2、王太子
王太子___アーロン・コバルトはいつもつまらなかった。
勉学も、剣術も、音楽だろうが芸術ですらも一通り習えば教師のレベルを易々と越えられてしまったからだ。
始めたばかりの頃は皆楽しいのに、あっという間に習得してしまい色彩を失っていく。
……つまらなかった。
そんな王太子に変化があったのは12の春のこと。聖女との婚約の、初めての顔合わせの日のことだった。
その日を境に王太子の世界は、今までよりもずっと輝いて見えたのだ。
大人といる時は人形のように微笑みを貼り付けるだけでつまらなそうにしている彼女が、自分といる時だけは目を輝かせてやりたいことを言ってくれる___なんて、幸せなんだろうか。
最初こそ遠慮がちだった彼女の態度がだんだんと遠慮なくなっていくことが、気の置けない関係になれた気がして王太子は嬉しかった。
初恋だった。
このまま結婚して、幸せなままずっと一緒にいられるのだと、思っていた。
……あの事実を、知るまでは。
□■□■□
「え……?」
神殿の汚職を調査していたアーロンは、呆然とした。頭が真っ白になって、思考が止まる。
「今…なんと言った?冗談だろう……?」
「殿下、ショックなのは分かります。ですが……聖女シモーナは___男です。」
神殿へ内偵に出していた部下の報告に、アーロンは執務室の椅子に座ったまま深呼吸をして何とか気持ちを落ち着けようとしたが、体が強ばって上手くできない。
「男……男?彼女が?」
「……あとはこちらで対応致します。ひとまず、あなたはこの事を誰にも話さないでください。」
「はっ!承知しました!」
ブツブツと同じことを繰り返す主人を見かねたのか、傍に控えていた側近の令息が部下を退室させアーロンの肩に手を置いた。
「まぁ、その……なんです。生きてればそういうことも……」
「いや普通ないだろ!?こんなこと!!!」
アーロンの指摘に側近は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ないだろ……」
「ない、ですね……はい。」
目に見えて落ち込むアーロンをどう励ますべきか、と側近が考えていると、突然アーロンが立ち上がった。
「殿下?」
「…決めた。シモーナとの……聖女との婚約を、解消しよう。」
「殿下!?……良いのですか?」
「良い。」
「ですが、あんなにも……」
「良いんだ。……この婚約がある限り、シモーナは自由になれない。『聖女』の肩書きが男であることを許さなかったのだから……」
震える声で、けれど芯の通った強い声でアーロンがそう呟くと、側近も腹を決めたように頷いた。
「……かしこまりました。それが殿下のご意志ならば。」
「……ありがとう。苦労をかけるな。
…さて。そうと決まればシモーナにも相談しなければな。」
瞳の奥の悲しさを誤魔化すように、アーロンは窓の外を眺めた。
あの日と同じ、穏やかな空の日だった。