1、断罪
以前短編書いたもののリメイク版です
後日pixivにも掲載予定です
「シモーナ___貴様との婚約を破棄する!
この偽物聖女め!」
いくつもの豪奢な水晶のシャンデリアが照らす、王城の大広間。
社交シーズンの中でも最も格式の高く規模の大きな王家主催の夜会の最中、黒髪の青年___王太子の鋭い声が響き渡った。
「あ、あの。一体急に何をおっしゃるのですか、アーロン様。」
王太子と向き合うように立ちすくんだまま、消え入りそうな声で銀髪の少女___聖女が問いかけると、王太子は紺碧の瞳を不愉快そうに歪めた。
「この婚約は、国と神殿の間で決めたものです。そんな一方的に破棄できるようなものでは」
「そうだな。だが、それは何も後暗いことがなければ、の話だ。
……これを見ても、まだ同じことが言えるか?」
聖女の言葉を遮って王太子は懐から取り出した羊皮紙を広げ、掲げて見せた。
「!…そ、それは……!!!」
その羊皮紙に書かれた内容に、聖女は翡翠の瞳を大きく見開いた。
神殿への献金の見返りとして犯罪組織の組織員に新たな身分を与えると書かれた契約書___神殿長の汚職の証拠だ。
2人を取り囲むように傍観していた貴族たちもその内容にざわめき始めた。
「まさか神殿が犯罪者に協力を……!?」
「神殿から紹介された者が間諜である可能性だって……」
「いい気味だわ。聖女って肩書きだけで平民のくせに殿下と婚約を……」
「そもそも裏金を受け取る神職者なんて…」
ひそひそと。くすくすと。
噂好きの貴族たちは一斉に内緒話を始めた。
と、その人垣をかき分けて1人の豪奢な衣を纏った神官___神殿長が王太子の前に膝をついた。
「ででで、殿下、違うのです。これは、その……」
「連れて行け。」
神殿長は立派な髭をもごもごと動かして言い訳らしきものを並べていたが、王太子は見向きもせずに近衛兵へ捕縛を命じた。
「違うのです!違うのです、殿下ーーーーー!!!」
「……はぁ。」
青い服の近衛兵たちが喚く神殿長を引き摺るように連れていくと、王太子は疲れた様子でため息をついた。
「仮にも神殿の長であった者が、あんな俗物だったとはな。
……さて、偽物聖女よ。貴様も共に来てもらおう。」
王太子の威圧的な呼び掛けに、聖女はびくりと肩を震わせて静かに頷いた。
「……はい。殿下……」
そう返事をする聖女の表情は、長い髪に隠され窺い知れない。ただ、微かに揺れる銀の髪だけが、彼女の胸中を表していた。
苛立たしげに会場を離れる王太子の後を、怯えながらついて行く偽物聖女。
それが___聖女の最後の目撃情報だった。
◆◇◆◇◆
資源豊かな鉱山と肥沃な大地を有する大国、コバルト王国。
この国にはひとつの言い伝えがあった。
『100年に1度、神々の加護篤き月光の銀に新緑の翠を持った聖女が生まれる』、と。
『その聖女を王家に迎え入れれば、国はより繁栄する』、と。
ちょうど先代の聖女の誕生から100年が経った頃に生まれたのが、銀の髪に翡翠の瞳を持ったシモーナだった。
路地裏生まれの彼女は幼い頃に炊き出しに来ていた神官に他の子供たちとともに保護され、聖女として神殿で教育を施されていた___とされるが、その実態は不明だ。
「……まだ、調査が必要なことが山積みだな………。」
神殿長らを断罪した夜会から数ヶ月後。
王城の一角にある執務室で、王太子___アーロン・コバルトは小説のような記事に怪訝な目を向けて、自身の真っ黒な髪をかき上げた。
「シモーナ……一体今どこにいるんだ……」
長い長いため息とともにアーロンがそう零すと、ちょうど部屋に入ってきた人物がけらけらと笑った。
「勝手に行方不明にしないでもらえます?アーロン様?」
「黙れシモン!お前は……お前はシモーナじゃない……!!!!」
「いや、俺だけど」
シモンと呼ばれた銀髪の青年がそう返すと、アーロンはがっくりと項垂れた。
「……昔はこんなのじゃなかったのに……しかもあれからすぐに私の身長抜かすしごつくなるし……!」
「へーへー。…あ、殿下ー。これ追加の報告書だから。目ぇ通しといて。」
「…なんで仕事はできるんだ……」
「聖女時代は王妃教育受けてたからなー。…あ、菓子1個ちょーだい。」
青年は落ち込むアーロンの様子に形のいい翡翠の目をにいっと歪めて、黒檀の両袖机の上に放置されていた焼き菓子を口に放り込んだ。
「…シモーナはそんな無作法なことはしない……」
「シモーヌはするんだよ、お貴族サマじゃねーし。いい加減慣れろって。」
ひらひらと手を振る青年の粗野な態度に、アーロンは悲しげに革張りの椅子に沈み込んだ。
「あんなに可愛かったのに……シモーナ……うう……」
「引きずりすぎだろ…」
青年が露骨に顔を引き攣らせていると不意に扉が開かれ、淡い金の髪の身なりの良い少女が静かにはいってきた。
「殿下。」
「…サフィール嬢?なぜここに?」
「見て分かりませんの?」
登城用の瀟洒で上品なドレスを見せつけるようにくるりと少女___ソフィア・サフィール公爵令嬢は回ったが、アーロンは首を傾げるばかりだった。
「あー。あれだろ、お見合い。」
「正解ですわ。」
「そうなのか?と、なると……相手は誰なんだ?王室にはあなたと釣り合う年齢の者はいなかったはずだが。」
青年の言葉にソフィアはにこやかに頷いたが、直後のアーロンの疑問に冷ややかな視線を返した。
「……バカなんですの?」
「サフィール嬢!?」
「まぁまぁ、そう言ってやんなよソフィアちゃん。…ほら、コイツずっと聖女と結婚するもんだと思ってたからさぁ……。」
「ああ……。」
青年がフォローを入れると、ソフィアは納得したように頷いた。アーロンは話についていけずに眉を寄せて青年の袖を引っ張った。
「・・・結局、誰との見合いなんだ?」
アーロンの問いかけに青年は笑いを噛み殺して、ひっそりと答えた。
「・・・・・・殿下との、だろ。」