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第50話『それでも、未来へ進む物語』

 かの騒動から幾ばくかの日にちが経った。エルはラザリアと共に王都近くの丘を登り、そこから見下ろせる街の情景を涼やかに見ていた。



「――イアンはあの後、騎士たちに連れていかれたよ。裁判にかけて、どうするかを決めるらしい。まあ、貴重な邪教の捕虜とも言えるから、殺されることだけはないだろうが」


「そう、ですか……」


「しばらくは忙しかったよ。騎士たちは私たちにこれでもかと質問をしてきてな。学校も調査のために封鎖だ。まあ、あの損害じゃあ、いずれにせよ授業などできはしなかったがな」


「――そう、ですか」


「悪意に犯された者は全員連れていかれた。当然だな、あっちからすれば悪意は不治の病のようなものなのだから。だが全員問題ないと判明すると全員無事帰されたよ。……こればかりは、幸運だった。あのまま殺される可能性もなくはなかったからな。

 ――どれも、これも。お前がいなければ実現しなかった結果だ。本当に、感謝している」



 エルはラザリアの言葉に返答しなかった。どことなく彼女が、重たい雰囲気を纏っているのを察したからだ。


 どこかスッキリとしているようで、実際には何かが後ろ髪を引いているような。ぬるま湯に浸かるような微妙な空気が、辺りに満ちた。



「――実はな。教職を辞めようかと、考えていたんだ」



 ラザリアが小さく笑いながら空を見上げる。エルは「え」と目を丸くして、彼女の横顔を見つめた。



「この一件は、そも、私が引き起こしたようなものだ。

 自分の持つ価値観を絶対と信じ、それを振り撒き、無自覚に大勢を傷つけた。私のその愚かさの顛末が、これなのだろう。――気高さとは、か。学長の言葉はもしかしたら、私に向けられていたのかもしれないな」



 エルは何も言えなかった。何かを言おうとすると、喉が締まって、声が出なくなったからだ。



「エル。本当に、本当に、すまなかった。私が何気なく吐いた一言が、10年以上もお前を苦しめる鎖になるなんて思いもしなかった。あまりに、あまりに浅慮だ。――こんな人間に、未来を育てる資格などないだろう」



 エルは口をぱくぱくとさせる。水の中にいるかのように胸が苦しい。想いは確かにあるのに、それがどうしても、言葉に出せない。



「――だが、だからこそ、私はむしろ、辞める訳にはいかないのだろう」



 エルはラザリアの言葉を聞き、また更に驚き目を丸くした。



「学長は言っていた。『罪を犯した。なればこそ、未来へ進むべきだ』と。

 ああ、確かにそうだ。ここで私が教鞭を捨てることは、贖罪ではなく責任の放棄だ。ならば、むしろ、捨てる訳にはいかない、と。――今お前の顔を見て、なぜかそう思った」



 ラザリアが言い切り、エルを見つめ微笑む。エルはそれに誘われるように微笑み、そして、右手をすっと、ラザリアへと差し出した。



「――正直な話。僕はあの子の師匠をしているけれど、やっぱり、僕は未熟です。あの子やあなたの方が、きっと僕よりも素晴らしいのだと思います。

 だけれど。どうやら、あなたもまた、まだまだ未熟な所は、あったのだと思います。――一緒に、強くなりましょう」



 ラザリアはキョトンと、目を見開いた。

 しばらく彼女はその手を見続け。やがて、ふっと笑うと、エルの右手をガシリと掴んだ。



「ああ」



 固く手を結び、互いに信頼の証を交わす。


 奇妙な絆だった。あれほど憎み、あれほど蔑んだ相手と今、こうして確かな関係性を築いていることが。


 しかし、2人はそこに疑問を持たなかった。ただ1つ、そこにある確かな感情(かくしん)は、本物なのだと理解していたのだから。


 ――と。



「エルさん!」



 丘の下から、フィオナが手を大きく振りながら近づいてきた。その後ろには、リネアや他のラザリアの生徒が続いている。



「こんなところにいたんですか! ほら、行きましょうよ! 次はどんなクエストをするのですか? 私はどこまでもついていきますよ!」


「ちょ、フィオナさん。意欲的なのは結構ですが、少しは休むことも――」


「だってもう何日も何もしてないんですよ? これじゃあ体がなまっちゃいます! せっかくリネアと並べたのに、また下になるのはごめんです!」



 フィオナが言うと、リネアがくすくすと笑い、「残念だけど、フィオナ。あんたにはまたすぐ勝ってやるから。覚悟しときなさい」と言った。フィオナは「なんだとー!」と言いながら、けらけらと笑っていた。



