の意識はそこで途絶え、力なく地面に倒れ込むのだった。
ΞΞΞΞΞΞΞΞΞΞΞΞΞΞ
魔法高から少し離れたとある住宅街。
豪華な一軒家が建ち並ぶこの場所で、他の家よりもさらに一回り大きな大豪邸があった。
この豪邸の前を通れば、誰だってどんなお金持ちが住んでいるんだろうと気になるほどだ。
「ただいまぁ」
そんな豪邸に詩織はやって来た。
いや、帰ってきたと言った方が正しい。
なぜならこの豪邸は、れっきとした詩織の実家だからだ。
「おかえりなさい、詩織」
玄関のドアを開けると、そこには詩織の帰宅を察知していたのか詩織の母が待っていた。
「ただいま、お母さん」
詩織の母はフワッと長い髪の毛を靡かせると、優しく微笑んだ。
彼女の名は東雲 圭織。
詩織の実母である。
だがどう見ても詩織のお姉さんにしか見えない。
それぐらい若々しくキレイなのだ。
「お父さんは?」
「もうすぐ帰ってくるわよ。あなたも久しぶりに帰ってきたんだからゆっくりしてなさい」
「うん、そうするね」
詩織は家へ上がると一目散に2階へと駆け上がった。
そして、いくつもの扉が待ち構えているなかで、一番奥にある部屋に入っていく。
扉を開けると女の子の部屋とは思えないほど質素な部屋が広がっていた。
机とベッド、それから少しの本があるだけの小さな部屋。
ぬいぐるみなんてあるわけもなく、部屋を彩っているのは1つのギターだけだ。
もちろん使われたことなんてない。
詩織はそんな部屋の中で、スゥーッと深呼吸をした。
そして満足げに微笑む。
「まだ残ってる……薫ちゃんの匂いが」
そう、ここは高校に入学するまで薫に使われていた部屋なのだ。
「居候の分際で贅沢をするのは図々しい」という考えもあり、薫はこの家で一番小さい部屋と必要最低限のものしか買い揃えなかった。
その結果がこの質素な部屋であり、また、薫が東雲家に可愛がられている理由でもある。
「懐かしいなぁ、よく忍び込んでは怒られたっけ」
小学生の頃、詩織は毎日のように薫の部屋に忍び込んでは怒られていた。
中学生になると薫も諦めたのか何も言わなくなったし、逆に来ないと詩織に何かあったのか心配していたぐらいだ。
そんな昔の思い出に浸っていると、下の階から詩織を呼ぶ声が聞こえてきた。
慌てて降りてみると、どうやら父親が帰ってきたみたいだった。
「おかえり、お父さん」
リビングに入り、詩織は開口一番そう言った。
「おぉ。ただいま、詩織」
リビングではスーツ姿の父親が、愛娘を見つけて嬉しそうに微笑んでいた。
この人こそ、東雲家をここまで大きく育て上げた東雲 朔真その人だ。
「今帰ったのか?」
「うん、さっき帰ってきたとこだよ」
そうか、と朔真は小さく頷く。
だが同時に妙な違和感感を感じていた。そして瞬時に答えに辿り着く。
「詩織、薫君はどうしたんだ?」
「……分かんない。朝起きたらいなかったから、私1人で来ちゃった」
詩織は笑顔でそう言ったが、どこか元気がない。
いや、元気はあるが覇気がない。
やはり詩織にとって薫がいないことはそれなりに大きなことなのだ。
それが知らず知らずのうちにいなくなっていたならなおのことだ。
この様子じゃ詩織にはまだ言えないな。
「そうか、薫君がいないのは残念だ。いろいろと話したいこともあったのに」
「ごめんね、今度はちゃんと連れてくるから」
詩織はリビングにあるソファーへと腰掛けた。
その両隣に両親が座る。
どこにでもあるような幸せな家族の光景だ。
ただ普通と違うのは圭織によってテーブルに並べられた紅茶やケーキがとてつもなく高価だということ。
それこそ一般庶民じゃ手が届かないくらいに。
「学校は楽しくやってるか?」
不意に朔真が聞いた。
「うん。友達だってちゃんと出来たし薫ちゃんとも仲良くしてるよ。あ、成績表持ってきたよ」
詩織は1枚の紙を取りだし、朔真へと差し出す。
当たり前だが並んでいるのはAの文字だけ。
朔真はそれを見て満足げに微笑んだ。
「私や朔真さんはそこまで頭が良くなかったのに、どうして詩織はこんなに勉強が出来るのかしら?」
「圭織の両親は勉強が出来たじゃないか。隔世遺伝てやつだろうな」
「あら、それを言うなら朔真さんのご両親だって出来たじゃない。確か国会議員になったこともあったわよね?」
え!?と、詩織は驚いた。
自分の祖父母が国会議員だったなんて初耳だ。
慌てて朔真を見ると、苦笑したような表情をしていた。
「ホントなの、お父さん?」
「まあウソではないな」
「スゴいじゃない、何で教えてくれなかったの?」
「教えるほどのことじゃないからな。国会議員だったって言っても当選してすぐに辞職したんだ」
「何で辞職したの?」
「さぁな。そこまでは分かんないよ」
朔真は本当に大したことじゃないように淡々と話をした。
でもすぐに辞職したからって国会議員になったことには変わらない。
やはりそれは凄いことなのだ。
「密かな自慢だねッ」
「小さな自慢だよ。あまり人に話すようなことでもないからな」
素直に喜ぶ詩織とは対照的に、朔真はどこか仇敵を見るような目だった。
憎しみもこもっていただろう。
だが、そのことに詩織が気付くことはなかった。
それからしばらくの間、他愛ない話を続けていると朔真の携帯に着信があった。
「私だ……ああ、君か。久しぶりだね」
どうやら旧知の仲の相手らしい。
朔真は懐かしむように電話に出ていた。
「君から電話してくるなんて初めじゃないか?……ははっ、それじゃ同じだよ。それで、何かあったのか?……ああ、ここにいるよ」
朔真はチラッと詩織を見た。
自分に用だろうか?と、詩織は首を傾げる。
だがどうやら違ったらしく朔真は再び話始めた。
「なにッ?」
少しだけ、口調が荒くなったような気がした。
「それは本当か?……ああ、分かった。すぐに向かう……分かっている。事と次第によっては君と会わなければならない……ああ、それじゃ」
口調が荒くなったのはどうやら気のせいじゃないみたいで、朔真はパタンと荒々しく携帯を閉じた。
そして詩織を見る。
その表情には焦りの色が見てとれた。
自然と詩織も不安になってくる。
「詩織……」
「何かあったの?」
「薫君が危ない」
「え!?」
詩織は思わず立ち上がって驚いた。
薫が危ないと聞かされてジッとしていることなんてできない。
焦りと不安が詩織を襲ってくる。
「どういうこと!?」
「いや、まだ危ないと決まったわけじゃないが、とにかく付いてきなさい」
朔真の言葉に無言で頷くと、2人して慌てて車に乗り込んだ。
「何があったかは私にも分からない。ただ薫君の身に危険が迫っていることは確かだ」
「いいから…早く向かって!」
そう叫んで、詩織は祈るように手を組んだ。
神なんて信じちゃいない。むしろいるわけがないと思ってる。
ただこのときだけは祈らずにはいられなかった。




