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明日は大学祭  作者: こみこ みこ
2/5

②広報

諒太から電話があったのは午後九時過ぎだった。

私はパンフレットをスポンサーや広告提供会社に配り終え、いったん帰宅しようとしているところだった。

「大変だよ、梨名」

「何が?」

「目黒佐月がごねて打ち合わせをしないんだよ」

目黒佐月とは、大学祭のライブで歌う予定のアーティストだ。広報はパンフレットを作ったり、SNSで発信したり、地元のラジオなどメディアに出て大学祭を宣伝するだけではなく、ライブも担当していた。主にパンフレット作りを私が担当して、イベンターと折衝してライブを仕切るのが諒太の仕事だった。



「何?チケットがあんまり売れなかったのが気に食わないの?」

「目黒佐月って今日広島の女子大でライブやってたんだけど、そこのイベンターがうちのライブは浜田未亜のピンチヒッターだってバラしたみたいで」

「うわ、最悪。くそイベンターだな。口軽いなあ」


目黒佐月と浜田未亜はかつて同じアイドルグループに属していた。佐月のほうが先輩で、彼女に憧れて未亜はそのグループに入った。

それぞれグループにいた頃は清楚な佐月に対し、ちょっと派手目な未亜で住み分けが出来ていた。

佐月がグループを卒業し、大人っぽい路線を走りだしたころから二人のシーソーはバランスを崩していった。

二十歳を過ぎ、露出多めになった佐月は女性として生々しくなり、色気を丸出しにしたパフォーマンスを見た既存のファンは少しずつ去っていった。

アイドルグループの中心的存在へと駆け上がり、十代半ばにしてソロへと転向した未亜は、派手さを抑え風変わりな少女性を保ったモデル兼歌い手として女性のファンを獲得していた。CM本数も多く、ブレイク手前のちょうどいい時に大学祭に呼べると諒太は大喜びしていたのだった。


「あれでしょ、あの二人って一人の男を取り合ったって噂あるもんね」

「ああ、2.5次元ミュージカルの誰だっけな、まあいいや誰でも。それでそいつが二股かけて結局未亜を選んだって噂だったよな」

「そうそう、それで選んでもらってすぐに捨てたんだよね、未亜が。そりゃ、佐月も未亜のピンチヒッターだなんて聞いたらごねるわ」

「でも、打ち合わせ拒否してさ、明日ちゃんとやると思う?」

「それな」

「梨名、ちょっと来てくれないかな。彼女、マネージャーもいないんだよ」

「え?どういうこと?」

「人手不足か何か知らないけど、もうそんなに周りに期待されていないんじゃないかな。イベンターが新幹線の駅まで迎えに行ったらしいけど、大きな荷物持って一人だったんだって」

私は佐月のその姿を考えると、胸が苦しくなった。

「部屋にこもってから、俺とイベンターで説得していたんだけど、イベンターが子供を保育園に迎えに行く時間だからって帰っちゃったんだよ。だから、女同士ってのもあるし、梨名、来てくれないか」

一人知らない街の高くもなく安くもないホテルのベッドで膝を抱える佐月を勝手に想像した。

「わかったよ」

電話を切ると、私はホテルへと向かった。




目黒佐月 様


この度は、Q大学大学祭のライブのためにお越しくださいまして誠にありがとうございます。

私は広報を担当しております福井梨名と申します。

ライブを担当しております木田諒太は明日の準備のためにいったん学校へと帰りましたので、代わりに私が目黒さんへお伝えしたいことを手紙にしたためています。

実は、私と諒太は目黒さんと同級生なんです。だから、ライブに目黒さんが来てくれると知って本当に嬉しかった。

とはいえ、広島のイベンターから聞かれたそうですが、最初、我が校に来る予定だったのは、浜田未亜さんでした。浜田さんの映画の撮影が長引きそうだということでキャンセルになり、それが既に他大学が色んなアーティストを押さえた後だったので、本当に困りました。ポスターも少し刷っていましたし。

そんな時に目黒さんが来てくれると知って本当にありがたかったです。

コロナのせいもあり客席は少なめですが、目黒さんもお客様も楽しい時間を過ごせられるよう、努力します。

実は私、以前は野外ステージで企画を担当していたんです。それが去年大失敗をして、人間関係が悪くなって周りに口をきいてもらえなくなって。しかも、付き合っていた企画長にも振られたんです。それで企画に居づらくなってしまって、たまたま空きのあった広報に逃げ込んだんです。

正直、私、目黒さんのライブに賭けてるんです。

お願いします。

私と明日の打ち合わせをしてくれませんか。

ずっと、部屋のドアの前にいます。

よろしくお願いいたします。


福井梨名


部屋のドアの下から手紙を差し込んだ。

「目黒さん、手紙を入れたから読んでみてくれませんか。お願いします」

私は床に座り込み、ドアの向かいにある壁に背中を当てて目を閉じた。


うつらうつらと眠りかけた頃、ドアが開いた。

澄んだ花のような香りがした。

手のひらに満たないほどの小さい顔とリスのような黒目がちな瞳が私を見ていた。

「福井さん?」

「は、はい」

私は急いで立ち上がった。

「入って。打ち合わせをしましょう」

無表情でも十分愛らしい顔に吸い込まれて私は部屋に入った。

華奢な背中を見ながら、この人やっぱり芸能界でやっていけなさそうだなと思った。

優しいから。

私のウソだらけの手紙をどうやら信じているから。

佐月が振り返った。

うっすらと涙を浮かべている。

私は佐月のすべてを包むように笑顔で応えた。


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