第二章〜再開と対面〜
この作品はフィクションです。
次の日。
薫は詩織に見つからないように寮を抜け出し、とある場所に来ていた。
とある田舎町のとある公園に。
だが公園とは名ばかりで、辺り一面には遊具も子供の姿すら見当たらない。
それもそのはず、薫を中心に周りには何もない空虚な空間が広がっているだけだったからだ。
今は少しだけ草が生え、緑が広がっているが、数年前までそこは本当に何もない焼け野原だった。
薫の炎式魔法によって全てが焼き払われ、失われていたのだ。
「あれから5年か……時が過ぎるのは早いもんだ」
薫はあの出来事を懐かしむように目を細めると、静かに呟いた。
炎式の五八、不死鳥。
薫が師と仰ぐ『おじさん』に教えてもらった最悪にして最強の炎式魔法。
互いにそれをぶつけ合い、力を競ったあの日、この場所を廃墟と化してしまった罪悪感は今でも残っている。
否、今だから感じている。
あの頃の薫はただ単純に詩織を守りたいという一心で力を欲していた。
だが、それなりに詩織を守れるようになり、余裕が出てきた今だからこそ薫は考える。
あの魔法を覚えたのは正しかったのか。
あの魔法を使ったのは正しかったのか。
あの魔法で戦ったのは正しかったのか。
そして何より「強すぎる力は争いを生む」と教えてくれたおじさんが、なぜこの魔法を自分に託したのか。
薫はその全てが理解出来ずに、たまらなく不安になっていた。
「何か悩んでいるみたいだな、少年」
そんな薫の心情を察知した何者かが、後ろから声をかけてきた。
懐かしい響きだ。
だがどこか薫の心をくすぐってくる。
振り返らなくても分かる。
この声は―――――
「お久しぶりです、おじさん」
「5年ぶりだな。元気にしてたか?」
おじさんはすっと薫の横に立つと、昔と同じようにタバコをふかした。
「それなりに元気にやってましたよ。そういうおじさんこそ、この5年間どうしてたんですか? あの日以来、来なくなったから何かあったのかと思いましたよ」
「なぁに、大したことじゃない。野暮用が出来ちまってな」
「そうですか……」
そして無言になる2人。
その間隙を縫うように、爽やかな風が吹き抜ける。
おじさんは吸っていたタバコを捨て、火を踏み消すと、また新たにタバコを取り出して薫に聞いた。
「何を悩んでんだ、少年?」
「……くだらないことです。俺はこれからどうすればいいのか、それが分からなくって」
「どうすればいい……か。別に好きなようにすればいいじゃねぇか。少年もいい年だ、そろそろ自由が欲しくなってくる頃だからな」
「自由……ですか?」
おじさんは「ああ」と頷くと、その場にゆっくりと腰をおろした。
「少年の悩みをズバリ当てよう。なぜ俺が炎式魔法を教えたのか、そうだろ?」
「はい……そうです」
「そんなの簡単なことだ。お前が力を欲したから、それだけだ」
そう、確かにあの頃の薫は力を欲していた。
詩織を守るために。
詩織に家族の面影を勝手に重ねて。
「だから教えた。ガキってのは物分かりが悪いからな、最初から強すぎる力は争いを生むって言ってもちっとも理解しねぇ」
確かに、と薫は頷いた。
子供は強い力に憧れを抱き、その力を求める。
それはいつの時代になろうとも絶対に変わることのない欲求なのだ。
薫も年相応にそれにとらわれていた。
そしてそれをおじさんも分かっていた。
だから炎式を教えたのだ。
「だが少年はだいぶ物分かりが良かったから不死鳥まで教える必要はなかった。それを教えたのは俺のエゴだ、許してくれ」
「いえ、不死鳥がなければ今の俺がいたか分かりません。暗殺者の中には不死鳥の詠唱を聞いただけで逃げ出す者もいましたから」
「そうか、それなら良かった。だが暗殺者か……難儀な人生を送ってるな。少年も、あのお嬢ちゃんも」
「はい」
と、薫は短く答える。
「新御三家の一つ、東雲家か。よく少年もそんな名家のお嬢ちゃんと付き合ってられるもんだな」
「物好きなんですよ、いろいろとね」
薫は少し自虐的に呟き、肩をすくめる。
今の日本魔法界は四院家の独裁だ。
四院家同士は対等な権力を保持しているが、その他の発言力は限りなく低い。
それこそ月とすっぽん、天と地ほどの差がある。
だが、そんな日本魔法界に革命が起ころうとしている。
