神童の片鱗~言葉~
リオンが生まれてから一ヵ月が過ぎたがクロノエル家では相変わらずの光景が広がっていた。
「リオン~ママですよ~、ま~ま、分かりますか~?」
「フンヌゥ!」
「...」
リーシャはリオンを抱えながら言葉を教え、ヴィンセントは奇怪なポーズを取り、マリアは無表情無言でそれを眺める。
リーシャはここの所ずっとリオンに自分がママであると言葉を教えていた。
ヴィンセントは変顔に飽きたのか面白いポーズの研究に余念がない。
「リオン~まーま、ですよ~」
「あ~あ?」
「あら?」
「なに!?今ママと行ったのか?」
リーシャの教えが功を奏したのかついにリオンがそれらしい言葉を発する。
「ま~ま」
「あ~あ」
再びリオンがそれらしい言葉をリーシャの方を見ながら発する。
「この子ママって言っているわ!」
「あぁこれは言ってるな!」
「(確かに今ママと言ったような気がします。でもまだ生まれてから一か月ですよ?早すぎませんかね...)」
普通の赤子であればまだあまり言葉を発する事は出来ないがリオンは生まれてからかなり早い段階で言葉を発していた。
一般的な赤子より成長が早い証拠である。
「リ、リオン!パパだぞ~、パーパ」
「は~は?」
「!!!、そうだぞリオン!パパだぞ~」
「は~は!」
リオンはヴィンセントの言葉が分かっているような素振りで言葉を発し、それを聞いたヴィンセントは段々と感極まって来る。
「うぅ、リオンがパパと呼んでくれたぞリーシャ...」
「はいそうですから泣かないでくださいあなた」
しかしこんな幸せな時間であっても悪魔はすぐ背後まで迫っていた。
「ヴィンセント様、そろそろ執務のお時間でございます」
「仕事をしている場合じゃないぞマリア!リオンが言葉を喋ったんだぞ!!」
マリアの無慈悲な言葉に食い下がるヴィンセントだがそんな物はマリアに通用しない。
「さぁクロノエル家の未来のために執務に行きますよ」
ガシッとまたしても襟首が掴まれ引きずられていく。
「ま、待て!分かった、行くから!襟首を掴むんじゃない!当主としての威厳が、」
「既に威厳などあまりないので大丈夫ですよ」
ときに言葉とは剣よりも鋭い刃となる。
ヴィンセントが連行されバタンと扉が閉まる。
「リオン~ま~ま」
「あ~あ!」
「そうですよ~ママですよ~、あーなんて可愛いのかしらリオン」
「あうあ~?」
リーシャは相変わらずの平常運手であった。
その日の夜、ヴィンセントとリーシャは外せないパーティーがあったためリオンをマリアに預け出かけていた。
二人からは言葉を覚え始めたリオンのために本の読み聞かせをしてほしいとマリアは頼まれていた。
「確かに言葉を話したかもしれませんが、本の読み聞かせはさすがに早いのでは?」
「あ~?」
そんなことをマリアが思うのも無理はない。
「...」
「ん~?」
「リオン様、マリアですよ、まーりーあ」
「あ~う~あ~?」
「はうっ」
自分の名前を呼んでくれる&あまりの可愛さで心臓が止まりそうになるマリア。
「あぁリオン様はなんて可愛いのでしょうか?、リーシャ様の気持ちが今なら大いに分かります」
「あうあ~?」
マリアは幼児用の絵本を取り出しリオンを抱えたまま読み聞かせを始める。
それはこの国に広く普及している代表的な絵本だった。
「それでは読みますね、タイトル、血を啜りながらも生きる猫」
その絵本のタイトルは幼児に読み聞かせるにしてはあまりにも殺伐としたタイトルであった。
「むかしむかし、小さな小さな猫が居ました」
「小さな小さな猫は大きな猫と旅をしていました」
冒頭は猫が2匹冒険する描写が書かれている。
「小さな小さな猫は大きな猫に守られながらいろいろな山や洞窟を探検しました」
「ある日少し大きめの洞窟を発見し大きな猫は言いました「ここにはお宝があるかもしれないから探検しよう」」
「しかし小さな小さな猫は何か嫌な予感がして反対しました「でも危なそうだしやめておこう?」」
「大きな猫はその言葉を聞かずに小さな小さな猫を引きずって洞窟の中に入ってしまいました」
絵本には小さな猫の襟首を掴んで引きずる大きな猫の絵が書かれていた。
その様はまるでマリアに引きずられるヴィンセントのようであった。
「は~は!」
「ふふ、確かにヴィンセント様見たいですね。」
リオンはその様子がヴィンセントに似ていたためパパだ!とはしゃいぎ、マリアは確かにその通りだと笑みをこぼした。
「大きな猫は洞窟を進んでいきます」
「小さな小さな猫は「やっぱり戻ろうよ」と大きな猫に話しかけます」
「しかし大きな猫は「そろそろお宝がある気がする!」と話を聞いてくれません」
