9、小悪魔美春ちゃん
家に着くと、宿題をしてから夕食を食べお風呂を済ませた。いつもはこのままテレビを見るか携帯で動画を観るんだけど、今日はベッドで横になった。
目を閉じると、蓮に抱きしめられた時の温もりと匂いが蘇ってきた。
「ぎゃあああ〜!!」
いかん、いかん!思い出さない!私たちはただの幼馴染み!心配だったらハグをすることだってあるはず!
もう一度目を閉じると、「かわいい。」と言われた事を思い出して枕に顔をうずめた。
今までそんな事一度だって言われた事ないのに・・。
今日の蓮は何か変だった。きっと道で変なものでも拾い食いしておかしくなったんだ。うん、きっとそうに違いない。
私はそう思ってさっさと寝ようと思ったけど、結局夜中まで寝ることができなかった。
翌朝、支度を済ませて外に出ると、蓮が待っていた。私は寝不足のせいで目をこすりながら、蓮の顔は見ないようにした。
「おはよー。」
「おう。」
ちらっと顔をのぞくと、蓮はあくびをしていた。それから何も話さずに歩いているけど、今日の静けさはいつもの気まずさとは違っていた。いつもより距離を取って歩くようにした。
「あのさ・・・昨日変なもの食べなかった?」
「・・・なんだって??」
ジロッと睨まれた。そうそう、蓮はこうでないとね。私は少し安心して蓮に近づくと、いつも通りの距離で歩いた。
「お前、勘違いしてるみたいだけどさ」
蓮は下を見たまま言った。
「俺はマネージャーのこと好きじゃないからな。」
私は耳を疑った。いやいや、私あなたと美春ちゃんがよく話をするのを見かけたけど。
「隠さなくていいよ。2人が話してるの時々見かけるよ!楽しそうに笑ってたりとか・・」
「それは・・!」
蓮は一瞬何かいいかけて、やめてしまった。ほら、やっぱり図星じゃない!
「とにかく、そういうんじゃないんだよ。」
「ぷぷっ!照れちゃって!」
「はぁ・・・」
良かった。いつも通りに話せて。それに、昨日は蓮が私に気があるんじゃないかって思っちゃったけど、勘違いだったみたい!そんな訳ないよね!!私はホッとしたけど、蓮はずっと下を向いたまま歩いていた。
そのまま1週間が過ぎたけど、お兄さんと会うことは無かった。蓮のサッカー部のコーチが旅行から帰ってきたので、部活動が再会した。蓮は一緒に帰ると部活を休もうとしたから、そんな事をしたらもう二度と一緒に帰らないと言ったら、ちゃんと行くようになった。その代わり、帰りはメグかのんちゃんと一緒に帰るという条件を付けられた。思ったよりも左足首が早く回復して、私もバイトに行くようになった。段々いつもの日常に戻り始めていた。
バイトに行き始めて知ったのだけど、美春ちゃんがバイトを辞めていた。次の日の放課後、一年生のクラスに向かった。美春ちゃんに会うためだ。すると、ちょうど美春ちゃんが教室を出て来た。
「先輩、こんにちは!」
「美春ちゃん、バイト辞めたって聞いたよ!もしかして、誰かに意地悪でもされてたの??」
美春は驚いた顔をして、それから笑った。
「違いますよ!先輩心配してくれたんですね。」
そして、廊下の人気のない所を見つけると、美春ちゃんが
「先輩、あっちで話しましょう。」
と踊り場の方へ歩いて行った。私も後を追う。
「実は前から辞める予定で、店長に話をしてたんです。先輩が休まれてる間に辞めちゃったから、詳しい話ができなくてすみませんでした。」
美春ちゃんはそこまで話すとにっこりした。
「私がなんであのバイトをしてたかっていうと、高梨先輩に憧れてて、それでバイトを始めたんです。」
私は驚いた。高梨先輩は近所の大学に通っていて、バイト先でみんなのお兄さん的な存在だったんだけど、そうか、美春ちゃんは高梨先輩に片想いをしてたのか。蓮、残念だったね。
美春ちゃんは話を続けた。
「だけど高梨先輩に彼女さんがいるのが分かって・・・」
美春ちゃんは踊り場の窓の方を見た。
「サッカー部の草野先輩一筋にすることに決めたんです!だからバイトを辞めちゃいました!」
私は目が点になった。美春ちゃんはニッコリ笑った。小悪魔的な笑みを浮かべて。サッカー部の草野くんといえば、2年のエースだ。メグからも「草野はかっこいい」と聞いたことがある。
「そうなんだ〜(心配して損した)」
美春ちゃんてば私が思ってたよりも強くて逞しくて、なんていうか私より女子力が高い。
それから美春ちゃんはくすりと笑って、
「橘先輩。杉本先輩は私にバイト先での橘先輩のことをよく聞いて来ましたよ。」
「・・・えっ?」
「先輩、前に私に言ってきたじゃないですか、よく杉本先輩と話をしてるって。全然覚えがなくて、思い当たることがそれしか無かったんですよ。」
じゃあ、楽しそうに話してたのは私の事を美春ちゃんから聞いてたから・・ってこと?
