第一章〜壁 vs 風〜
この作品はフィクションです。
《さあ、間もなく始まります、歓迎会伝統と言っても過言ではない新入生と生徒会による模擬戦。だが今回はかなり異例の事態となりました。なんと! 生徒会代表が会長自らつとめることになったのです》
全校生徒が詰め込まれた闘技場のスピーカーから放送部の生徒の声が響き渡る。
この闘技場の横で仮面をつけた佐滋と戦ったのはほんの数日前なのだが、今の薫には一週間以上前の事のように感じられた。
《そしてなんとなんと! 新入生代表は例年通りの最優秀魔法使いではなく、会長のご指名によってE組の生徒が選ばれたのです! その名を、秋津 薫ぅー!!》
「始まっちゃったね、薫ちゃん。もう逃げられないよ」
生徒たちの「噂のあいつか!」と騒ぎ立てる声が聞こえる控え室で薫は精神を統一していた。
恐れはない。ただ、やるだけだ。
「逃げないよ。自分のためにも、もちろん詩織のためにもね」
「薫ちゃん……」
「いいムードのところ邪魔して悪いんだけど、そろそろ時間よ」
「ああ、悪いなキリノ。じゃあ行こうか」
《それでは代表選手の入場です! まずは四院家一の字、一色家次期当主にして生徒会長、一色 刹那ぁ!!》
実況の後に聞こえる生徒たちの「わぁーッ!!」と沸き立つ声に薫は身震いした。
今の歓声を聞くだけで刹那が名実共に生徒たちの憧れであることがヒシヒシと伝わってきたからだ。
やはり怖いな。いや、恐れ多い。
日本で一番力を持つ魔法使いの一族、一色家の次期当主と戦うのに恐怖がないわけがなかった。
「薫、あなた震えてるわよ」
「武者震いだ。気にするな」
薫は精一杯の強がりを言ったつもりだったが声が微かに震えていた。
今ので本心を悟られなきゃいいけど。
《対する新入生代表は最優秀魔法使いとはほど遠いE組の生徒、秋津 薫ッ!!》
「よし! 行くか!!」
薫は自分にも気合いを入れるため精一杯の声を出した。
俺には会長のようなに人の歓声を集めるような名もないし実力も認められてない。
でも信じてくれているやつらがいる。
それだけで十分だ。
薫は控え室からグラウンドへと続く階段を上りながら感謝した。
詩織に桐埜に、結城と歩夢にも。
こいつらのためにも無様な戦いはできない。
「来たか……」
先にグラウンドに入場していた刹那は薫の姿を視認してニヤリ笑った。
今日を迎えるまでの3日間、あまりの興奮に夜も眠れない日が続いた。
刹那が今日この時をどれだけ楽しみにしていたかなど、誰も分からないし知ることなどできないだろう。
「逃げなかったのだな」
「会長こそ」
2人は互いに皮肉を言い合い笑った。
詩織たちは薫のセコンドとして後ろに立っている。刹那のセコンドはもちろん生徒会のメンバーだ。
《互いの紹介もすんだところで勝負に入りたいと思います。では、位置について……》
始めッ!!の合図を待たずして刹那は動き出していた。
「風式の二二、風神蹂躙ッ!!」
刹那の魔力が煌めき、いくつもの風の刃が造り上げられ薫に向かって飛来する。
「いきなりかよッ!!」
薫は急いで守護障壁を発動し風の刃から身を守った。
いきなりの二十番台魔法……会長はそれだけ本気ってことか。
「ほう。いくら手加減してあるとはいえ守護障壁ごときで風神蹂躙を防ぐとは…しかも杖無しか。なかなかやるじゃないか」
「そりゃどうも!」
言葉と同時に駆け出し刹那に急迫する。
もちろん肉弾戦に持ち込むためだ。
だが刹那はその考えを見破ると、風神蹂躙を放ち薫の接近を受け付けなかった。
「どうした!?あれは使わないのか!?」
「誰がッ! あんたなんかに!!」
一瞬の攻防。そのハイレベルな展開に生徒たちは言葉を失っていた。
《おおっ! いきなりハイレベルなバトルが始まってしまったぁ!! 会長の二十番台魔法にも驚いたがそれをあっさり防いだ秋津にも驚きだぁ!!》
ようやく我に返った実況が慌てて仕事を再開する。
《どうやら秋津は壁式使いのようですが、これでは勝ち目はないと思われます。どうでしょう、西条先生》
《秋津なら大丈夫だろう。なんせあいつは空間凍結も使えるからな》
《な、なんと!! どうやら秋津はかなりの壁式使いみたいだ!》
バラしやがったなあの教師……。守護領域は使わないつもりだったのによ。
「どうした、キレがないぞ!」
「今日はあの日なんだよ!!」
《それはいったいなんの日だぁ!?》と騒ぎ立てる実況を無視して薫は飛来する風の刃をかわした。
そしてそのまま刹那に接近を試みる。
だがそのとき、薫の体が切り刻まれた。
「ぐぁ……ッ!?」
いったい…何が起こったんだ!?
