過程がどうあれ結果が変わらないと推測される恋物語
俺こと結城 昌平がサッカー部の練習中にアキレス腱を切ったのは高校一年の5月の時だった。
景気良くパチン!!と音を立てて切れたことと、あの激痛を今でも鮮明に覚えている。
幸いにもサッカー部の次期エースストライカーに成る予定も無かった補欠要員の俺なので、早々に部活を辞めてしまい。青春時代の自由と暇な時間を手に入れた。しかし誤算だったのは、俺の友達が皆部活に所属しており、俺は放課後になると一人ぼっちで退屈になるのである。
寝るのが好きなので、家に帰ってゴロ寝出来れば良かったのだが、同じ部屋の中学二年生の妹がギャーギヤー煩いのでそれも叶わず。ある日、俺は眠りの安住の地を求めて放課後の校舎をウロウロしてみた。
教室で寝ていたら先生が注意するだろうし、寝るのにベストな図書室は放課後になると扉に鍵が掛けられるし、どうしたものかと考えていると、教室棟の三階の隅に"第二図書室"なる小さな部屋を発見した。
どうせ鍵を掛けられているだろうと踏んだのだが、引き戸の扉は意外にもガラガラと開いて、簡単に中に入ることが出来た。"第二図書室"の中の東と西の両サイド本棚に囲まれており、天井には大きなエアコン、北側の大きな窓のブラインドから漏れる光、その光が当たる中央の長机と、パイプ椅子に座った後ろ髪を二つの長いおさげに結んだ本を読む眼鏡少女。これがこの部屋の全てだった。
「結城君?どうしてここに?」
「い、いやぁ、なんとなく。」
眼鏡少女の正体は同じクラスの綾辻 緑だった。地味で目立たないクラスに1人は居るって感じの女子である。
「お前こそ何でここに?」
俺がそう質問すると、綾辻は本を置いて少し困った顔をした。
「い、一応先生に許可は取ってるんだけど、この部屋を掃除する代わりに放課後の学校が閉まる時間まで自由に使って良いって。」
なるほど、少し困った顔をしたのは、それが公式なものでなく、先生一個人との約束だろうな。しかし、エアコンまで付いてるとは寝るのに好都合な部屋である。交渉してみる価値はあるな。
「あの、綾辻。俺も掃除手伝うからさ。この部屋使わせてもらって良いか?」
この俺の提案に、綾辻は分かりやすく難色を示していたが、暫くすると渋々ながら「先生に聞いてみます」と言った。
こうして先生の許可を得て、俺は睡眠の安住と地を手に入れた。エアコンもあるし一年中快適に昼寝が出来るぜ。何でもこの部屋は貴重な本が保管するためにある部屋らしく、眺めると英語の背表紙の何だかよく分からない本が並んでいた。おそらく卒業するまで何の本か分からぬじまいだろうが、高い物に囲まれて寝るのも、気分が良い気がする。
掃除は週二回行われ、床をはばいたり、本の上の埃を、はたいたりするだけの簡単なものだったので助かった。
俺が寝ている間、綾辻はひたすら本を読んでいる。それで時間が来ると俺を優しく起こしてくれて、必然的に途中まで二人で帰ることが多くなった。会話はあまり無いが、女子と二人っきりで帰れるというのは男子高校生にとっては青春ポイント高めであるからして、正直嬉しかった。
綾辻は地味な少女だが、眼鏡の奥の目はくっきり二重瞼で大きく、目鼻立ちも整っている・・・つまり隠れ美人なワケである。クラスでは大勢で居るせいで分からないが、二人っきりの密閉空間で居るとそれが嫌でも分かる。あと所作も綺麗で無駄がなく、いつも紙パックの牛乳を少しずつ飲む。
あと彼女と二人っきりになって気づいたことはもう一つある。それは彼女の胸が地味に・・・いや、地味ではなく、それは盛大に大きいということだ。
