8、疑惑
蓮は難しい顔をして腕を組んでいた。
「俺と愛奈の家を知っていて、近づいてきた・・ストーカーか?」
蓮はボソッと呟いた。
「ストーカーだなんて!だって、私を助けてくれたんだよ。それに・・何度か会っても、変なこととかされてないし。」
「愛奈には言わなかったけど、あいつはいつもニヤニヤして愛菜を見てるから、変態っぽいと思ってた。」
「えぇ!?そうだったっけ・・?」
たしかにお兄さんは会うといつも笑顔だったけど・・車に轢かれそうになった私が元気だから安心して笑ってたんじゃないの?それかただの良い人とか。
「でも、お兄さんが私のことを好きなら両思いだ!」
蓮がテーブルを叩いた。
「あのなぁ!!真面目に話してんだぞ!?」
蓮は目を吊り上げて怒っていた。ちょっと青筋も立ってる。
「はいはい、ごめんなさい〜!」
私は両手を顔の横にあげて、降参のポーズをして謝った。本気で謝ってるわけじゃない。だって両思いなら、本当に嬉しいんだもん。
「あのな、もしストーカーだったらヤバいぞ。家に連れ込まれて監禁されたり、場合によっては酷い事をされた後に殺されるかもしれないぞ。」
「流石にそこまでは・・・」
そういえば、数週間前にどこかの県でストーカー犯罪があったとニュースで見た気がする。逮捕された男は警察に連行されていて、その画面の下に「好きだったのに知らないと言われ、逆上して刺してしまった」とテロップが流れていたような。急に寒気がしてきた。
「警察に言うにも、まだ何もされてないから交番で話しても相手にされないよな・・。」
蓮はボソッと呟いた。警察なんて、大袈裟じゃない?
「愛奈、心配だから、明日から登下校はなるべく俺と一緒にしよう。必要だったらしばらく部活も休む。」
「そ、そこまでしなくていいよ!いくら幼馴染みでも悪いし・・」
「いいよ。一緒に行く。」
「いやいや、そこまでしなくっても・・」
蓮が心配そうな顔をして隣まで来た。
「あいつが犯罪者だったら、お前は狙われてるってことだぞ!」
そんな、まさか。特別かわいい訳でもないのに、そんな事起こる訳がない。私は大袈裟に笑ってみた。
「もう!本当にお母さんなんだから!!」
あっ、失敗。お母さんって言ったら怒られるんだった。蓮は下を向いて、拳を握って震えていた。その手がーー動いた!!私はぎゅっと目をつぶった。怒られる!!
ーーと思ったけど、次の瞬間私の体は蓮の腕の中にあった。顔が蓮の胸に押し付けられて息がしにくいし、背中にはしっかり腕が回されていて動けそうにない。あ、あれ?怒られるんじゃなかったの?私より温かい体温と、蓮の匂いでいっぱいになって、何も考えられなくなった。
しばらくこのままでいると、ゆっくりと腕の力が緩んでいった。もう息苦しくは無くなったけど、まだ私の胸の音はうるさかった。私の背中に手が回されたままだったから。蓮の顔を見ようと思ったけど、見ちゃいけない気がして、そのまま胸に顔を預けた。
「お母さんじゃないって言ってるだろ。」
「うん。」
「俺は、男だ。」
「・・・うん。」
蓮の一言一言に、心臓が飛び跳ねた。顔を胸に預けているから、蓮の声が大きく聞こえた。
「心配なんだよ、愛奈・・。」
私より体が大きくて、腕も太い。
お母さんじゃなくて、私と同い年の男の子。
蓮の腕が私の背中からゆっくりと離れた。急いで体を後ろへ引いたけど、俯いたままでいた。真っ赤な顔を見られるのが恥ずかしかったから。
「愛奈・・・」
「な、なに?」
「かわいい。」
か、か、かわかわかわいい・・可愛いってこと?
蓮!!?急に何を言い出すの!!?それに暑いっ!!心臓がバクバクして暑い!!夏は終わったのに汗をかいてる!私汗臭いかも。
って、ひ、ひぇ〜・・ちょっと、近寄ってこないで!!
蓮は両手両膝を床に着きながら、猫のようにゆっくりとにじり寄って来る。私は両腕で顔を隠すようにしながら、どうにか蓮から逃げようと、座りながらも後退りした。でも残念なことに、その腕を、ガシッと掴まれて下げられた。
ぎゃー!真っ赤だから顔を見ないで!!!横を向いたまま、とにかく視線を合わせない!!
「愛奈、逃げるなよ。俺、ずっと愛奈に言いたい事が・・・。」
近い!顔が近いよ、蓮!!私は混乱して、ぐちゃぐちゃの頭の中で、一つのことに気がついた。
「蓮!!美春ちゃんがいるでしょ!幼馴染みだからって、心にも無くても、か・・・かわいいとか言ったら、美春ちゃんが傷ついちゃうじゃん!!」
蓮が止まった。
そうだよね!好きな子がいるのに、他の女の子にかわいいとか言わないよね!
「はぁー・・・・・」
蓮は手を離すと、頭を抱えて、深くて長いため息をついてた。それからジロッと私を睨んだ。
「お前って、心底バカだよな・・・。」
「ちょっ・・心底ってなによ!!蓮だって美春ちゃんがいるのに!蓮の方がバカじゃん!!」
「あーー!もういいよ!!勝手に言ってろ!面倒くせぇ!!」
「なによ、その言い方!」
蓮は私の口を押さえると、睨みながら言った。
「とにかく、明日からは一緒に登下校するぞ。金髪とまた会うかもしれないからな!分かったら、もう帰れ!」
言われなくたってこっちから帰るわよ!
蓮の家を出て1人で帰ろうとしたら、蓮が後ろから付いて来た。
「1人でいいよ、近いんだし!」
「金髪に会ったら危ないだろっ!」
「平気よ!それに私はお兄さんを信じてるから。」
「お前、さっきの俺の話を聞いてたよな!?」
私たちは家に着くまでずっとケンカをしてたけど、結局蓮は最後まで送ってくれた。