第一章〜偽りの仮面〜
この作品はフィクションです。
「じゃあ行ってくるのね」
「ああ、いってらっしゃい」
次の日、何故だか知らないが薫は楓のお見送りをしていた。
なんでも今日明日の二日間、3年生は校外学習があるらしい。もちろん修学旅行とは別物で、校外学習では進路希望の会社や大学などの見学に行くことになっている。
そのため校庭には3年生全員が集まっている。
その中に顔と名前が知れ渡っている薫がいるのだ。ましてや見送る相手が楓となれば注目を集めないわけがなかった。
「……みんなに見られてる」
「そいつぁ仕方のねぇことだ。なんせあの秋津 薫がいるんだからなぁ」
「寿さん……」
佐慈は薫の横で、とこかバカにしたようにニヤッと笑った。
生徒会役員の佐慈は会長と副会長が不在となるこの二日の間、生徒会長代理として生徒を纏めあげる役目を任されている。
その最終引き継ぎも兼ねて、薫とともに見送りに来ているのだった。
「でもあれだな、薫は何で楓の見送りに来てんだ?」
「そんなの俺にも分かりませんよ。第一に見送る理由がない。むしろ昨日の迷惑を考えたら来ないのが普通です」
「昨日って……なんかあったのか?」
「まあ、はい。何故か俺の部屋に鍋を食べに来たんですけど、その時に食べるは騒ぐはで、しまいには隣からクレームまで来て……思い出すだけでイライラします」
「ほう。お前の部屋で鍋をねぇ……ずいぶんと仲がいいんだなぁ」
佐慈の意味深な発言に薫がハッとなって辺りを見渡すと、すでに軽い騒ぎになっていた。
内容はもちろん「薫と楓の関係は!?」である。
「くっ……図りましたね」
「なぁんのことやらさっぱりだ。てめぇが勝手に喋ったんだろ」
もちろん佐慈の言う通りなのだが……最悪だ。また面倒事が増えてしまったじゃないか。
「最悪だよ……本当に…」
「秋津、ちょっといいか」
ガックリと肩をおとして項垂れる薫に、刹那が声をかけてきた。
「会長……」
「私がいない間のことなんだが、佐慈が暴走しないか見張っていて欲しいんだ」
「俺が、ですか?」
「もちろんだ」
刹那の言いたいことは分かる。きっと好戦的な性格をしている佐慈のことだから何か問題があるたびに力で片付けようとするだろう。
しかし生徒会が力で物事を解決しようとするのは良くない。
そして佐慈にそれをさせないためにも見張りが欲しいのだろう。
だが、何で俺なんだ?
こっちに残る生徒会役員はまだいるのだからそっちに頼めばいいのに。
「神谷さんじゃダメなんですか?」
「ああ、ダメだ。神谷は佐慈との相性が悪い。というよりあいつ自身が流されやすく頼み事を断れない性格をしているからな。佐慈に反発するなんて出来ないだろう」
まあ神谷さんなら有り得るか……。
「なら千葉利さんは……ってあの人は会長のプロテクショナーでしたね。会長についていくんですか?」
「いや、エマは来ないよ」
「? 珍しいですね、プロテクショナーなのに」
「エマは、というより千葉利家は少々特別なのだよ。あの一族は己が君主と認めた方にのみ仕える特殊な家系でね、エマが私を守護するのは学校内限定。それに彼女はさらなる君主を見つければ私のプロテクショナーなど辞めてそちら側に行くさ」
つまりプロテクショナーという肩書きは持っているが本質は日雇いのボディーガードみたいなものか。
プロテクショナーにも色んな種類があるんだな。
「まあそういうことだ。頼んだぞ」
「頼まれるだけですよ。決して生徒会に入るわけじゃありませんから」
