1.恩人との出会い
橘愛奈は走っていた。全速力で駆け抜けていた。「バイトに遅れるっ!」なぜ遅刻しかけているかというと、放課後に幼馴染の蓮と、愛犬ポチが死んでしまった話をしていたからだ。
「去年の今日だったな。ポチが死んじゃったの・・」
「俺んちのコロと仲が良かったからな。母さんもポチがいなくなって寂しがってたよ。」
蓮はそっと愛奈を見つめた。目が合うと、愛奈は静かに笑った。
「あっという間に一年経っちゃったな・・」
「・・・あー、あのさ、今度時間ある時に俺んちに来」
「うっそ!!もうバイトの時間じゃん!!蓮ごめん!またね!!」
「お、おう・・」
蓮は長いため息をついた。
「最近話す機会が無くて、やっと話せたのに・・」
時計に目をやる。3時50分を指していた。バイトの時間に気づかなかったのか・・あいつは昔からどっか抜けてるんだよな。だから放っておけないんだけど。机の上を見て、蓮はほんの少し微笑んだ。
「携帯忘れてんの、あのバカ」
バイトの時間が迫っていた。「一回も止まらなければ間に合う!」横断歩道の信号の青色が点滅していた・・赤になった。でも今変わったばかりだから平気(なハズ!)
店長まだ来てないといいんだけど・・怒ると怖いんだよな。もう少しで渡りきる一一瞬間、白い車が目の端に入った。当たる!!
本当に一瞬の出来事だった。顔をあげると、歩道の上に倒れていた。なぜか男の人がすぐ横に倒れてる。白い車が近付いてきて、窓が開いた。
「危ないんだよ!!赤だろっ!!」
と怒鳴って走り去ってしまった。近くに歩いている人は居ない。何が起きたのか分からなくて、足の痛みと恐怖だけが残った。
「・・大丈夫?」
倒れていた男の人がゆっくりと上半身を起こした。金髪が印象的で、整った顔が格好良かった。でも砂利が顔や髪についていた。
「間一髪だったね。赤信号なのに、渡ったら危ないよ。」
「ご、ごめんなさい。急いでて・・」
そうだ・・・!車に当たると思った時に、誰かが私を引っ張って、助けてくれたんだ!引っ張られてそのまま転んでゴロゴロと転がった記憶がある。しかもこの男の人は私を庇って一緒にゴロゴロ転がったんだ・・・それで隣に倒れてたのか。顔に汚れがついてたのは私のせい・・・。
「あの、ありがとうございます!!それに私のせいで・・」
よく見ると、男の人の白いシャツが汚れていた。あぁ、服まで・・・そりゃそうだよね。クリーニングさせてもらわないと・・。
「痛いところはない?」
「あっ、大丈夫です。」
そう言って立ちあがろうとすると、左足に痛みが走った。
「痛っ・・」
「病院で診てもらった方がいいね。無理しない方が良いよ。家まで送るよ。」
「そういう訳には・・」
断ろうとしたが、歩くことは出来なさそうだった。
肩を貸してもらい家の方角へ歩き始める。「めちゃくちゃ良い人すぎる・・しかもイケメンのお兄さん!」20代くらいに見える。大学生のお兄さんだと思ったら、恥ずかしくて全く顔が上げれなかった。きっと耳も真っ赤に違いない。私の家は学校とバイト先の間くらいの所にある。ここからは歩いて5分程だ。しばらく歩いて角を曲がろうと思った時だった。
「あ、ここ右に曲がってください。」
「うん、分かってるよ。」
え・・・。
分かってる・・??
