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19話『努力と成果』

 フィオナの指導が始まってから1週間ほどが経過した。エルはフィオナが持つ『魔力を視る』という能力を得るために、フィオナは魔力のコントロールを身につけるために各々訓練に励んでいた。


 1週間の間で、エルはフィオナの言う『目を凝らす』というのが、とどのつまり『魔力を目に宿すこと』であると理解した。ならばあとは、魔力を上手くコントロールし、目にそれを移動させるだけ……なのだが、それがエルにとってはどうにも難しく、結果が出ないことに焦りが募るばかりだった。


 日は傾き、もう少しで夜が訪れる。エルは『今日もダメだったか』と、ふと諦めたような気持ちになった。



「フィオナさん。もうそろそろ夜になりますので、今日はこの辺にして――」



 ふと。エルはフィオナが、ほのかな光を帯びていることに気がついた。


 体からうっすらと膜が見える。それは陽炎のように淡いものだったが、しかしエルは、それをハッキリと視認する事が出来た。



 ――まさか。エルはもう一度『目を凝ら』し、フィオナを集中して見つめる。と。



 フィオナの全身から溢れる光が――特に『目』へと集まっていた光が、ゆっくりと彼女の『手』へと移動していた。



 あっ、と思わず声が出そうになった。しかしエルは口を押さえ、なんとかその声を殺した。

 今ここで不用意に音を立てると、彼女の集中を削いでしまう。エルはそう判断し、ゴクリと唾を飲み込んだ後、フィオナの様子を見守った。



「エル、さん……私、な、なんだか……いけそうな気がします……!」



 フィオナの顔に汗が滲む。エルは気付けば手汗だらけの手を握りしめていた。



 フィオナのオーラが高まる。彼女の手に集まった光が一際強い輝きを放ち、周囲の空気が震え始める。そして、



「『――吹き飛べ』!!!!」



 フィオナは手の平を目前のかかしに向けて叫んだ。


 瞬間、フィオナの手の平に集まっていた光は、視認できないほどの速度でかかしへと飛んでいったかと思えば、かかしは勢い良く吹き飛び、空高くへと飛び上がった。


 さながら龍が横薙ぎに振った尻尾に激突したかのようだ。エルは、初めて“言霊”という魔術を扱ったはずのフィオナが、それほどまでの威力を叩き出したことに思わず目を見開いた。



「……す、すごい……」



 ゾクゾクゾク、と、背中を期待が走った。自然とエルは口角を吊り上げ笑い、空高くで衝撃に打ち負け壊れていくかかしを見つめていた。



「フィ、フィオナさん!」


「あ、え――う、うそ……わた、私、やったの……?」



 フィオナは未だ現実を認識できていないようだった。エルはゆっくりとフィオナに近づき、優しく微笑みながら言った。



「おめでとうございます、フィオナさん。今のは間違いなく、成功でした。フィオナさんは、自分の魔力をコントロールしたんですよ!」


「あ、私……わた、し……」



 途端、フィオナは目に涙を浮かべ、それをゆっくりと溢した。



「やった……! 私、私、魔術を使えたんだ――!

 ありがとうございます、エルさん。あなたが、あなたがいなければ、私――私――!」


「何を言っているんですか。あなたの頑張りじゃないですか。本当に、本当によく頑張っていただけました……!」



 エルは笑い、フィオナが泣くのを見て、思わず自分も目に涙を浮かべてしまった。



「――見てください、フィオナさん」



 エルはそして、遠い地面に打ち捨てられたかかしを指差す。



「アレはあなたの力と、そして何より、努力が出した結果です。この1週間の努力じゃない。あなたがこれまで何度転び、何度唾を吐かれようとも走ってきた、今までの全ての結果なんです。

 あなたの人生の全ては、決して無駄ではなかった。あなたは自分の人生をかけて、この成功を導いたのです」



 フィオナがこちらを見つめる。エルは強い意志を感じられるその瞳にまた笑い。



「まだ大きな成功とは言えないかもしれない。ですが、これからです。これからなんです。あなたはまだまだ成長できる。あなたはまだまだ、成功を収められる。今あなたの目の前にある物こそが――あなたの、未来。あなたの希望なんです」



 フィオナは飛ばされたかかしを見つめる。彼女は一度大きく息を吸うと、「はい!」と一言叫んだ。



「僕はこれからも、あなたのお手伝いがしたい。あなたの見つめる未来が、希望が、あなたという人をどう育てていくのかが見たい。よろしければ――」


「お願いします。私に寄り添って、私と並んで――そして、私に教えてください。

 ……本当に……本当に、私、よかったです。エルさんと出会えて――エルさんが、私の師匠になってくれて」


「お礼を言うのはこちらの方です。ありがとうございます、僕なんかについてきてくれて。

 僕はまだまだ未熟です。だから僕も、あなたから学びます。これからも、共に歩みましょう」


「はい、はい……!」



 フィオナが泣き、笑う。エルは彼女を笑顔にできたことを、誇りに思った。



◇ ◇ ◇ ◇



「さて、フィオナさん。今日は本当に、よく頑張りました。あなたの成果を祝して、今日はちょっと、贅沢をさせてあげようと思います」



 フィオナ・レインフォードは机の上に並べられた豪華な食事を見て、「ふわわわわ……」と思わず声を出してしまった。よだれが溢れ、食欲に体がうずうずとする。


 フィオナはその日の夜、エル・ウィグリーに『今日は初めての成功を祝いたいので、一緒に食事でもどうでしょうか』と誘われた。

 特段用事はなく、またせっかく彼から受けた厚意を無駄にしたくはないという気持ち(そしてタダでご飯にありつけるというある種の卑しい思い)もあり、フィオナはその誘いを『はい!』と快く受け止めた。