「バレていたか。本当はそれが狙いだったのだが」
刹那は苦笑すると「では行ってくる」と言い残してバスへと乗り込んだ。
「なあ、俺ってそんなに信用ねぇか?」
「自分の胸に聞いてみたらどうですか?」
散々悪口を聞かされた佐慈は、1人納得のいかない表情を浮かべてバスを見送るのだった。
ΞΞΞΞΞΞΞΞΞΞΞΞΞ
「新聞部の突撃インタビュー!」
昼休み。さて昼飯でも食べにいこうかなと思っていた薫のもとに、「デレッデーッ!!」と効果音を自分でつけながら1人の少女があらわれた。
「何してんすか、先輩…?」
「何って新聞部の突撃インタビューに決まってるじゃないか、後輩」
汀だった。
その後ろには眼鏡をかけたおさげの少女とカメラを持った男子生徒までいた。
「新聞部……だったんですね」
「私は何でもやるのです。だって私、人気あるでしょう? 1つの部活に入るとそこに人が集まりすぎちゃって不公平になるのよねぇ。人気がありすぎるのも困った話だわ」
だから自分で人気があるとか言わないで欲しいのだが、この人には何を言っても無駄そうなのであえて口には出さなかった。
「それではインタビューを始めたいと思うんだけど準備はいいかな?」
「良くありません。今から昼ごはんを食べに行こうかなと」
「さあ、準備が出来たそうなのでさっそく始めたいと思います」
「いや、だから人の話を聞けよ! あれか、先輩はバカなんですか!?」
「あ、これ新聞部からの差し入れ。ありがたくもらいたまえ」
ダメだ。この人には何を言っても通用しない。
薫は半ば諦めながら差し入れのお茶を受け取ると口に含み、
「いきなりだけど副会長の三呉さんとは付き合ってるの?」
「ブフーッ!!」
そして吹き出した。
「もーう、汚いなぁ」
「ゲホゲホッ。い、いきなり何を聞いてくれてんですか先輩は!?」
「だから今の私は新聞部なんだからそれぐらい質問するわよ。それに結構噂になってるわよ、薫君と三呉さん」
「どっからそんな噂が……」
そこで薫は言葉を切った。
聞かなくても分かる。きっと今朝の見送りのせいだろう。
まったく……どうして人間というのはこうも噂話が好きなんだろうか。
「で、結局どうなの?」
「どうもこうもただの先輩と後輩ですよ。どうやったら出会って1ヶ月で交際に発展するんですか」
「今の時代ならそんなこと普通でしょ。ほら、私と薫君が出会ったその日に付き合ったみたいに」
「そんなウソをつくんじゃない」
「まあでも薫君が三呉さんと付き合ってたらショックだったから良かったよ。あんなロリスタイルのどこがいいのかしら。あ、今の削除しといてね」
汀の後ろで一生懸命にメモをとっていた女子生徒は「了解」と頷くと、ビーっとメモ帳に横線を引いた。
この人は逐一メモ帳にメモをとるつもりなのだろうか。
大変な仕事を任されたものだ。
「では次の質問です。薫君と東雲 詩織の関係は?」
「何でも知ってるんですね。もう驚きませんよ」
「そんなことはどうでもいいの。で、関係は?」
「詩織とはただの幼なじ……」
幼馴染みですよ。と言い終わる前に薫は言葉を失った。
理由は簡単。教室の入り口から事の行方を見守る詩織を見つけたからだ。
「薫ちゃん……」
ぐっ…やめろ。俺をそんな目で見るな。幼馴染みだと言えなくなるだろう。
「薫君?」
「え、あ、いや。何ですか?」
「何ですかじゃなくて、東雲 詩織との関係を答えてよ。っていうか答えなさい」
「そ、そうでしたね。俺と詩織の関係ですか……それはですね……」
どうする俺…。
どうすればいいんだ俺ッ!?