「――フィオナ」



 と。ラザリアが、フィオナの名を呼んだ。



「――師匠(マスター)


「いや。もう私はお前の師匠(マスター)ではない。ただのラザリア・ヴァーミリオンだ。いや、そんなことはどうでもいい。

 ――強くなったな。本当に」



 フィオナがわかりやすいほどに震え、頬を赤く染めて笑う。やがて彼女はいつもの明るい笑みを全力で浮かべると、「はいっ!」と大声で返事をしてみせた。


 ラザリアは、彼女のそんな表情を見て笑っていた。



「――それはそうと、自分の師以外の者を師匠(マスター)と呼ぶのはやめておけ。それはエルに失礼だぞ」


「え、ええ~。でも、エルさんは自分のことを師匠(マスター)って呼ばないでって言ってたし……」


「それでも、だ。いいな?」


「えー……。……うーん。エルさんは、どう思います?」



 エルは突如話を振られて「えっ」とつぶやいた。エルは目線を逸らしてから、「ええっとぉ」と頬を指先で掻き。



「別に、どうでもいいかな」



 ただそうとだけ伝えた。フィオナはそれを聞き「じゃあ師匠(マスター)は、師匠(マスター)で!」と明るく返した。



「いいのか、エル」


「名前の呼び方くらいなんでもいいですから。まあ、あまりに下品だったりすると嫌だけど」


「お前は本当に、意外と物事にこだわらないんだな」


「父親の教育のせいです」



 エルはそういうとけらけらと笑ってみせた。



「――ああ、そうだ。ラザリアさん」



 と、エルはラザリアに微笑みを崩さずに目を向ける。。



「あなたはさっき、資格がないと言っていました。

 だけど、そんなことはないと僕は思います。だって、あなたの下に今、こうして生徒たちが集まっているのですから。それはあなたが、間違いなく尊敬されている証ですよ」



 エルが微笑み言い切ると、ラザリアは一瞬目を閉じて、また息を吐きながら「ああ」と返した。



「エルさん、エルさん!」


「あー、わかりましたよ、フィオナさん。――では、ラザリアさん、皆さん。僕たちは、これで」


「おいおい、休んでいかないのか?」


「生き方とは清流が如しです。僕たちには、休んでる暇はあっても、止まっている暇はない」



 そしてエルは、フィオナが自らの手を引き跳ねるのに合わせながらラザリアに背中を向けた。



「行きましょう。未来を、造りに」






◇ 言霊の魔造師 第一章 ~fin~ ◇

キンブリ「教育とは魂の継承です。あなたたちの行動が、先行き道を示した人々の証明になり、あなたたちの生き方が後に続き時代を作る未来の形になります」


ぼく「うっひょおおおおおおおwwwwwぽっちゃり黒髪眼鏡娘めちゃシコだぜえええええwwwwwww」(シコシコシコシコ)



先祖代々の涙の音が聞こえる。未来? あ、末代なんで……。

あと誰だキンブリーを黄金糞(キンブリ)って言った奴。俺だわ。



とまあ最後の最後で余韻があるかはさておきをぶち壊して。

今までご愛読ありがとうございました。言霊の魔造師は、ひとまずとはいえ第一章完結をもちまして連載終了です。


個人的には好き勝手できたのでそれなりにはまあ楽しかったな、と思います。書きたいものを書けるのが趣味の特権ですね。

とにもかくにもありがとうございました。また別の作品を書いた時に出会ったら、その時はよろしくお願いします。


……あとがきの更新が遅れたのは、仕事の都合でいじってる暇がなかったからです。ごめんなさい。

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