「風式の一七、風刃だ。風神蹂躙とは違い風の刃をその場で停止させることで、接近する敵を切り刻むトラップ魔法だよ」
「……説明ご苦労様です」
そういえば詩織と戦ったときにも一度だけ見たことがあったな。その存在を失念してたとは俺らしくないな。
「元気がないな、秋津」
「だからあの日なんだってば……」
どれだけ強がりを言っても実際薫の調子は万全ではなかった。
体調が悪いわけではない。ただ単に体にいつものキレを感じられなかった。
何かがおかしい……。
薫の直感がそう感じ取っていた。
「おもしろくないな……君がその程度だったとは。佐慈も落ちたものだ」
「おい! 聞こえてんだよ!!」
佐慈が声をあらげて文句をいったそのとき、薫を頭痛が襲った。
「ぐっ……があぁ!!」
この痛み、この感じ……まさか!
「さあ、ケリをつけよう。秋津 薫」
「自分に有利な状況でも、干渉は使うんですね」
「ふっ……勝つためだ。油断は足元をすくわれるからな」
シニカルに微笑む刹那だったが、薫は対照的な笑みを浮かべていた。
疲れたような、どこか悲壮感の漂う笑みを。
「風式の二二、風神蹂躙ッ!」
「壁式の一三、守護障壁ッ!」
迎えくる風の刃を自分に当たりそうなものだけを見極め守護障壁によって防ぐ。
―――はずだった。
だが先ほど防げたはずの攻撃が守護障壁を軽々しくぶち破り薫に直撃した。
「ぐっ……なッ!!」
「言ったはずだ、さっきのは手加減していたとッ!!」
再び放たれる風神蹂躙。
守護障壁では防げないと判断した薫は急いでその場から回避する。
だが回避した先には風刃が待ち構えており、薫の体を再び切り刻んだ。
完璧に読まれている……遊ばれているのか……俺は……ッ!?
「ふざ…けるなッ!!」
守護領域をッ!
薫の周辺を白い光の粒子が埋めつくし幻想的な雰囲気を醸し出す。
「いつ見ても壮観だ。だが、私はこのときを待っていた!!」
今まで薫と距離をとり、長距離魔法で接近を許さなかったはずの刹那が、自ら薫に接近してきた。
明らかに虚を突かれた薫はその行為に反応できずに懐への侵入を許してしまう。
「もらったぞ、秋津!!」
懐へと潜り込んだ刹那の右手に粒子の奔流が煌めき風を巻き起こす。
守護領域では魔法を使えないと一般的には思われがちだが実際は違う。薫の魔力圧縮率と消費量を上回れば魔法を使うことも可能なのだ。
刹那の魔力圧縮率は薫と同程度。あとは魔力の消費量を極端に増やせばいいだけだった。
「風式の二七、パイルトルネードッ!!」
刹那のマポレツールから強力な竜巻が吹き付け、薫の胸を抉った。
荒れ狂う風は地を抉り、服を裂き、肌を切っていく。さらにその体を軽々と吹き飛ばしす。
そして訪れる静寂。
薫は地面を打ち転がりようやくその活動を停止させた。
《な、なんということでしょう…。秋津の空間凍結魔法が発動した一瞬にして、会長がその懐に飛び込みパイルトルネードによって吹き飛ばしてしまいました。まさしく電光石火、その早業は誰にも真似できないでしょう。これで勝負は決まったか!?》
静まり返る闘技場に実況の声だけが響き渡る。淡々と、だがどこか抑揚が強く。
「終わりか、秋津?」
刹那は地面に横たわりピクリとも動かない薫に向かって声をかけた。
まだ魔力の干渉は解いてない。油断もしてない。
魔法の二重発動ができる刹那は、いつでも魔法を使えるようにギリギリまで法式を展開しつつ薫に近づいた。
そのときだった。
「………………だよ」
「何?」
地面に横たわりピクリとも動かなかった薫から声が聞こえた。
《なんとなんと!! 秋津はまだ気絶していなかったァ!!なんという精神力!それに耐久力があるのでしょうか!!》
これには実況も驚いた声をあげ、薫を称賛した。
一方の薫はゆっくりと起き上がり、刹那をキッと睨んだ。
だが満身創痍だ。
体はボロボロに傷付き、口の端からは血が流れていた。
しかし目が死んでない。
その目には獲物を睨み付ける獣のような強い光が宿っていた。
「ふっ、それでこそ私の相手をつとめる価値があるというものだ!!」
刹那は追い討ちをかけるように風神蹂躙を放った。
荒れ狂う風の刃。
薫の体をまたしても切り刻むかと思われたそれは、薫の周囲に現れた多数の守護障壁によって阻まれる。
「これは……!!」
《多重守護障壁だァ!! ここに来て秋津がさらなる力を見せてきたぞ!!》
刹那は思わず薫と距離をとり、その出方を伺った。
「…………………だよ」
再び薫の声が聞こえる。
低く、暗い声が。
そのドス黒い声に刹那は思わず震えた。
「頭にぃ…響くんだよ……喚いて叫んでぇ……干渉してばかりでぇぇぇぇぇえ!!」
不意に薫の姿が消えた。
「ど、どこに!?」
「らぁッ!!」
後ろ―――!?