「さあ! 答えて!」
「そ、それは!」
シーンと静まり返る教室に、焦った薫の声が響きわたる。
奇しくもこの時が、薫にとって生涯で最も苦戦する場面になるのだった。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
「薫ちゃん」
「……はい」
「私が何を言いたいのか分かるよね?」
「……いえ、さっぱり」
「薫ちゃん!」
「すいません。分かります」
放課後、というより夜。
薫は自室にて鬼のように怒っている詩織の目の前で正座させられていた。
理由はもちろん詩織との関係をなんと答えたかである。
「ま! さ! か! 薫ちゃんが友達以上恋人未満て答えるなんて思ってなかったよ」
そう、薫は汀に友達以上恋人未満という当たり障りのない返答をしたのだ。
実際薫と詩織は付き合っているわけではないのだからあれで間違いはないと思うのだった。
「薫ちゃんなら俺の嫁って言ってくれると思ってたのに」
しかし詩織の頭の中はすでに薫の想像を超越していた。
「あの、詩織さんは何を言ってるんでしょうか? いつ俺たちがそんな関係に……」
「う、うるさい! そういうことになってるの! 私の中では!」
迷惑な話だ。
あ、いや迷惑ではない。困った話だ。
「はぁ…信じてたのにぃ」
「ご、ごめんなさい。でもあれだ、友達以上恋人未満もなかなか魅力的だと思うぞ。ほら……な?」
「だからうるさい! この鈍感! 女」「それ以上は勘弁して……」
っていうか何でこんなに怒られてるんだろう……俺は。
なんか逆にイライラしてきた……。
「よし!」
薫は声を上げると勢い良く立ち上がり、詩織を見つめた。
「な、なに薫ちゃん?」
少し怯える詩織の肩をガシッと掴み、薫は言った。
「俺、出てく」
「ふぇ?」
「何で詩織が怒ってるのか分かんない。だから分かるまで外で頭を冷やしてくる」
「い、いいよ!そこまでしなくて!」
「俺が良くない。もしかしたら今日は帰らないかもしれないから先に寝といていいよ」
「ちょっ! 薫ちゃん!!」
「じゃ、行ってきます」
薫はさっさと上着を手に取り、気が変わる前にと足早に部屋を出た。
「なぁに逃げてんだよ……俺」
そして小さく自虐的に呟くのだった。
「それで私の部屋に来るかしら、普通?」
「悪いな。頼れるのがお前しかいなかったんだ」
場所は変わり、桐埜の部屋。
そこに薫はやって来た。
最初は結城の部屋にでも行こうかと思い、部屋の前まで行ったのだが、中から歩夢の声が聞こえたので止めた。
となるとあとは桐埜ぐらいしか思い浮かばなかったのである。
一応、佐慈の部屋に行くという考えもあったのだが部屋の場所も知らないし、佐慈は口が軽そうなので却下になったのだ。
「それにしても薫と詩織って意外と上手くいってないのね。もう少し仲良くやってるのかと思ってたわ」
「んー、ここに入学する前はそんなことなかったんだけど、最近になってあいつの要求がエスカレートしてるんだよなぁ。無理難題ばっかり押し付けてくるし」
「まあ薫の周りが最近慌ただしいからね。仕方がないんじゃない? はい、紅茶。飲めるかしら?」
桐埜はキッチンから持ってきた紅茶を薫に渡し、向かい側に腰かけた。
「ありがとう。確かに最近は忙しいよな。あ、あれか。あいつは構ってもらえなくていじけてるのか?」
「半分正解で半分間違い。薫ってよく女の子から声かけられるでしょ?」
「そうか? そんなことないけど」
「あるわよ。副会長とか三渚さんとか」
「あの人たちは特別だろ。楓さんは生徒会で三渚先輩は今日新聞部として取材を受けただけ」
「ふぅん。そんな人に薫は抱き締められるんだぁ」
「んなっ!?」
なんでそれを桐埜が知ってんだ?
まさか昨日見てたのか!?
「違うわ。噂話よ。でも今のリアクションから察するに真実のようね」
「噂話って……まさか詩織も」
「知ってるわ。当たり前でしょ? あの子が薫の噂を知らないはずないわ」
それはそれで恐ろしいものを感じるのだが、詩織のことだからあながち間違いではないだろう。
「だとしたら…」
「不安になったんでしょうね。薫は誰かの物になっちゃうんじゃないかってね」
「俺は物じゃない」
「あら、意外と細かいことを気にするのね。意外だわ」
桐埜は肩をすくめながら自分でいれた紅茶を口に運ぶ。薫もそれにつられて紅茶を飲んだ。
「ん? この紅茶……」
「あなたの好きな紅茶よ。詩織に貰ったの。薫ちゃんが遊びに来たら出してあげてってね」
「あいつは……」
「ねぇ薫。あなたもうちょっと素直になってもいいんじゃない? 詩織が可哀想よ」