こんなに膨らんでいたのかと、自分の目を擦ってみたが、やはり膨らんでいた。たゆんたゆんである。日々の研究から分かったことだがD以上あるのは明白であり、彼女は間違いなく発育モンスターだ。この大きさをクラスでは隠せているというのだから、地味というのも一種の特技なのかもしれん。
そうなると悶々するのは俺であり、寝る時に綾辻であらぬ妄想をしてしまうこともシバシバあった。そうして三ヶ月もすると今度は自分の気持ちに気づいてしまった。
そう俺は綾辻のことが好きになってしまったのである。だから帰り道に駄菓子屋に二人で寄ったり、スーパーで一緒に買い食いしたりして交流を深めたのだ。その時間は言うまでもなく至福であった。
けれど俺には、休みの日に彼女を遊びに誘う行動力も、付き合ってくれと切り出す勇気も無く、二人の関係は停滞したまま進級し、とうとう一周年を迎えた。
正直、今の関係が壊れるぐらいなら、このまま停滞してても良い気がしていたが、緊急事態が起こった。それはいつものように放課後の第二図書室で二人で一緒に居る時、綾辻から発せられた言葉が発端だった。
「私、実は後輩の子から告白されたんですけど、どうしたら良いですか?」
「マジで凄いじゃん。」
咄嗟にそう言ってみたは良いものの、俺の頭は世界恐慌並みに荒れていた。
綾辻に告白!?綾辻に告白!?綾辻に告白!?
その言葉のみを反芻して、回路が上手く機能しない。どうやら故障したらしい、何方かお医者様は居られませんか?
・・・落ち着け俺、綾辻は確かに魅力的だ。胸もとうとうFに到達したように思えるし、最近ではクラスでも隠れ巨乳、いや隠しきれない巨乳として認定されている。何処ぞのセンスの良い後輩から告白されても仕方は無いだろう。問題は綾辻がそれで付き合うかどうかだ。付き合うならば、この二人っきりでの会合も終わりを迎えるだろう。それは俺にとっては痛すぎる、痛恨の極みである。とりあえず綾辻にその気はあるのだろうか?
「綾辻は付き合いたいの?」
出来るだけ淡白に聞いてみたつもりだが、緊張からか喉が乾いて掠れ声になってしまった。さて綾辻は何と答える。
「うーん、付き合うのもやぶさかではありません。」
やぶさかでは無いの!!ヤバい!!ヤバい!!本当にヤバい!!
こうなると過去の自分の怠惰が恨まれる。どうして停滞を選んだのだ?どうして満天の星が輝く夜空、あの日の帰り道、手を握ろうとしなかった?どうして綾辻の胸が大きすぎてボタンが弾け飛んだ際に理性でブレーキをかけたのだ?どうして、どうして俺は・・・。
過去を後悔してもしょうがないが、もしチャンスがあるならば、必ず俺は掴んでみせる。
その俺の想いに呼応してか、チャンスは突然現れた。
「あっ、でも他の方に告白されたら分かりませんね。」
"ガタッ"
綾辻の言葉に、反射的に俺は椅子から立ち上がり、こう叫んだ。
「告白する!!俺はお前が好きだ!!だから付き合って頂けないだろうか!!」
俺にしてはストレート過ぎる、熱過ぎる、恥ずかし過ぎる告白。
綾辻も俺から色々過ぎる告白をされるとは思っていなかったらしく、両手で顔を隠して「キャー」と言って、そのまま第二図書室を出て行ってしまった。おかげで返事を聞くのに3日も掛かってしまった。
後日談にはなるが、綾辻は実は後輩から告白なんてされては居らず、停滞した関係をぶち壊すための作戦だったらしいのだが、それを聞いたのは、ずーっと、ずーっと、後の話であり。
考えるに、過ぎる告白をしようがしまいが、結果は変わらず、俺が寝ている横には常に彼女は居てくれたのだろう。
お粗末様でした。