第一章〜模擬戦目前〜
「あ、秋津君! もう体は大丈夫なの?」
次の日。薫がいつも通り詩織と登校し、教室に入ると、歩夢が真っ先に声をかけてきた。
その横には結城もいる。
昨晩。結局、あの後意識を失った薫は結城に背負われて自室へと戻り、一晩中詩織の介護をうけたことによって見事に回復した。
あれ以来というにはまだ早すぎるが、他者からの干渉は受けていない。
安心するには早すぎるが、薫はしばらく干渉はないと判断していた。確信はない。ただ直感がそう言っている。
妙な自信が薫にはあった。
「ねぇ、昨日のあれって結局なんだったの?」
「あれは北川と四階の思ってる通り魔力の干渉を受けただけだ。それ以外に何もないよ」
魔力の干渉。
それは空気中に浮遊している魔力子に対して力を発揮する魔法みたいなものだ。
魔力子とは呼吸によって体内へと取り込まれ圧縮されることにより特性を持った魔力へとその姿をかえる魔力の源のことだ。
他にも魔法使いが魔法を使うことによってその特性にかわるという特異な性質を持った物質でもある。
例えば、薫が炎式の短距離魔法である炎弾を使ったとしよう。
魔法使いは体内に蓄積された魔力のみを消費してその魔法を発動する。その後外界で発動された魔法は空気中の魔力子を己の特性へと変化させ、力として取り込んでいる。
だがそれは魔力子を吸収の特性を持つ魔力にかえているのではなく、魔力子自体に吸収の特性を与えたに過ぎないのだ。
特性を与えられていても所詮は魔力子。
敵の魔力圧縮率と消費量が自分を上回ればその特性はあっさりと切り替わるのだ。
つまり魔力子を左右するのは魔法使いの力であるといえる。
「そんな魔力子をもし中立化させることができるなら」
そう考えた魔法使いがこの日本にいた。
それこそ《I.Ma.Geドライヴ》の産みの親である神保 椥辻その人である。
神保 椥辻は魔力に特殊な周波を持たせる方法を編みだし、その周波によって魔力子が特性の影響を受けないことを発見したのだ。
これが魔力の干渉である。
だが魔力の干渉をするにはそれこそ魔法を発動するのと同様に、魔法回路を使用しなければならない。
魔法回路を使用するということは魔法が使えなくなってしまうということになる。
魔法回路を2つ持っている者には何ら問題ないかもしれないが、それでも魔力の干渉は敵味方関係なく作用してしまう欠点があった。
さらに吸収によって威力を増す炎式。
振動によって切り刻む風式。
拡散によって感電させる雷式。
収束によって形をなす氷式。
伝達によって形を変える水式。
これらにとって魔力の干渉は邪魔でしかなかった。
つまり魔力の干渉は発見されたはいいが無用の長物と化してしまったのだ。
だからこそ、ここである疑問が浮かぶ。
「でも、魔力の干渉は魔力子にしか影響しないはずじゃあ……」
なぜ薫があれほどに魔力の干渉の影響を受けたのかだ。
「それは俺にも分かんないよ。四階はなんか知らないか?」
「俺が知るかよ。魔力の干渉だなんて俺には関係ねぇからな」
確かに身体能力の強化による肉弾戦を得意としている結城にとって、魔力の干渉は無意味といえる。
なんせあれは己の魔力のみを消費する魔法だ。
干渉されようと影響を受けないのだ。
「あ……いや、待てよ」
そこで薫はとある出来事を思い出した。
昔、おじさんに魔法の特訓を受けてる時に1度だけ魔力の干渉を見せてもらったことがある。
その時にも今回と比べればほんの些細なものだが魔力の干渉によって頭痛がした。
そしてあれは脱線事故の前の出来事。
もしあの事故によって移植された心臓が魔力の干渉を受けやすい人のものだとするならば、今の俺は魔力の干渉による影響をかなり受けやすい体質になっていてもおかしくないはずだ。
「どうしたお前さん?」
急に黙りこんだ薫を心配してか結城と歩夢が不安そうな顔をしていた。
「ああ、実は……」
薫は悩むことなく2人に今の考えを話した。もちろん隠していた脱線事故のことも。
「そんな……」
話を聞いた歩夢が泣きそうな顔になり言葉を失った。
そんな歩夢に薫は優しく話しかけた。