気づいた時にはすでに手遅れで、刹那の体は勢いよくぶっ飛ぶ。
「くっ……何が!?」
状況が理解できずに狼狽する刹那。
この状況はいけないと、冷静さを取り戻そうとする刹那だったが、また背後からの攻撃を体で受けてしまう。
「ぐぁ!?」
だがなんとか踏ん張り、ようやく薫の姿を捉えることができた。
不気味なほど妖しく微笑む、薫の姿を。
「くっ……風式の二二、風神蹂躙!!」
近寄らせてはいけない。
刹那は慌てて魔法を放った。
だが十の風の刃は全てが多重守護障壁によって突き進めずに霧散していく。
「数に頼るだけでぇ……俺に勝てるわけねぇぇぇぇだろぉぉぉぉッ!!」
薫は雄叫びをあげると再び刹那に攻撃をしかける。
もちろん肉体による接近戦だ。
「くそッ!!」
さっきまでとは攻守が逆転し、今度は接近が防戦一方を強いられていた。
《あの会長が押されている!? これはいったいどういうことだぁ!?》
実況にもさらに熱がこもり、闘技場の声援もヒートアップしていく。
「会長敗けないでぇー!!」やら「やったれ1年坊主!!」など様々ではあったが、2人の戦いが生徒を魅了してやまないのは事実であった。
そんな中でただ一人、詩織だけが心配そうに薫を見つめていた。
「何がそんなに心配なの、詩織?」
「うそ、私そんな顔してた?」
「ええ、してたわ。明日世界が滅びるんじゃないかってぐらいにはね」
「うぅ……気を付けます」
詩織は口を尖らせて、どこか拗ねたように謝った。
そんな詩織に結城は聞いた。
「で、何が心配なんだ?何か不安になるようなことがあんだろ?」
「そ、そんなことないけど……」
「けど、なんだ?今のやっこさんは俺から見ても絶好調だ。魔力の圧縮率も悪くなさそうだし、体のキレも悪くない。ただハイになりすぎてる感じはするけどな」
そのとき詩織の表情が曇ったのを桐埜は見逃さなかった。
そして推理する。
なぜハイになることが心配する原因になるのかと。
「まさか……マジックハッピー!?」
マジックハッピー。
現代魔法が誕生して以来、必ずつきまとう七不思議の1つである。
「マジックハッピー? それってあれだろ、トリガーハッピーと似たようなやつだよな?」
「そうよ。魔法を使うことで快楽を覚える中毒症状の一種。まさか薫はそれにかかっているの?」
桐埜の問いに詩織は苦味を噛み潰したような表情をしながら頷いた。
「薫ちゃんはね、昔はもっと男の子っぽいっていうか、それこそ好戦的な性格だったの。今の四階君みたいにね。だけどある日魔法の使いすぎでマジックハッピーの症状が進んじゃって大怪我をさせちゃったことがあるの。それから魔法はあまり使わないようになった。人を傷付けないために」
「そのときの状態と今の状態が似ていると、そういうことか」
詩織は再び頷いた。
「だがらやっこさんはあまり戦いをしたくないわけか。あ、だから肉弾戦も強いわけだ」
肉弾戦で敵を圧倒できれば魔法は使わずにすむ。これは薫の考えた1つの解決策だったのだ。
「大丈夫よ、詩織。薫を信じましょう」
桐埜は優しい口調で言ったが詩織は頷かなかった。
まだ薫のことを信用しきれていなかったから。




