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明日は大学祭  作者: こみこ みこ
3/5

③設備

お姫様だっことかあんなの何がいいんだと思っていたけど、いざされてみると悪くないと僕が思ったのは高校3年生の秋だった。

学校の帰り道にQ大学の近くを歩いていた。

その日、Q大学は大学祭で僕は人いきれのなかを一人歩いていた。

夕方から夜に近づく時で、僕はちょっとドキドキしていた。

少し年上な人たちがこれから遊びにいくために楽しそうに歩いていて自分もその仲間入りをしたような気分を味わっていた。


ひときわ大きな声が背後から近づいてきていた。

強烈なバニラとココナッツを混ぜたような香りが挑むように漂ってくる。

肩に衝撃が響いた。

「おい何だよ、てめえ」

よろけながら声のするほうを振りかえると、体は小さいがやたら日焼けして歯の真っ白な男がそこにいた。周りにいる男たちがニヤニヤして顔を近づけてくる。

「え、何もしてませんけど」

歯の白い男は上着のポケットに手を突っ込み、顎をしゃくった。

「ぶつかってきただろうが」

「ぶつかってきたのはそっちでしょう。後ろから来たのにありえない。日本語間違ってますよ」

「何だとてめえ」

僕は歯の白い男に今度は前から強く肩を押された。ひょろひょろの僕は倒れてしまった。

次々と僕の体に足がぶつかってくる。

「こいつの制服、A高校だ。ボンボンじゃん」

「蹴るのやめてほしかったら、財布出せよ」

歯の白い男の子分たちが笑う。

僕は絶対背中を見せないようにしようと踏ん張った。

ズボンのポケットの財布を取られないようにするためだ。

「がんばるねえ。仕方ねえな。剥いじまおうか」

「おい、何やってんだよ!そこ!」

拡声器に乗った太い声が近づいてきた。

「孝樹さん!」

歯の白いやつらは僕を蹴るのをやめた。

ガタイのいい男性ににらまれて、やつらはおとなしくなった。

「お前たち、いい加減こういうことやめろよ。遊ぶなら人に迷惑かけないように遊べよ」

「はい」

「行け」

やつらは足早にそこから去っていった。

「大丈夫か」

僕は声をかけられて、起き上がろうとしたが腰が抜けてしまって動けなくなっていた。

「ごめんな。あいつらのせいで」

そういうと、その男性は首からかけた拡声器を背中に回した。

「わあっ」

僕は男性に抱きかかえられた。つまり、お姫様だっこをされたのだ。

「救護室に連れていきます」

道行く人たちが僕らを見ている。

「かっこいい」

女の子たちの声が聞こえる。ふと、その男性の顔を見上げた。

日焼けした精悍な顔がそこにあった。僕は胸の鼓動が高鳴るのを感じていた。頬を寄せる胸板は固く、背中と足を支えている腕はたくましい。

それが、僕と孝樹さんとの出会いだった。


僕はそこそこ勉強ができたので、もっといい大学へ行けたのだけど、孝樹さんのそばにいたくてわざと親の望む大学での試験では殆ど回答せず、滑り止めの滑り止めとして受けて合格したQ大学へ進んだ。

もちろん、入学後は大学祭実行委員会へ入った。孝樹さんは僕のことを覚えてくれていた。お近づきになってわかったが、孝樹さんはあの日僕を蹴った奴らと同じ高校の出身で勉強はできるほうではなかったが、学校の先生になりたいという気持ちから一浪してQ大学に入ったらしかった。


孝樹さんのそばで活動した半年は本当に楽しかった。

設備の仕事はステージやテントの設営とばらし、当日の警備などなので、体力がいる。僕のようなひょろひょろにはきつい仕事だったが、孝樹さんの指導による筋トレによって体に厚みが出来ていった。手取り足取り教えてもらう度、お姫様抱っこをされた思い出がよみがえった。つまり、僕は孝樹さんのことが本気で好きだった。

詳しくはわからないが、噂によると孝樹さんには他大学に恋人がいるようだった。


夏に入るころには見違えるようと言っては言い過ぎだが、僕の体格はかなりしっかりした。

僕はこの時期に、他大学への編入を考えていた。Q大学に入ったものの、勉強は簡単だし、同級生と話していても面白くないし、孝樹さんには恋人はいるしでこのまま居続けてもしょうがないと思ったのだ。


大学祭本番を迎える前日、僕は孝樹さんや有志の実行委員たちと一緒に朝から野外ステージを二つ設営した。その後、模擬店などに使うテントをたくさん立ち上げた。

腕も足もパンパンだった。

夕方には各サークルに渡し、あとは自分たちが使うテントを立ち上げた。

最後のテントは孝樹さんと僕の二人で組み立てた。仕上がった後、僕は孝樹さんに話を切り出した。

「孝樹さん、僕が孝樹さんと大学祭に参加するのはこれが最後です」

珍しく孝樹さんは表情を崩した。

「え、実行委員会、やめるつもりなの?」

「いえ、学校をです」

「何で?」

「行きたい大学があるんです。編入試験を受けるつもりです」

孝樹さんは顔を背けた。

「すみません。孝樹さんにさんざん世話になっておいてこんなこと言って」

「さみしいじゃねえか」

僕の言葉を遮るように孝樹さんは叫んだ。

「え?」

孝樹さんは僕の両肩をつかみ、学生会館と図書館の間にある路地に押し込んだ。

「去年の大学祭でお前のことを見つけた時から、好きだったんだよ」

僕の唇に孝樹さんの分厚い唇が挟まれた。僕はいきなり口呼吸を止められてとにかく苦しかった。孝樹さんはそんなことはお構いなしに唇を押し付けてくる。

ようやく唇が離れたかと思うと、今度は強く抱きしめられた。

孝樹さんの頬が僕の額に当たる。ちくちくと髭が皮膚に差し込んで痛かった。そのあとじわりと涙が伝ってくるのがわかった。

僕は孝樹さんがいつも以上に愛しくなって、背中に手をまわし、何度か撫でた。

「孝樹さん。僕がほかの大学に編入しても時々会ってこんな風にしてくれますか?」

孝樹さんは体を少し離して、僕の顔をまっすぐ見つめた。

「当たり前じゃねえか」

僕は背伸びをして、孝樹さんの唇に吸いついた。


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