憩い
三題噺もどき―ななひゃくろくじゅうご。
カーテンの隙間から、小さく月の光が部屋に入り込む。
電気のついていない真っ暗な部屋に、一筋の光を刺す。
それは程よく室内を照らし、ほんの少しの明かりを灯す。
「……」
カチカチと時計の針の音が聞こえてくる。
カタカタとキーボードを叩く音が響く。
パタパタと雨の降る音が窓を叩く。
「……、」
ふと。
冷えた空気に体が震える。
動かしていた手は止まり、思わず拳を作る。
冷たくなった指先が、ほんの少しだけ温かい掌に触れる。
「……」
はた。
と、時計を見ると。
仕事を再開してから、かなり時間が経っていた。
相変わらず雨の続く日々に、仕事詰めの日々が続いている。
せっかく散歩用に歩きやすいブーツを買ったのに、履く機会がなくて困る。
「……」
仕事があることはいいことだが、こうも詰めてばかりだとさすがに疲れてくる。
ただでさえ、冬の気配が淡々と近づいて来ているのに。
先月あたりまではまだまだ暑い日が続くのだろうかと思っていたのに、アッと言う間に冷え込むようになってしまった。
「……」
寒さはあまり、得意ではない。
どれだけ着込んでも冷えることには変わりないし。
あまりいい記憶も、思いださない。
「……ふぅ」
小さく漏れた溜息に、さすがの疲れを感じながらも、手を動かす。
そろそろ休憩だと呼びに来るかもしれないが、それまでは仕事を進めさせてもらおう。
あまり詰め込むなと言われているが、頼まれた以上は仕事だしやらなくてはいけない。
「……」
そう思って。
キーボードから離していた手を、再度置こうとした矢先に。
「ご主人」
「……」
今日はなんだかいつもより早い気がするな。
もう少し後にくるものだと思っていたのだけど。
「休憩にしましょう」
そういいながら、廊下の明かりを背に部屋の戸に立っているのは、エプロンを付けた小柄な青年だ。
どこかぶっきらぼうな話し方と声の中に、若干の呆れと心配のようなものが混じっているのは気のせいだろうか。
「……あぁ」
ほんの少し喋らなかっただけで、こんなに声は出づらくなるのかと思う程に、掠れた返事が口からこぼれた。
まぁ、あまり水分を摂ってもいなかったし、乾燥する時期だからな。
色々と気を付けなければ。
「……風邪でもひきましたか」
こう言われる。
自分の体調にはとんと興味もない癖に、私のこうした不調にはすぐ気づく。
そして過度な程に心配される。ありがたいが、私もコイツもお互いいい歳なんだから、体調管理くらい自分でどうにかするのに。
「……そう言って拗らせるからですよ」
「……やかましい」
パソコンの電源を落としながら、机の上を軽く片付ける。
マグカップはいつの間にかコイツが持っていた。
「……今日は何を作ったんだ」
ちなみに昨日はショートケーキだった。
苺の時期はもう少し先だったと思うのだが、どこで手に入れたのだろうと言うくらいに美味しい苺だった。それとスポンジも甘すぎずふわふわとしていて、クリームも程よく馴染んでいてかなり美味しかった。
そのうちホントに店でも出していいのではと思うくらいには。
「……今日は焼きりんごです」
珍しくシンプルなものを作ったようだ。
それでもうますぎると思うくらいに美味しいのだから、コイツに料理の腕は敵わない。
私もそれなりに料理はしていたのだけど……とんとしなくなった。
美味しいモノを作ってくれる人が居るのだから、な。
「楽しみだ」
「……それはよかったです」
よく見れば今日はリボンの結ばれたエプロンをしていた。
ご機嫌はいいらしい。
それは何より。
楽しい休憩になる事間違いなしだな。
「……何で焼いたらこんなに化けるんだ」
「普通に、レシピ通りにしただけですよ」
「……りんご焼いただけなのに」
「そんなこと言っているうちは作れませんね」
お題:りんご・ブーツ・ショートケーキ