猫たちは洞窟の中をどんどんと進んでいく。
「やがて洞窟の奥に大きな影が見え始めました」
「大きな猫は「やった!お宝だ!」そう言い歩く速度を早めました」
絵本には大きな影へ走り寄っていく大きな猫の絵が書かれている。
「しかし、それはお宝ではなくとても大きな熊でした」
「う~?」
絵本はここからとても絵本とは思えないような展開を迎えていく。
「熊を見た猫たちは固まってしまいました、すると熊が起き大きな声で吠えました」
自分の巣へ入ってきた侵入者を許さないといったような風貌の熊が吠えている。
「猫たちはその声を聞き動けなくなってしまいました」
「そこへ熊がのっしのっしと近づいてきます」
「そして大きな猫の近くへ来たとき、大きな猫へ向かって大きく手を振りかぶり攻撃をしました」
熊の攻撃を受けた大きな猫はそのまま洞窟の端へ転がっていく。
「小さな小さな猫はそれを見て大きな猫の方へ走り出します」
「「大きな猫っ!大丈夫っ!」そう叫びながら走りますが、熊は小さな小さな猫目掛けて走ってきます」
「大きな猫にたどり着いた時、その壁に穴が空いていることに気が付きます」
そう、大きな猫が吹き飛ばされた壁にちょうど猫が入れるくらいのスペースが空いていた。
「小さな小さな猫は大きな猫を引きずりながら穴に入っていきます」
「熊の体は大きいのでその穴に入れませんでした」
「何とか二匹は逃げることが出来ました」
普通の絵本であればここからハッピーエンドに向かうのだがこの絵本は違う。
「小さな小さな猫はホッと一安心し大きな猫に話しかけます」
「「な、何とかなったよ、ここからどうにかして逃げよ?」」
「しかし大きな猫から返事はありません、それどころか体から血が流れ続けていました」
最初に熊の攻撃を受けた大きな猫はすぐに死ななかった物の、既にどうしようもないほどの大きな傷を負っていた。
「そこで大きな猫が気が付き、小さな小さな猫に話しかけます」
「「ごめん、僕はもう駄目だから君だけでも生きてくれ」」
「その言葉を最後に大きな猫は死んでしまい、小さな小さな猫は泣き続けます」
「それから何も飲まず何も食べず三日が過ぎました、このまま何も食べたければ小さな小さな猫も死んでしまいます」
大きな猫に寄り添う小さな小さな猫、何もすることが起きずとも時間だけは進んでいく。
「小さな小さな猫は大きな猫の言葉を思い出します」
お前だけでも生きろという言葉と共に大きな猫は死んでいったことを小さな小さな猫は思い出す。
「「お前だけでも生きろ」、その言葉を胸に喉の渇きを潤すために大きな猫の血を泣きながら飲みます」
「それから何日かったかも分からないある日、穴の外から大きな戦闘音が響いてきます」
穴の外から甲高い金属の音や熊の鳴き声が聞こえる。
「しばらくするとその音は止みました、気になった小さな猫は穴の外を見に行きます」
「すると一人の人間が熊を倒していました」
熊は人間に剣を突き立てられ死んでいた。
「その時人間が小さな猫に気が付きます」
「「君もこの熊に襲われたのか?」」
「人間はこの熊が襲った村の依頼を受けた冒険者でした」
実はこの熊は今まで色々な村を襲っていた魔物であった。
「人間は小さな猫が血濡れであることに気が付き、「大丈夫か?」と問いかけながら近づいてきます」
「小さな猫は人間が近づいてきても逃げずにその場に居ます」
「そして人間は荷物からタオルと水を取り出し小さな猫を拭いてくれました」
「人間が問いかけてきます、「俺と一緒に来るか?」」
「猫は答えます、「一緒に行く」と」
小さな猫は支えとなるものを無くし、寂しく誰かと一緒に居たかった。
そして次は誰かを守れるように強くなりたかった。
「人間は答えます、「じゃあ、一緒に行くか」」
「そうして人間と小さな猫の新たな旅が始まりました」
「小さな猫は人間の相棒として末永く幸せに暮らしましたとさ、おしまい」
「あう~?」
絵本が読み終わるとリオンはマリアを見上げる。
「...やはり今読んでもとても子供向けの絵本とは思えませんね」
「あ~あ~」
実はこの絵本にはどんなに辛くとも生きていれば良いことがあるという意味が込められているが、それを子供に伝えるとはいえ中々にハードな内容であった。
「あー!あー!」
「リオン様どうしたのですか?」
リオンが本の方を見ながら少し暴れ始めたためリオンに本を寄せる。
するとリオンは猫の絵を見ながら笑顔になった。
「きゃっきゃ!」
「リオン様は猫が好きなのですかね?」
マリアはほほ笑みながらリオンのことを眺めていた。
童話って書くの難しいですね