「昔のことだから気にしてないよ。それよりも今のありえると思うか?」
「普通ならありえないと思うけど……過去の話まで聞いたらそうも言えないかな」
「だな。お前さんがもともと魔力の干渉による影響を受けてたならつじつまが合うからな」
「そうか……」
「ということはだ!」
結城はズイッと薫に近付くとニヤリ笑みを浮かべた。
「お前さんと戦うときは魔力の干渉を使えば有利になるわけだ」
「卑怯者のすることじゃねぇーか」
「いや、そうでもないぞ」
「ッ!」
知らない声が聞こえたそのとき、薫の頭が少し痛んだ。
「ほう、本当に魔力の干渉による影響を受けているのか。これはこれは……」
「……会長」
教室の入り口にはこの場に不似合いなオーラを放つ刹那が立っていた。
刹那はニヤリと薫に微笑みかけると遠慮することなく教室へと入ってくる。
「おはよう、秋津 薫」
「おはようございます、会長」
「さて、いきなりではあるが君は明日の歓迎会には参加するのか?」
「……はい」
薫の返事を聞き、刹那は満足そうに微笑んだ。
「そうか。今日はそれを聞きたかっただけなのだが面白い話を聞いてしまったな」
魔力の干渉による影響。
この異質、利用しないわけがない。
「まあ私も卑怯だとは思うが悪く思わないでくれ。勝つためならなんだってするさ。面子というものもあるからね」
侮蔑してくれても構わない。それぐらい覚悟している。
「構いません。それは俺も同じですから」
だが薫の口から出た言葉は、刹那が予想していたのとは違うものだった。
「構わない、か。あれを使う気なのか?」
「あれは使いません。使ったら面白くないでしょう?」
佐滋がいたらすぐにでも発狂して飛びかかるであろう挑発の言葉を聞き刹那は驚いた。
こいつにはいったいどれだけの自信があるのだ、と。
だがそうでなくては面白くない。
「ふっ……自信が過信ではないことを願っているよ」
刹那は決め台詞を残すと、足早に教室を去っていった。
「自信が過信ね……それは俺のセリフだろ、会長」
そして、その日はやってきた。
「薫ちゃん、準備できてる?」
歓迎会当日。
メインイベントであるはずの模擬戦が何故一番最初に執り行われるのか薫は解せなかった。
だが文句を言っても始まらないので仕方なく控え室で静かに待機していた。
「ああ、全く問題はない」
自分の横で心配そうな顔をしている詩織に優しく微笑みかける。それだけで詩織は嬉しそうに微笑んだ。
「ところで対策は練ってあるのかしら?」
「そんなものは考えてない。出たとこ勝負だな」
桐埜は「呆れたわ」と言うと肩をすくめ首を振った。
「だが実際、一色家次期当主とやるってのに何も策がないんじゃあ敗けは決まりだな。だが安心しろ、敵は俺がとってやる」
「黙ってろ戦闘中毒野郎」
「おいおい、お前さんのためにやってやるってのによ」
「大丈夫だ。むざむざ敗けてくる気なんてさらさらないよ」
「薫ちゃん……」
「5割くらいは、出してやるかな」
「それじゃ敗けちゃうよ! せめて7割は出さないと!」
薫と詩織のやりとりを聞いた桐埜と結城は顔を見合わせて苦笑した。
「5割くらいは出してやるかなってどんだけ上から目線なんだよ」
「仕方ないわよ。私に勝ったときも3割とか言う人だからね。それぐらい自信があるってことじゃないの?」
「そうかねぇ? あんたに勝ったときが3割だって言うのも本当か怪しいぜ」
「あら、私は信じてるわよ。だって薫の言うことだもの」
「へぇへぇ、ごちそうさまです」
「そういうあなたも今日は彼女さんと一緒じゃないの?」
結城は「彼女じゃねぇよ」と一蹴するも、少しばかり照れたように言った。
「歩夢なら朝会ったきりだ。どこに行ったかも分かんねぇ」
「連絡は?」
桐埜の問いに結城は首を横に振って答えた。
「まぁそのうち帰ってくるだろ。あいつもこの勝負を楽しみにしてたからな」
「ずいぶんと分かりあってるのね」
「信用してんだよ、バーカ」
控え室はこれから始まる勝負に不釣り合いな和やかな空気に包まれていた。
その控え室の扉の向こうに黒い影が揺れていることに気づく者は誰一人としていなかった。