「杉本先輩、橘先輩に夢中ですよね。結構人気あるのに、他の女の子のことは全然相手にしないし、分かりやすいっていうか。あ、余計な事言っちゃったかな〜・・」
美春ちゃんは口元を押さえると
「じゃ、失礼しますね。」
と笑顔でペコっと一礼してから、踊り場を去ってしまった。
今、私は何を聞いたの!?蓮が、私を、好きってこと・・!!?
「愛奈ー、1人でなに突っ立ってるのー?」
後ろからメグの声が聞こえた。振り返るとメグとのんちゃんが廊下を歩いて来ていた。
「遅いから見に来てみたら、どうした?幽霊でも見たような顔をして。」
私は頭の中で、さっき聞いた事がぐるぐる回っていた。全く受け止めきれていなかった。メグとのんちゃんに相談しようか・・・でも、なんとなく気が引けた。
「用事は済んだの?」
「うん。待たせてごめんね!帰ろっか!」
メグとのんちゃんは電車通学だ。3人で校門を出ると、いつもはまっすぐ歩いて、途中で駅へ続く曲がり角で別れる。でも今日は土手の方に行ってみようと思って、校門を出てすぐに曲がる事にした。
「ごめん、今日は用事があるからこっちから帰るね。」
「分かった。また明日ね!」
「バイバイ、愛奈。」
私はメグとのんちゃんに小さく手を振ると、右に曲がった。しばらく歩くと、美春ちゃんの言葉が頭の中で何度も思い出された。
「杉本先輩、橘先輩に夢中ですよね。」
そう言われると、思い当たる事がないこともない。私が困ってると助けてくれることが多いし、でもそれは幼馴染みだからで・・・。あっ!もしかして、この間私の事を抱きしめたのも、言いたい事があるって言ってたのも、まさか、まさか・・・!!
1人でゆっくり歩いていたはずが、どんどん早足になっていた。そして顔が真っ赤になった。
そんな訳ないない、美春ちゃんの考え過ぎ!
でも、私、私の事を好き(?)な蓮に、「お母さん」とか「美春ちゃんと付き合ってるんでしょ(大勘違い)」とか言っちゃったー!!
早足では物足りなくて、私は全力ダッシュをした。そしてのまま土手まで走った。
はぁ、はぁ。体育の授業でも、こんなに全力で走れないや。もし計測してたら私史上最高のタイムを出したかもしれない。
はぁ・・はぁ・・。土手沿いを歩きながら、息を整える。
もし蓮が私を好きなら、今まで私が言ってきた事で傷つけてたかもしれない。
もしかしたらというか、今思うと蓮は私を好きってヒントをいっぱいくれてたのかも。
・・・でも。
私は蓮が好きなのかな?
ううん、好きなんだけど、幼馴染みとして好きって気持ちだったから。
恋愛感情で「好き」なのか、分からない。
もし、この「好き」の答えが出たら、この先の私達の関係はどうなっちゃうのかな。
男の子として好きなら一緒に居れるけど、自分の気持ちが分からない。友達としての好きなら、もう一緒に居れないのかな。
私は土手を降りて、河川敷を歩いて川べりに腰を下ろした。
川の水面がゆらゆらと揺れて、夕陽がキラキラと反射して綺麗だった。
「悩み事?」
声をかけられ、振り返ると、そこにはお兄さんが立っていた。
「僕で良ければ聞こうか?」