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第三話 泉くんは、可愛い。(1)


「――瑞希たち、本当に付き合ってないわけ?」


 衣更えが終わって、本格的に暑い夏が始まる前のお昼休みのことだった。


 いつものようにお弁当を食べようと前の席から椅子を引っ張って、綾乃の席についた瞬間。綾乃は疑わしげな目でわたしを見て、そう声を潜めて聞いてきた。


「う、うん…」


 美術準備室で二人きりで過ごすようになってから一ヶ月と少し。わたしたちの関係に特に変わったことはなくて、強いて言えば。


「本当に泉くんとは、準備室で一緒に時間を過ごしてるだけだから…」


「それはもう聞き飽きたよ」


 わたしの呼び方が、宮内くんから泉くんへと変わったことぐらいだ。


『上の名前よりも下の名前で呼んでほしい、かな』


 ある日の放課後の準備室で少し照れくさそうにそう言ってくれた泉くんを、わたしは今でも鮮明に思い出せる。


『泉くん』と口にするのにどれだけの勇気が必要だったか…泉くんにはきっと分からないだろう。


「ったく。何を考えてるのかねぇ、宮内は」


「わたしも泉くんが何を考えてるか知りたいなぁ」


「……この宮内バカめ」


「え?何か言った?」


「いーえ、何も」


 綾乃が白々しくお弁当箱を取り出し、蓋を開ける。わたしも同じようにして、おかずにお箸を向けたときだった。


「あのさ、瑞希たち。周りで噂になってるよ」


「――へ?」


 予想外の綾乃の言葉に、わたしは唖然とするしかなかった。


「やっぱり気づいてなかったかー」


「う、噂って?」


「あんたたちが付き合ってるんじゃないかって」


「ええっ!?」


 動揺しすぎて声が裏返ってしまった。


 わたしと泉くんが付き合ってる!?どうなったらそんな噂が流れるの…!?


「もちろん私は瑞希が何も言ってこないから、そんな噂はデマだと思ってたけどね」


「えっ、えっ、どうしよう、綾乃!」


「噂を本当にしちゃえばいいじゃん」


「むむむ無理だよっ!」


 綾乃はなんでも簡単に言ってみせるから怖い!


「わたしと泉くんが、つ、つ、つ、」


「付き合ってる、ね」


「そんなことないのにっ」


「宮内が好きすぎて、嘘でも付き合ってるって言えないような子なのにねー」


 けらけらと綾乃が、本当に可笑しそうに笑う。


「もう綾乃!からかわないでっ」


「あははっ」


 確かに泉くんは人前でも話しかけてくれるようになったし、もしかしたら準備室に入るところを誰かに見られたのかもしれない。


 泉くんが準備室に来た日は――と言ってもほぼ毎日なんだけど、必ず一緒に駅まで帰ってるし…だからそんな噂が立ってもしかたないのかもしれない。


 ――泉くんはこの噂を知ってるのかな?


「―――」


 窓際の泉くんはいつものように、静かに本を読んでいた。


 もうお昼ご飯は食べたのかな?


「はいはい、宮内タイム終了―」


「!!」


 視界の横から伸びてきた手に、無理矢理前を向かされる。視界に呆れた顔の綾乃が映って、わたしは思わず苦笑してしまった。


「宮内、顔だけはいいからファンも多いから。気をつけるのよ、分かった?」


「えっと、あ、はい」


「……絶対分かってないでしょ」


「へへ…」


 とりあえず、綾乃がわたしの心配をしてくれてるのは分かった。


 そうして二人で他愛もない話をしてお昼休みも残り半分を切ったとき、その出来事は起きた。


「――あの、」


「………?」


 突然かけられた知らない声に、後ろを振り向く。そこにはどこかで見たことがあるような男の子が一人、照れくさそうに立っていた。


「ご飯、食べた?ちょっといい?」


「えっ」


 男の子と目が合っているのは、わたし。それでも綾乃に言っているのかもしれないと思って振り返れば、綾乃はにやにやと笑ってわたしを見ていた。


「えっと、わたし…?」


「うん」


「いってらっしゃーい」


 綾乃に促されるまま立ち上がって、わたしは男の子の後について教室を出ようとした。


 そのとき、自然と目が泉くんの方を向いていて。


「!」


 ばっちり泉くんと目が合ってしまった。


「どうかした?」


「う、ううん!」


 思わず立ち止まったわたしに男の子が不思議そうに声をかけてくる。慌てて首を横に振って、わたしは再び歩き出した。


 ――泉くんと、目が合った。


 その事実だけでこんなにも舞い上がれるわたしは重症だ。


「なんか楽しそうだね」


「っ、」


 心の中を見透かされたような発言に思わず我に返る。気づけば男の子がわたしの隣を歩いていて、こちらの顔を覗きこんでいた。


「………!」


「ははっ」


 その顔が近くて思わず仰け反れば、男の子はなぜか楽しそうに笑った。


「そういう反応、可愛い」


 その言葉をどう捉えればいいのか、どう反応すればいいのか分からなくて挙動不審になるわたしを見て、男の子はさらに笑う。


「こっち」


「ここ…」


 そうして連れて来られたのは、美術準備室だった。


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