「素直に? バカ言うなよ。俺はいつだって素直だ。最後の一歩が踏み出せないのはあいつのせいだ」
薫は残りの紅茶を一気に飲み干し、早口に言った。
「それってどういう意味かしら?」
「それは、あいつに直接聞くんだな。じゃあごちそうさま。とりあえずあいつと仲直りでもしてくるよ。このままじゃキリノも心配したまんまだろうし」
「私は別に詩織を心配してるわけじゃ…」
「そういうことにしといてやるよ。じゃあな、また明日学校で会おう」
桐埜は薫の姿を見送りしばらくボーッと座り込んでいたが、おもむろに立ち上がると片付けを始めた。
「なんで恋敵の応援みたいなことしてるのかしら。らしくないわね、私……」
「本当にやるんですか? 相手はあの秋津 薫ですよ?」
「当たり前じゃない。こういうのは大物にやってこそ効果があるのよ。それにその秋津 薫とはいえ3人を相手にして勝てるわけないでしょ」
月明かりも届かない雑木林の中。
そこに3つの影が怪しく蠢いていた。
3人とも同じようなピエロの仮面をつけている。そう、ネイチャーズだ。
「しかも今日で秋津 薫を戦線から離脱させることができれば明日はかなり余裕がうまれるわ。こんなチャンス、見過ごすことなんてできやしないもの」
3人の視線の先には1人で出歩いている薫がいた。
「夜襲なんて私の趣味じゃないけどそれが一番有効だもの。ね、副会長?」
「今はリーダーと呼びなさい、Q―1」
副会長と呼ばれた小さな体躯をした少女と思われる人物は、凛としたよく通る声で言った。
「こちらが3人とはいえ油断はダメよ。あなたたちは彼の実力を知らない」
「やだなぁリーダー。薫の力なら歓迎会の模擬戦で見てますよ」
だけどリーダーは首を横に振った。
「彼は模擬戦で本気を出していないわ。戦ってみたら嫌でも知ることになると思う。とりあえず行くわよ。Q―1、L―2」
「はい!」
「仕方ないなぁ」
2人はバラバラの返事をしながらも、ほぼ同時に飛び出した。
「「「水式の一三、ウォーターライフル」」」
そして3人は左右に散開し同時に魔法を繰り出す。
1人でも10に及ぶ水の弾丸を3人同時に放ったのだ。
それを防ぐのは至難の技。
だが薫は特に慌てた様子もなく、難なく多重守護障壁によってガードした。
「今の奇襲を防いだ!? なんて展開速度なの!?」
「何か気配がすると思ったらネイチャーズか……なんでこんなタイミングに。空気を読めよ、バカヤロー!!」
薫はそう言うなりL―2に急迫すると、その腹に拳を打ち込んだ。
「ぐっ……!」
こんな重い一撃をあの華奢な腕から繰り出せるなんて…やはり彼は普通じゃない。
L―2はその重い一撃をなんとか踏ん張りきると、薫と距離をとった。
やはり接近戦はあちらに分がある。そう判断したからだ。
「今の一撃を耐えた……手練れか!!」
「Q―1、Lー2の援護を。私は隙を狙って攻撃します」
リーダーは2人に素早く指示を出しながら法式を展開する。
全てを包み込む幻惑のベールを。
「水式の二四、ファンタジーベール!!」
発動と同時に薄い水の膜がリーダーを包み込み、その姿を隠す。
「消えた!? いや隠したのか!?」
「余所見をしてる暇は……ないわよ!!」
リーダーが消えたことに唖然としていた薫の横から、Q―1がウォーターライフルを放つ。
薫はそれを守護障壁で防ぐと、Q―1に接近する。
だが今度はL―2のウォーターライフルによって足を止められ、攻撃するには至らなかった。
「全員水式か……となると守護領域は役に立たない…」
守護領域は周囲に固定の魔力を散布することによって魔法の使用を制限させる魔法だ。
だが魔力特性が伝達の水式魔法は、固定の魔力すら伝達することができる。
さすがに威力は削がれるが、それでも他の魔法よりも優位なのは確かだ。
それが3人もいるとなれば守護領域は使わない方がいいだろう。
「壁式の二二、多重守護障壁ッ!!」
薫は再び撃ち込まれるウォーターライフルを結晶化させた固定の魔力によって防いだ。
結晶化させた魔力を伝達することなど、いかに水式魔法とはいえ不可能なのだ。
「圧倒します。Q―1は援護を!」
「はいはい、分かってますよ」
Q―1はどこか気の抜けた返事をしながらも、ピタリとL―2の援護に入った。
「水式の一三、ウォーターライフル」
「またか! 守護障壁!」
薫は水の弾丸を守護障壁で防ぎきると、冷静に現状を分析し始めた。
あのQ―1とかいうやつ、ウォーターライフルしか使ってこない。
いくら水式魔法が支援に特化しているとはいえ、ウォーターライフルしか使わないのはおかしすぎる。
「まさか…そこまで魔法が得意じゃないのか? だとすれば…」
狙うのはあいつからだ!
