第31話『調査隊』
エルたちがチェイン・アームズで暮らしはじめてから2日ほどが経過した。
エルは現在、構内の会議室にいた。本来月1程度で教員が集まり、様々な情報を共有するための場所なのだが、今集まっているのは教員ではなく、王城から送られてきた騎士たちであった。
大きな円卓に座った重厚な雰囲気を醸す騎士たち。エルはその威圧感に圧倒され、ラザリアの隣で情けなく震えていた。
「……エル、落ち着け」
「は、はいいい、落ち落ち着いてててて……」
「お前は本当、情けないのか頼りになるのかわからん男だな」
ラザリアがため息をつく。エルは「すみません……」と呟きながらおずおずと下を向いた。
「――さて」
と、集まった騎士達の1人――赤黒い短髪の男が、円卓に肘を置いて話の口火を切った。
「まだ人員は一部足りていないが、話をさせてもらう。私は今回この調査隊を取り仕切ることになった聖騎士、リガロ・アルファルドだ」
リガロと名乗った男はそしてエルたちの方を見た。エルはビクリと震え何も言わずにうつむいた。
「みんな、今回の調査の目的は把握していると思う。あえてもう一度確認すると、人攫いと、その背後にいるであろう邪教たちの手がかりを掴むためだ。そして、人攫いたちのアジト内にて助けられそうな人員がいるなら、その者たちも助ける」
エルはリガロの話を聞きゴクリと唾を飲み込んだ。
エルとラザリアにとって、今回の調査の目的はどちらかというと連れられた人々の救出がメインだ。
フィリアが言っていた『お母さん』を見つけ、彼女の元へ返す。エルは無意識のうちにその1つを意識し、心の中で帯を締め直した。
「さて、目的も確認したので。今回王城にて話し合った作戦について話していく」
と。その時、会議室のドアが開き、体をロープで縛られた男と、それを囲むように連れ添い歩く騎士たちが現れた。
「――イアン?」
エルの隣にいたラザリアがぼそりと呟いた。エルは縛られた男の顔に見覚えがあった。
そうだ、あの男は――あの時自分たちと戦った男だ。人攫いの中にいた、謎の水晶を使い自分たちへ攻撃した。エルは騎士たちが、なぜ彼を連れてきたのかを疑問に思った。
「遅いぞ、何をしていた」
「はっ! 些か準備に手間を取りまして」
「……まあいい。ひとまず、その男を座らせろ」
「はっ!」
騎士たちが敬礼をし、ロープで縛られたイアンを椅子へと座らせた。イアンは「やめろって」と悪態を吐きながら渋々と座り、そして面倒臭そうにため息をついた。
と、イアンがこちらを見つめてきた。正確に言うなれば、彼が見ているのはエルではなく、その隣にいるラザリアだった。
「――へへ、お久しぶりっすね、師匠」
「――ああ」
ラザリアはふざけたように笑うイアンにただ一言、表情を変えず返した。
「さて」
リガロが声をあげ、立ち止まった話の続きをまた始めた。
「人員も完全に揃ったところで、作戦の概要を説明していく。
と言っても、内容は極めてシンプルだ。人攫いのアジトを見つけ、それを叩く。奴らのアジトを見つけ出すために、この男を利用する。以上だ」
エルは「はっ……?」と思わず声を出してしまった。途端、隣のラザリアが立ち上がり、「待ってくれ」とリガロに突っ掛かった。
「そんなものが作戦だと? お前たちは一体何を話していたんだ? 大体、アジトを見つけるために人攫いを利用する? ……そんな簡単に物事が運ぶわけがないだろう」
「だが、現状情報が少ない。我々にできる方法は、これしかない」
「――ではまず、人攫いたちから情報を聞き出すことが重要なのではないか? それをたかだか2、3日の話し合いでこうも重要な決断を――」
「できれば我々もそうしたかった。だが、できなかったのだよ」
「どういうことだ?」
ラザリアがさらに追求する。エルはリガロの次の発言を待ち、彼を訝しむような視線を向けた。
と、リガロは一度大きく息を吸うと、やがてため息をつき、やれやれと言った感じで首を振った。
「人攫いたちは――皆、自分たちのしたことを忘れていた」
「なにっ――?」
「いいや、もっと正確に言おう。――人攫いは全員、『気が狂っていた』」
エルは思わぬ回答に「なっ」と声を漏らした。ラザリアが「なんだと……?」と呟き、後ろへと足を下げ、椅子をガタリと倒す。
「会話をしようにも言葉を話せない。ただ赤子のように、あー、うーと繰り返すだけだった。どうやら、強い『悪意』に当てられていたらしい。まあ、あの仮面が大方の原因だろうがな。その中で唯一、まともでいられたのがこの男だけだった」
リガロはそして、面倒臭そうに辺りを見回すイアンに顔を向けた。
「現状唯一の情報源となるのは、この男以外に他ない。よってより確実にアジトへ辿り着けるよう男に同行を……」
「なぜだ、それならばコイツから情報を聞き出せば良いじゃないか」
「一人から聞き出した情報程度で位置を特定するのは難しい。男を同行させてより確実にアジトを特定すべきだ、との指示でな」
エルはリガロの言い回しに不穏さを感じた。
つまるところ、リガロはイアンの同行を指示したわけではない。別の誰かが、彼にそう指示を出したということだ。エルは疑問が頭に湧き出た直後に、
「誰の指示ですか?」
立ち上がり、リガロに迫るように問い詰めた。
「まともに考えてリスクが大きすぎる、それこそ逃げられでもしたら僕たちは永久にアジトの特定なんかできない。誰ですか、そのバカバカしい指示を送ったのは」
エルは腹に確かな怒りを孕んでリガロを睨みつけた。
この作戦にはフィリアの母親の命がかかっている。だとするならば、絶対に失敗するわけにはいかない。エルの頬を一滴の汗が伝い、するとリガロは、エルに応えるように睨み返し。
「王たちの決定だ。王たちは話し合った結果、この作戦で動くよう我々に指示した」
「――! まさか、王様の決定だから従うしかないとでも言うのか?」
「それが我々の役割なのでな」
エルは直後、呆れた表情を呈したリガロに声を詰まらせてしまった。
――なるほど。彼もどうやら、自分が指摘したことをよくよく理解した上でこれを飲み込んでいるらしい。
騎士たちはつまるところ、王たちの下に位置する軍だ。故に上からの指示には従うしかない。
現場を理解していない上層部の勝手な決断に振り回される。このような三角形状の組織にはよくあることだ。エルは彼らの事情を察した瞬間、なにも言えなくなりすごすごと椅子に座り込んだ。
――問題ばかりの組織構造だな。エルは内心で吐き捨て、親指の爪を強く噛んだ。
「さて、話を続けるぞ」
リガロがそんなエルを横目で見、構わないと言った様子で話を続けた。
「――ラザリアさん」
エルは押さえつけた憤怒を溢れさせながら、隣にいるラザリアに小さく声をかけた。
「この人達に任せちゃあダメです。付いてはいきますが、あくまで僕たちは、僕たちだけで動きましょう」
「ああ、それがいいな。――聖騎士とは言ったものの、どうやら、期待外れだったようだな」
ラザリアがエルに賛同する。エルは彼女が自分と同じ考えなのを確信すると、これからどうするかを黙々と考え始めた。