それが新御三家の存在だ。
デザインドールを開発中の北大路家。
マポレツールを発明した西瓜家。
《I.Ma.Geドライヴ》の開発にあたり多額の出資をした東雲家。
日本魔法界だけでなく国際魔法界にまで大きく貢献しているこの三家が、発言力を強めてきているのだ。
特に北大路家と東雲家がその筆頭になっている。
いまや世界レベルでの問題になっているエネルギー問題を解決した、《I.Ma.Geドライヴ》という1つの発明を大きく幇助した東雲家の力が強くならないわけがなかった。
そう、日本は世界に対して大きなアドバンテージを得たのだ。
さらに《I.Ma.Geドライヴ》によって供給された魔力は1つのみとはいえ法式の展開すら可能だ。
つまり魔法の使用ができるということ。
そしてバベルの塔に使われている《I.Ma.Geドライヴ》に与えられた法式、壁式の五五、オーロラフィールド。
全方位へ高濃度圧縮された固定の魔力を散布し、魔法だけでなく既存兵器に対してもその防御力を発揮するその効力は、首都圏全域にまで及んでいる。
「そんな発明品を幇助した東雲家の一人娘が狙われないわけがない、か……。それなら何故東雲家はお嬢ちゃんにガードをつけねぇんだろうな?」
「朔真さんは放任主義の自由人ですから、何を考えているかなんて誰にも分かりませんよ。たとえ、狙われてるのが娘だとしても」
「だから代わりに少年がお嬢ちゃんを守っているってわけか。だが少年は悩んでいるはずだ。このままお嬢ちゃんのそばにいていいのかってな。それが本当の悩みなんだろ?」
「はい、そうです」
そうだ、俺はそれで悩んでいるんだ。
炎式魔法なんてそれに比べれば些細な悩み。
果たして俺に詩織のそばにいる資格があるのか。
薫は思いを馳せると、静かに言った。
「おじさんならどうしますか?」
「そうだな…んなこと急に聞かれても俺には分かんない。第一、少年みたいな境遇にいる方が希なんだよ。守りたいものが2つあって、それが憎しみで支配されているならなおさら厄介だ」
「でも詩織は!」
「お嬢ちゃんのことじゃない。妹の話だ」
「結菜のこと……」
「そうだ。少年に対して深い罪悪感を感じているお嬢ちゃんと、そのお嬢ちゃんに対して深い憎しみを抱いている少年の妹。こんな複雑な環境にいる少年に俺が言えることはない」
おじさんにはっきりとそう言い切られて、薫は返す言葉もなかった。
まず薫には双子の妹がいる。
名を結菜といい、薫と同じく魔法使いの見習いとして学校に通っているらしい。
らしい、と言うにはちゃんとした理由がある。
薫と結菜はなんと9年前からまったく連絡をとっていないのだ。
原因はもちろん新横浜脱線事故。
あの事故以来、結菜は親戚に引き取られ、薫は東雲家に預けられていた。
否、東雲家が薫と結菜を引き取ると言ったが、結菜がそれを頑なに断ったのだ。
その理由なんて薫にはすぐに分かった。
もちろん詩織も察していた。
だから引き留めることが出来なかったのだ。
その結果、疎遠になってしまい、今相手が何をしているのか全く分からなくなっていた。
元気にしてるのか、生きているのか……もしかしたら死んでいるのか。
それさえも分からないのだ。
「結菜は詩織のことを憎んでいる。詩織が誘わなければウチの両親が死ぬことはなかったって。だけど、それで詩織を恨むのは間違っているんです。だから俺は結菜を説得したい。でも連絡がとれない……」
「だから少年はお嬢ちゃんから離れようと思っているわけだ。まあ確かに妹が何かやらかしてからじゃ、少年もお嬢ちゃんから離れるわけにはいかないからな。だけどよ、結局少年も罪悪感を感じなきゃいけねぇ。それこそ今のお嬢ちゃんのようにな。だったら離れたところで何も変わんないじゃないか? だったら少年がお嬢ちゃんのそばにいて妹から守ってやればいいじゃねぇか。そうすりゃ妹にも説得するチャンスが生まれるかもしれねぇ」
それは薫も考えていた。
結菜が詩織に復讐しようとしたときなら、説得することができるかもしれないと。
だが―――
「それでも結菜を止められなかったら、俺はいったいどうすれば……」
「そのときは妹かお嬢ちゃん、どっちかを選ぶしかないんじゃねぇか? そうすれば片方は救われる。片方は報われないけどな」