薫は敵の攻撃を避け、一気にQ―1に接近する。
「私!? 勘弁してよ!」
Q―1はウォーターライフルを放ち、薫の接近を許そうとしなかった。
だが薫はすでにウォーターライフルの弾道を見切っていた。かわすことなど雑作もないこと。
「もらった!」
Q―1の懐に潜り込んだ薫は、あらんかぎりの力を込めてその拳を振るった。
「やらせない! 水式の一九、突水貫!」
「何ッ!?」
その背後からL―2が魔法を放つ。
一撃の破壊力を凝縮させた水の塊が薫の背後から迫り、その背中を抉る―――はずだった。
だが突水貫が放たれたそのとき、薫の姿が消えた。
L―2にはそう見えた。
「きゃあッ!?」
薫に当てるはずだった突水貫はそのまま直進し、Q―1の腹に命中する。
「Q―1ッ!!」
「余所見をしてる暇は……ないんじゃないのか!?」
「しま……ッ!?」
L―2の背後へと回り込んだ薫は勢い良く拳をふり、その体を吹き飛ばした。
さらに地面へと倒れこんだL―2に馬乗りになると拳を振り上げる。
「これで、終わりだ!!」
「あなたがね!!」
いきなり背後から声が聞こえた薫は、L―2の眼前まで振り下ろされた拳をピタリととめた。
慌てて振り返るとリーダーがファンタジーベールを解き、新たな魔法を展開していた。
「水式の三五、ウォタラスパイラルッ!!」
人を象った水の塊は、空気中を泳ぐかように優雅に接近してくる。
「ナイトフレイムみたいなやつか……」
もしそうだとするなら相手は痛みなど感じない存在。炎と違い熱はないが、形を持たない水に接近戦は危険だ。
「壁式の二七、守護領域」
薫は即座に守護領域を展開し、ウォタラスパイラルの接近に備えた。
「壁式の二二、多重守護障壁ッ!」
同時に、ウォタラスパイラルの接近を阻む壁を出現させる。
「でも敵は1人じゃない!」
その背後から今度は体勢を立て直したL―2がウォーターライフルを放ってくる。
ウォタラスパイラルに気をとられ、完璧にL―2の存在を忘れていた薫は、もろに水の弾丸を浴びた。
だが肉体を鍛え上げた薫を、十番台前半の魔法で気絶させることは不可能だ。
「ぐっ……守護領域を突破してきた!? なんて魔力の圧縮率だ…」
さらに余所見をしていた薫の隙をついて、ウォタラスパイラルが多重守護障壁との衝突を華麗に回避しながら接近してくる。
……やられる!?
薫が数秒先の姿を想像し、思わず唾を飲み込んだそのとき、右手に白い光が集まった。
それは薫の意思で行ったことではなく、無意識のうちに自衛本能がとった行動だった。
「こんなところで………くそったれがぁぁぁ!!」
薫は手に現れた白い剣を振り、ウォタラスパイラルを切り裂いた。
そのまま止まることなく背後のL―2に接近する。
L―2は接近する薫に向かってウォーターライフルを放つが、眼前に構えた白い剣から発せられる固定の魔力によって霧散していく。
「魔法が消された!? なんで!?」
「距離をとるのよ、L―2!!」
リーダーは慌てて叫んだが、すでに薫はL―2の懐に潜り込んでいる。
だがL―2も諦めてはいない。
即座にウォーターライフルの法式を展開し、薫を迎撃する。
しかし薫はウォーターライフルを軽々と回避し、剣を構えた。
「ここは…」
「くっ!」
「俺の間合いだッ!!」
文字通り、横一線。
薫はL―2に向かって刃を振るった。
「まだよ!」
と同時にリーダーの声が聞こえ、薫とL―2の間にウォタラスパイラルが割って入った。
そして薫の斬撃を受け止める。
「水が刃を受け止めた!? こいつ、硬化もできるのか!?」
「水式の一九、突水貫ッ!」
「魔法の二重発動まで!?」
薫は急いで突水貫をかわし、体勢を立て直す
目標を逃した突水貫はそのまま樹に直撃し、幹を抉り薙ぎ倒した。
「L―2、こっちに来なさい。ウォタラスパイラルで圧倒します」