「大丈夫?足が止まってるよ。もっとゆっくり歩こうか。」
「はい・・」
この人、曲がるところを知ってた・・・?私の家の近くを通ったことがあるの?そういうこと??近所に、こんな人居たっけ??頭の中がパニックになって、考えがまとまらない。ただでさえイケメンに支えてもらって頭がボーッとしてるのに。
「あ、そろそろ家に着きます。」
やっと我が家が見えてきた。グレーの屋根に白い壁の一軒家。普通のよくある家。だけど、ボロボロの私は無事に家に着いてひどく安心した。
「あの、もう支えてもらわなくて大丈夫です。」
「心配だから、玄関まで一緒に行こうか?」
「本当に大丈夫です。ありがとうございました。」
このまま別れようと思って、何か忘れていることに気がついた。
「お礼・・お礼をしたいのですが!!」
お兄さんは驚いたようだった。
「ふふっ。お礼なんていらないよ。大したことはしてないし。」
目を細めて笑うお兄さん、超素敵!命を救ってくれた上に謙虚だなんて!!金髪だから最初は怖い人かなって少し思ったけど、人を見た目で判断しちゃいけないよね。
「でも、洋服が汚れちゃってる。」
お兄さんは、パッパッと汚れを手で払うと
「大丈夫だよ。」
と、笑顔で返事をした。
「私、橘愛奈と言います。せめて、クリーニング代だけでも・・」
言ってみて、クリーニング代っていくら位かかるんだっけと思った。
「愛奈ー!!」
突然遠くから声がした。
「蓮!」
息を切らして走ってくる蓮。
「お前、バイトに行くんじゃ無かったのかよ?携帯忘れてたからバイト先に届けに行ったら居ないって言われて・・」
肩で息をしながら、蓮はお兄さんをジロリと睨みつけた。
「・・・誰?」
「私の命の恩人!さっき赤信号を渡って車に轢かれそうになったのを助けてくれたの。それでここまで送ってくれて・・」
・・あっ!しまった!!
「バイト!!!忘れてた!!」
携帯をバックから取ろうとしたけど見つからなくて、蓮が持ってきて来れたことに気がついた。
「蓮、ありがとぉ〜!!」
携帯を受け取ると、蓮から深いため息をつく音が聞こえた。
「ふふっ」
お兄さんは小さな声で笑った。
「もう大丈夫そうだね。」
と、一言残して帰ってしまった。
「ああっ・・連絡先を聞いてなかったのに・・」
「お前、バイト先に連絡しなくていいの?」
「そうだった!」
電話を掛けながら玄関の手前にある階段に座ろうとした時、激痛が走ってよろめいた。
「大丈夫か!?」
蓮が慌てて支える。左足首を見ると、腫れているのが靴下の上からでもわかった。あぁ・・・参ったな。
「あっ・・お疲れ様です。橘です。美春ちゃん、遅れたのに連絡してなくてごめんね。実は・・」
事情を説明すると、今日のバイトは休みになった。美春ちゃんは店長に代わってくれて、すごく怒られるかと思ったけど心配してくれて意外だった。店長って本当はいい人なのかな?
「お前、ちゃんと病院で診てもらえよ。」
「うん、そうする。お兄さんにも同じこと言われたし。」
「・・・。」
ん?返事がない。蓮は横を向いていた。
「・・・あっそ。お兄さんね。」
なぜか機嫌が悪い。な、何よ、その反応!心配してくれてたんじゃないの?
「俺、帰るわ。」
「う、うん、携帯ありがとう。」
蓮は背中を向けたまま片手を一度挙げると、そのまま帰って行った。
私は左足をあげてケンケンをして家の扉の前まで来た。ただいまーとドアを開けると、お母さんが奥から出てきて、私を見るとすごく驚いた。事情を話すとすぐに病院に行き、左足首を診てもらった。捻挫だった。湿布を貼っていたら自然に治るらしい。
お母さんに、
「当たりそうになった車はどうしたの?」
と聞かれた。逃げたというと、車の人のことを悪く言った。私がいけなかったんだけどなぁ。そして助けてくれた人がいた事を伝えると
「お礼をしたいわ。名前は聞いた?連絡先は?」
と、いそいそとメモ帳と鉛筆をバックから取り出した。聞き忘れたと言うと、メモ帳と鉛筆はバッグにしまわれた。
「愛奈は運が良かったわ。今日はポチの命日だから、もしかしたら愛奈を守ってくれたのかもね。」
母に言われて、「そうかも!」と思った。あ、でも車に轢かれるなんて、やっぱりツイてないかも。
そんなこんなで、今日はあっという間に過ぎて行った。