中古別荘、あじさい亭へようこそ! 4人のダメで愉快な大人たち
その物件は格安だった。
駅からバスで10分。
2階建て、8LDK。
価格は何と、400万円。
しかも、土地付き。
今日も残業でウンザリしていた、佐藤めぐみは飛びついた。
「なにこれ!? こんな物件有るの?」
隣で寝ていた夫の良太を起こし、Webの物件情報を見せた。
「へー。安いね。これなら買えそうだね」
「うん、これで私たちの夢が叶うよ!」
「ああ、一度見に行ってみようか」
こうして、二人は資料請求のボタンをタップした。
そして、三年が過ぎた。
買い取った中古旅館、あじさい亭は何とか低空飛行ながらも黒字を出していた。
2階建ての二階部分には、ルームシェアで二人の住人がやって来ていた。
一人は60才の男性、元タクシー運転手、現個人タクシー運転手の谷義男。もう一人は、現役音楽系ユーチューバー伊賀川優。
一階部分は部活の合宿などに使われた。
食事は提供せず、台所を使わせるスタイルだった。
「それじゃ、行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい」
めぐみは良太にキスをした。
「それじゃ、今日も稼いでくるか」
めぐみは派遣の美容部員として働いていた。
一応、定期収入が欲しかったからだ。
保険にも入りたい。
一方良太は、家の掃除を始めた。
一階は、今はお客さんがいない。
4LDKを一人で掃除するのは最初は手間取ったが、今ではお手の物だ。
鼻歌交じりで箒がけしていると、伊賀川が起きてきた。
「おはよう、良太さん」
「おはようございます、伊賀川さん」
「コーヒー飲む?」
「ありがとうございます」
伊賀川は、台所に行ってインスタントコーヒーを二つ入れた。
「はい、50円」
「金取るのかよ!」
良太がいつも通り突っ込むと、伊賀川は「良いタイミングだ」と笑った。
そうこうしてると谷も起きてきた。
「おはよう、良太さん」
「おはようございます、谷さん」
「わたしもコーヒーいただこうかな」
そう言って、台所へ行き、自分のマグカップにコーヒーを入れた。
「お茶にしませんか?」
「そうですね」
良太は掃き掃除を終えると、箒を棚にしまった。
三人は二階のロビーに腰掛けて、コーヒーを飲んだ。
「それにしても、月々の家賃が1万円とは安いですよね」
伊賀川がそう言うと、谷が付け加えた。
「ぼろいけどな」
三人は静かにコーヒーをすすった。
鳥の声がうるさいくらいに聞こえてくる。
「朝ご飯、作りますか? ハムエッグとトーストくらいですけど」
「いいですね。お願いします」
「ワシもお願いします」
良太は笑顔で二人に手を差し出した。
「一人、100円ね」
「金、取るのかよ」
良太が食事を作る間、伊賀川と谷は話をしていた。
「最近創作活動はどうなんだ?」
「良い感じですよ」
「そうか。伊賀川も仕事してるなら、ワシもたまには駅まで仕事に行くか」
「良いんじゃないですか?」
話しているうちに良い匂いがしてきた。
良太が食事を運んできた。
「はい、100円」
「はい、どうぞ」
三人分のベーコンエッグは、卵が半熟で、ほかほかと湯気が立っていた。
「良いね。美味そうだ」
「良太さんは、料理上手ですね」
「だいぶ鍛えられました」
三人は仲良く朝食を取った後、それぞれの仕事に向かっていった。