「了解!」
リーダーはL―2がウォタラスパイラルの攻撃範囲から逸れたことを確認し、行動を開始する。
「あの魔法…魔力が切れるまで活動できるのか?」
薫は何やら法式を展開し始めたリーダーを横目で確認しながら、ウォタラスパイラルと対峙した。
「中から崩すか……それとも」
クリスタルフィールドを使うか……。
いや、あれはダメだ。クリスタルフィールドはまだ俺にもコントロールしきれていない。
頼りになるのはこのクリスタルソードかクリスタルだけだ。
「水式の一三、ウォーターライフル!」
「後ろだと!?」
薫は攻撃を確認せずに慌てて回避行動に入る。
刹那、先程まで薫が立っていた場所を水の弾丸が貫いた。
「L―2、あんた後で殺す」
「Q―1!起きたんですね!」
いつの間にかL―2の突水貫によって気絶していたはずのQ―1が目覚めていた。
時間をかけすぎたか……しくじったな。
「L―2、Q―1。ウォタラスパイラルの邪魔をしないように2人で援護を」
リーダーの指示がとび、2人同時に法式を展開していく。
「水式の一三、ウォーターライフル!」
Q―1が先手を切って魔法を放つ。
薫が移動できないように周囲に散らしながらも、本体も狙った攻撃。
魔法の扱いが上手い。
薫は素直に感心しながらも守護障壁でガードする。
「水式の一九、突水貫!」
Q―1の魔法によって完璧に足が止まった薫に向けて、今度はL―2が魔法を放った。
貫通力が増しているこの魔法は守護障壁では防げない。
薫は直感的に悟ると、守護領域を多重守護障壁へと切り替えた。
展開された多重守護障壁は突水貫にむかって綺麗に1列に並べられる。
最初の数枚を軽々と突き抜けた突水貫ではあったが、次第に威力も弱まり、7枚目を突き抜けたところで霧散した。
「でも、終わりじゃない!!」
その背後にいつの間にかウォタラスパイラルが回り込んでいた。
ウォタラスパイラルは巨大な水球を作り出し、その中に薫を閉じ込める。
薫は水球から逃げ出そうと必死に暴れたが、相手は形をもたない水。逃れられるわけがなかった。
このままじゃ……!
やられる。と思った薫はとっさに吸収の魔力を解放した。
同時に灼熱の炎が吹き出し、水球を蒸発させていく
「吸収の魔力で魔法に対抗しているの!? そんな……ありえない!!」
バカな! そんなことありえるものか!!
L―2は目の前で起こっている出来事に激昂した。
魔法は魔力の力を何倍にも高めて外界へ放出する術なのだ。
いくらウォタラスパイラルの魔力濃度が薄くなっているとはいえ、魔力で魔法に歯向かおうなど!!
「L―2! 前に出過ぎよ!!」
「え?」
いつの間にか、L―2は本当に無意識のうちに薫へと近づいていた。
何がそうさせたのかなんて分からない。
知らないうちにそうなっていたのだ。
「下がって、L―2!!」
「はっ! もうおせぇよ!!」
パンッ。という風船が弾けるような軽い破裂音が鳴り響くと同時に、水球は消し飛び、薫が動き出していた。
L―2はなおも呆然としたままその光景を見つめていた。
「もらったぁぁぁぁ!!」
「L―2ッ!!」
白い剣を降り下ろす薫。
それを見つめて動かないL―2。
その間に割って入ったリーダー。
リーダーはL―2を抱き抱えるように跳んだ。その背中ギリギリのところを薫の剣が掠めていく。
リーダーとL―2は、そのまま2人仲良く地面を転がった。
薫は急いで地面に倒れ込む2人に近づき、その刃を振り上げた。
「2人まとめて……」
そしてピタリと固まった。
「な、なんで……」
地面と衝突したせいだろう。
2人ともピエロの仮面が剥がれ落ち、その姿を月明かりの下に晒していた。
「なんで北川と楓さんがその仮面をつけてんだよッ!!」
月光を受けて煌めく歩夢と楓の顔を。




