1,やっちまった(4)
しかし、これといって見当のつく場所は見当たらない。仕方なく来た道を戻って外を探索しようとしたところ、唐突に、目の前に非常階段という白い扉が現れた。
上の非常口と書かれた蛍光灯には、いつも通りの緑のアイツが電子の箱に囚われていた。コイツはいつになったら本当に逃げ出すことができるのか。勇猛果敢な脱出劇を見てみたいものだ。
その白い扉は重い雰囲気を醸し出していたが、その圧に全く気付くことができなかった。少しだけ期待を込めてドアノブに手をかけまわしてみると、期待道りにまわってくれた、そりゃ気づかれないわと思うほどの見た目以上の軽いドアであった。見てくれで判断するなというごもっともなことを、まさか無機物に教えられる日が来ようとは。てか、俺がそのいい例じゃねえか。ブーメラン帰ってきて両目に突き刺さったわ。
外へと通じた重軽扉は、別校舎の壁際にへばりついている黒い鉄の階段へと続いていた。二階からの景色は、屋上のものと比れば下位互換であったが、それでも十分な高さを保っている。すぐ隣は植林のように等間隔で木々が植えられており、ギリギリこの高さには届いていなかった。
おお、ここはいいんでねえかい?
階段は一階から屋上まで続いていたが、屋上はそもそも落下防止の柵が張られており眼下を見下ろすことはあれど直下を見下すことはできないような仕組みとなっていた。一階は機能を全てはく奪された古の文明の利器、焼却炉が、みすぼらしく置き捨ててある。流れた年月を表すように塗装は完全にはがされており、草が生い茂る幻想なものへと変貌していった。時の流れは残酷で美しいものである。その場所が未開拓地であることは見れば明らかであった。
俺は階段を7段ほど登って、途中の段で腰を落とす。そして、久しぶりの娑婆の空気を思いっきり吸い込み吐き出した。
「ここに決めた! てかここ以外もうない!歩くの疲れたしダリいしめんどい!・・・ちょっと休憩してから帰るか」
歩き疲れた体を重力に預け、呑気に歌なんて歌いながら澄んだ青空を見上げていた。時たま風が吹いて、桃色の斑点が宙を彩る。
中学の頃、部活が強制だったため一番楽できそうな場所を探し求めていたら合唱部にたどり着いた。優しそうな顧問に少数の部員。そして透き通る歌声。音楽全般嫌いではなかったため即決でその部活に入ったのだが、俺から言わせれば、あれは確実に罠だった。内心やる気ゼロの人間がやる気千度の熱機関に放り込まれると、温度差が激しすぎてひび割れる。つまり、めちゃめちゃガチ勢の集った熱血集団であったのだ。見た目と中身の違いなんてずっと体現しているにもかかわらず、やっぱり騙されるのは、俺もそんな人間だからだろうか。
という訳で、三年間みっちりしごかれて部活が嫌いになった。
だが、合唱自体は嫌いではなかった。歌うことは純粋に楽しかったのだ。楽しかったから、楽しいままで、本気にはなりたくなかっただけなのだ。
なので俺は、一人になると自分でも無意識に歌を口ずさんでしまう。以前の習慣が残っているといえばそれまでだが、身に染みてしまったものはしょうがない。それに、普通に気持ちがいい、気分がいい。俺は、これだけは、なんの偏屈もなしに好きだと言えるだろう。
その姿は青春真っただ中の学生そのもので。俺はそれを認識できずにただ、好きだと謳い続けてた。
多分、そんな俺らしからぬことをしでかしたから、あんなことになっちまったのだ。