第七話
やってしまった…話数逆になってました。修正して更新しました…
日曜日、15時。スタジオ。
はい、出ました。
ガチのやつじゃん、それ。
DMの返信を受け取ってからというもの、私の頭の中は完全にバグっていた。
何を着ていけばいい?
ギターはこれでいいの?
スタジオって、どう入るの?
ブースト?エフェクター?なんですかそれ?
っていうか、私……
「人と……音、出すの……初めてなんだけど?」
部屋の中で一人、言葉に出してみたけど、誰も突っ込んでくれない。
ああ、孤独。
ピグノーズの蓋を開けて、音を出してみる。
今日はうまく鳴ってくれない。
それが余計に焦りを煽ってくる。
でも。
でもさ。
「行ってみるって、言っちゃったんだよね」
もう、後には引けない。
怖いけど、逃げたくない。
いや、ほんとに逃げたいけど!
でも逃げたくない!(混乱)
とにかく、やるしかない。
ギター、ストラップよし。
シールドよし。
エフェクターよし。
ピック、3枚用意。
「これ、冒険のはじまりっぽくない……?」
気持ちはビビりまくってるくせに、どこかでワクワクしている自分がいた。
―――
スタジオの前で、10分くらい立ち尽くしていた。
入口のガラス越しに、中のロビーが見える。
明るくて、でもなんとなく空気が重い。
いや、それはたぶん私のせい。
スマホを取り出して、時間を確認。
14:58。
早すぎず、遅すぎず……ギリ攻めのタイミング。
ギターのケースが、やけに肩に食い込む。
もう何度も背負ったはずなのに、今日はすごく重かった。
「よしっ……」
小さく気合いを入れて、ドアを押す。
カラン、と鈴の音。
受付の人が軽く会釈をしてくれたけど、緊張しすぎて声が出ない。
空気、薄っ……。
案内されたスタジオの前で、また深呼吸。
そして、ドアを開けた。
そこには——
見たことあるような、ないような顔が三つ。
その中に、廊下で声をかけてきた、あの人がいた。
「……来たんだ」
藤枝 空が、ギターを抱えたまま微笑んだ。
その笑顔が、不思議とあたたかくて。
「あ……はい……」
私は、ようやく声を出せた気がした。
―――
「チューナー、ある?」と空。
「あっ……ないです。5弦、音ください」
しまった、やらかした。
というか、持ってない。買ってない。
空は笑って、テレキャスの5弦を軽く弾いた。
「じゃあ、これ。開放弦で合わせて」
「……ありがとうございます」
耳を澄ませて、その音を覚える。
そして、ハーモニクス。
5弦の5フレットと、4弦の7フレットを順番に鳴らして、微調整。
音の“うねり”が消えていくのを感じながら、澪は丁寧にチューニングを進めた。
「お、耳で合わせるんだ。通だね」
響がニコッと笑って言う。
「……教わったんです、前に」
そう答えながらも、どこか遠くの記憶が揺れる。
“チューナーなんか信用するな。耳で聴け。耳で合わせろ”
また、声がした。
あの、誰かの声。
——たぶん、前世の。
チューニングを終えると、空が音作りを確認しながら言った。
「じゃあ、最初は軽くジャムってみようか。ジャンルは……オルタナ寄りで、進行はEm - G - D - A。ベタだけど、動きやすい」
歩夢が軽くベースを鳴らす。
響はスティックを手にして、スネアを軽く叩くテンポを提示した。
「テンポはこのくらいで。8小節ずつ、順番にソロ回し。最初は私から回して、澪ちゃんは三番目でいい?」
「……はい」
答えた自分の声が、思ってたより小さかった。
でも、それでも——震えてなかった。
クリックが鳴り出す。
響のドラムが、空間にリズムを刻み始める。
空のコードが、空気を切り開くように鳴った。
ベースが重たく地を踏み、音が流れ出す。
——そして、順番が来た。
音の隙間が、私に向かって開いた。
指が、動いた。
音が、出た。
自分が鳴らしたはずのその音に、自分で驚く。
でも、驚いてる間もなく、8小節が駆け抜けた。
「……いいじゃん」
空の声が聞こえた。
私は、ただ息を吸って、吐いた。
でも——まだ、手が震えてた。
違う。
これは、緊張とかじゃない。
音を出している間、頭のどこかで、ずっと何かがざわざわしていた。
音が自分のものじゃないみたいで。
でも、知らないものでもなくて。
知ってる。
確かに、どこかで。
指が勝手に動く。
その動きに、自分の意志があとからついてくる。
——「このコードは、そこで押さえるんだよ」
低くて、優しい声。
——「手首は力抜いて。もっと柔らかく」
教えられた記憶なんて、ない。
でも、確かに誰かに言われた気がする。
その誰かの顔は、まだ浮かんでこない。
……夢でも見てたのかな。
それとも、やっぱり“前世”ってやつ?
でも、音だけは確かにここにある。
——たしかに、鳴ってた。
——たしかに、私が鳴らしてた。
澪の胸の奥で、音の残響がまだ揺れていた。
【後書き:ハーモニクスチューニングとジャムのこと】
■ ハーモニクスチューニング
音を合わせることって、ただの“調整”じゃなくて、
「あなたと同じ場所に立つ」っていう意思表示なんだと思う。
ギターの弦を指先でそっと触れて、
優しく弾くと“キーン”と澄んだ高い音が鳴る。
これが「ハーモニクス」。
その音を使って、ギターの音程を合わせる方法を、ハーモニクスチューニングといいます。
・主に5フレットと7フレット(または12フレット)を使って
・お互いのギターを同時に鳴らし
・音が“うねらずに重なる瞬間”を聴き取る
→ 澪が空に「5弦、音ください」って言ったのは、
“一緒に音を出す”ための最初の会話だった。
■ ジャム(Jam)
練習じゃない。本番でもない。
でも、音を交わすだけで“わかる”ことがある。
ジャム、正式には「ジャム・セッション」。
お互いに「コード進行」や「リズム」だけ決めて、あとは即興で音を重ねていく演奏のこと。
言葉は使わず
楽譜も使わず
相手の音を聴きながら、自分の音で返す
まるで会話みたいに、
“わかる人とはすぐ通じるし、わからない人とはどこまでもズレる”。
作中で澪が初めて体験したジャムは、
ただのセッションじゃなくて、心を開けるかどうかのテストでもあった。
「この子は、自分の音で話してる」
それがわかるとき、もう性別も名前も関係なかった。
■ 音楽って、対話なんだと思う
チューニング=「同じ言語を話すための準備」
ジャム=「何を話すかじゃなく、どう響き合うかの確認」
澪がギターを通じて人と関わっていく描写の中で、
こうした“音によるコミュニケーション”は、言葉以上にリアルな感情表現になります。