おじさんはそう言うと、吸いかけのタバコを消して立ち上がった。
「……おじさん?」
「迎えが来た。話は終わりだ」
ちょうどそのとき。薫とおじさんから少し離れたところに1台の車が止まった。
「じゃあな少年。機会があったらまた会おう」
「はい。そのときは一戦交えて」
「ふっ、俺はまだまだ鈍っちゃいないぞ」
おじさんは車に向かって歩きだし、そして止まった。
「どちらにせよ、少年が救えるのはどちらか1人だけだ。どっちを救うかは自分で考えるんだな」
そう言い残すと、おじさんは車に乗り込み、颯爽と走り去っていった。
公園(跡地)に1人残った薫は、おじさんの言葉を納得できないでいた。
"どちらにせよ、少年が救えるのはどちらか1人だけだ。どっちを救うかは自分で考えるんだな"
そんなことはない。そんなこと、絶対にない。
薫は理解していても納得できないでいるのだった。
そんな薫を残して車に乗り込んだおじさんは、助手席でニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「機嫌、良さそうですね」
と、車を運転していた30歳ぐらいの男がきちんと正面を見ながら言った。
脇見運転は事故のもと。
交通ルールをちゃんと守る大人だ。
「それもそうだ。なんせああやって話すのは5年ぶりだからな」
「弟子だからってのは付けないんですかい?」
「ふっ……確かにそれもある」
おじさんは薄く微笑むと、本当に楽しそうに笑った。
薫はおじさんにとって、最初で最後の弟子。
あんなに自分の全てを叩き込んだ相手なんて、いまだかつて誰1人としていなかった。
もちろん軍にいた頃もだ。
「にしては短かったんじゃないですかい?もう少し昔話に花を咲かせても…」
「これから殺し合いをする相手とそんなことをする意味なんてないだろ。ましてや相手が相手だ。干渉し過ぎて計画を失敗させたらこの10年が無駄になる」
「つまり弟子が可愛いわけですね。やっぱあんたも人間だ」
「当たり前だ。むしろお前は俺を人間じゃないと思っていたのか?」
「そんなこたぁないですよ。こりゃ失敬」
男はそう言ったものの「ガハハ」と下品に笑い、反省の色など微塵も感じさせないのであった。
普通なら怒るところではあるが、長年一緒にいたおじさんは男がこういうやつだと分かっていた。
こういうやつだが、やるときはやるやつだと。
そのとき、おじさんは「ん?」と何かに気付いた。
「どうかしましたか?」
「車をとめてくれ」
「はぁ…」
訳が分からない男だったが、言われるがまま車をとめた。
おじさんは車から降りると、足早にある場所へと向かった。
「何かお探しですか、お嬢さん?」
そこには何かを探すかのようにキョロキョロとしていた女の子がいた。
「秋津 薫…」
女の子は非常に抑揚のない声でポツリと呟いた。
薫の名を知っていたおじさんだから聞き取れたと言っても過言ではないだろう。
「少年がどうしたんですか?」
「秋津 薫、どこ?」
薫の名前が出てきたことすら驚きだったが、まさかその居場所まで聞かれるとは思っていなかったおじさんは、少し答えるか迷ったが、素直に教えることにした。
「それならここから3分ほど歩いたところにいるよ。早く行かないと帰ってしまうかもしれないから急ぎたまえ」
「分かった……」
女の子はありがとうも言わずにさっさと言われた方に歩き出した。
おじさんはその後ろ姿を見送り、ゆっくりと車に戻った。
「珍しいですね。まさかあの子に一目惚れですかい?」
「まさか。少し気になってな」
「へぇ」と、男は呟き再び車を走らせる。
それからしばらくして、男はおじさんに聞いた。
「で、本当の理由は?」
「あの女の子、デザインドールだ」
「え!? まさか!?」
男は今までとは明らかに違った口調で驚いてみせた。
「デザインドールっつたら北大路家が開発してるあれですかい!?」
「そうだ。恐らく間違いないだろう」
「でもなんだってこんなところに!?」
「それは分からんよ。ただ、少年の周りが騒がしくなることは間違いない」
おじさんは遠くを見る目で窓の外を眺めると、深くため息をついた。
「まったく……いつまでたっても計画が進行しないな」




