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表裏別体の君へ  作者: いかゲソ
3/6

1,やっちまった(2)

 


 「あら、もうこんなに仲良くなってるの?」

 来たあぁぁぁぁ! 


 スローモーションで降りてきた蜘蛛の糸に縋りついて高校初めてのホームルームとやらが始まる。普通に朝の会とかでいいと思うのだけれど。なぜ日本人なのに外国語の言葉を多用するのか理解不能。あいきゃんとあんだーすたんど。・・・合ってる?


 「はい、静かにしてくださいね。それでは改めて、入学おめでとうございます。一年一組の担任を勤めることとなりました。天道陽子(てんどうはるこ)といいます。あなた達の一年間を大切にしていきますので、なにとぞよろしくお願いしますね」

 お天気お姉さんのような名前と容姿と雰囲気。ベージュのスーツ姿、柔らかそうにうねる茶色の髪、ほんわかとした雰囲気を醸し出す俺の一年間を握っている人物。

 だが、俺にとっては良くも悪くも他人という時点でどうでもいい。こちらに害を及ぼさなければそれでいいのだ。


 「じゃあ入学初日ということで、皆も先生も顔と名前が一致していないと思うし、やっぱりここは手っ取り早く自己紹介をお願いします! 名前はもちろん、特技、趣味どっちでもいいですよ。あとは、好きな食べ物とかかな? じゃあ出席番号順で、どうぞ」


 この恒例イベントを強制終了できる裏コード急募。

 必要なことだとは認識しているが納得はしていない。自己紹介、それは俺にとって己を曝け出し、仲間を増やしていくというRPG御用達仲間募集の酒場ではない。いかに己に興味を失くさせ、円滑に物事が進むレベルの人間関係を築けるかの瀬戸際なのだ。人間性が出る公開晒し首。あと、シンプルに大勢の前で話すというこの苦行が嫌だ。全員ブロッコリーになれ。


 とかなんとか考えているうちに、もう俺の座っている廊下側まで進んでいた。しまった、全くと言っていい程聞いていなかった。普通にごめん。


 「はい、ありがとう。まさか牧草ロールを作ることが趣味だなんて驚きだわぁ。じゃあ次の人」


 待て待て、なんだその特殊趣味。牧草ロールってあれだろ。だだっ広い圃場に転がってる牧草のトイレットペーパーみたいなやつ。あれをどうやってつくんだよ。てか農業高校でもそんな奴いねえだろ。農業科行けよ。普通科だぞここ。

 先生のスルースキルも高すぎる。よく呑み込めたな、少しは悪ふざけに乗ってあげろよ。


 「はい! えっと、俺は帆青春樹(ほせいはるき)って言います! 中学校の頃からアオハルって呼ばれていました。その名に恥じない青春を皆と送りたいと思ってるんで、これから一年間よろしくお願いしやす! ・・・あっと、趣味も特技も野球なのでもちろん野球部に入ろうと思っています! 好きな食い物はラーメン、以上っス!」


 絶対関わってはいけないクラスメイトナンバーワン候補が現れた! 

 さっきガヤガヤとじゃかあしかった集団の真ん中にいたやつである。爽やか短髪黒髪少年、正しく名前に負けず劣らずの青春の権化みたいなやつ。きっと、青い春風邪を引かせるであろう病原菌。・・・ひねくれた言い方をしているのは承知の上だ。だが、一介の新入生(じゃくしゃ)の戯言だと認識してくれ。

 俺にその春風邪が移れば、間違いなく窒息死してしまうほど咳き込んでしまうだろう。己の体はかわいいものである。つまり、この悪口は自衛のためと弁明しておこう一応。


 「はい、ありがとう。いい青春が送れるように、先生も応援していきます。では、次の人」


 そして、着々と流れ作業は流れていく。

 死刑執行までの猶予はあと数分ぽっち。

 悪態ばかりが頭に浮かんで、肝心要の自己紹介文は一文字も浮かばない。あぁ、終わった。語彙力の問題ではなく、思考を別の世界へ移しているから、現実に引き戻されたときのラグがすごいのである。いわゆる妄想癖なのか、単純に集中力にかけているのか。恐らくその両方だろう。ほら、また別のことに意識を持って行って、現実は次の番へと迫っていることに直視していない。


 「はいありがとうございました~。 じゃあ次の人、どうぞ」


 ああああああああ、もうどうにでもなれー。


 「はい、えぇと、望月望(もちづきつき)といいます。えっと、趣味とか特技とかは、特に、ありません。好きな食べ物は、あー、チョコとかですかね。以上です」


 くっそみてぇなどん詰まり自己紹介。

 さっきまでの威勢はどこへやら。どうにでもなったっちゃあなったけれど、心の中で完結している人間にとって、外側に向ける言葉などどこにも存在しないのであるということで、自身の口下手かつ挙動不審を弁護する。

 あぁ、虚しいことこの上ない。


 「あら、珍しい名前ですね。のぞみと書いてつきと呼ぶなんて。でも最近の子は当て字が多いから、そういう名前も普通になっているのだろうけど、名前通りに呼べないから先生も困っちゃうの」


 はいはい、そうですねそうですね。僕もそう思いますで候。

 愛想笑いでその場を乗り切りイベント進行を促す。俺の名前にひそひそと話す声は聞こえたが、俺自身に興味を持ったやつはいないようだった。終わりよければオールよし。


 そして、自己紹介という神経逆撫で案件は無事終わり、次の日に向けて解散となった。

 先ほどの青風邪野郎がクラスメイトを引き留めていたが、聞こえないフリで押し通して廊下へと逃げる。俺と同じ考えを持っているアレルギー体質の方々も数名、聞こえないフリで足早に帰っていった。そして俺は、緊急クエストを開始する。


 【ミッション! 安息の場を求めよ】


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