 現在は、町ではそれなりに大きい飲食店に来ている。フィオナは一度ゴクリと喉を鳴らし、そしてエルの顔色をちらりと伺った。



「あ、あの、本当に、食べていいんですか?」


「ええ。というか、僕が食べて欲しいのです。今日までの苦労は本当に、本当に大変だったと思います。少しくらいは労ってあげないと、なんというか、僕の腹の虫がおさまらないんですよね」



 エルはそう言い笑う。フィオナはしみじみと、『ああ、本当に、この人を信頼して良かった』と感じた。



「――あ、ああ」



 エルが突然何かに気付いたかのように呟いた。フィオナが「どうかしましたか?」と尋ねると、エルは突然おずおずとうつむき、いつものように吃りがちな声でぶつぶつと言い始めた。



「い、いえ、そそその、ぜ、ぜ贅沢させてあああげたいとか、労ってあげないととか、その、失礼だったなって……」


「えっ、そんな細かいところ気にしてたんですか?」


「ご、ごめんなさい。その、言葉の綾で、つい。ふ、不快にさせて、なければ良いのですが……」


「ぶっちゃけ言われるまで気付きませんでしたし、気付いてなおなんとも思ってません。

 ……んー。その、凄く私の口から言うのはアレなんですけど、えっと、エルさんは、もうちょっと自信をつけたほうがいいかもしれませんね」


「あ、あああはい。ごめんなさい、気をつけます」



 そう言うところ、なんだよな。フィオナは「たはは」と苦笑してしまった。

 確かにエルのこの病的なまでに自信がないことは、間違いなく【望ましくないもの】だろう。だがフィオナにとっては、もはやそうした自信のないエル・ウィグリーまでもが、尊敬の対象となっていた。

 自信が無いことを良く言っているわけではない。ただその一面までもが、彼の持つ彼らしさなのだろうと捉えられているだけだ。



「ま、まあ、その、そんなことはともかくとして。きょ、今日はとにかく、遠慮しないで食べてください」


「でも、エルさんだってお金無いんじゃないですか? 正直、その、あんな家に住んでましたし。無理なんかしなくっても……」


「あ……じ、実は今は結構お金に余裕があるんです。アングリーベアの素材とか、換金したから……。だから無理はしてないんです。それに、ほら。僕はあなたに喜んで欲しくてこうしているんです。だから、えっと、遠慮はしないでください。

 施しを受けることがマナーになることもあるのです」



 ……なるほど。フィオナはエルが後頭部を掻きながら言った言葉に納得した。


 施しは受けるのがマナー。だとすれば、自分はここでこの豪勢な食事を食べるべき、なのだろう。フィオナは並べられた巨大な肉やサラダ、スープやデザートを見てまたさらにゴクリと唾を飲んだ。



「そ、それじゃあ、遠慮しないで――」



 もはや限界だった。フィオナは目を輝かせ、舌舐めずりをしながら、フォークとナイフに手を取り……


 一心不乱、目の前の料理にがっつき始めた。


 右に左に、前方に、とにもかくにも並べられた食べ物を胃袋に詰め込むような勢いで食べる。


 肉をかじれば次はサラダへ。かと思えばまた肉へ行き、次はスープを飲み。落ち着きを微塵も感じない、上品とはかけ離れた食べ方だった。



 フィオナは口の中の食べ物を一気に飲み込み、そして喉が苦しくなる。「んぐっ」と小さく声を漏らした彼女はそしてコップに注がれた水を飲み、無理強引に食塊を胃袋へと落とし込む。ふと、フィオナはエルの方を見た。



 エルは上品にフォークとナイフを使って、ゆっくりと食事をする。どことなくこちらを見てニコニコと笑っているが、あまりに流麗な所作でそれさえも神々しく見える。途端、フィオナはおずおずとがっつくのをやめた。



「……食べないのですか?」


「あ、いえ、その……私、食べ方きったないなぁって思って。もうちょっとこう、きれいな感じで食べればいいのですけど……」


「ああ、気にしなくていいですよ。食べ方なんて、周りに迷惑をかけないのなら自由でいいと思うのです。むしろ僕は、美味しそうに食べてもらえて満足してます」



 エルはそう言って微笑みながら、上品に料理を口へと運んだ。



 ……そうは見えないけど、やっぱりこの人は、一応は高い階級にいた人なんだな。フィオナはどことなく貴族然とした振る舞いをするエルに、少しだけコンプレックスを感じた。



 ……と。しばらくおずおずとエルを眺めていたら、途端、エルは1度咳払いをしたかと思えば、目の前の料理を次から次へと食べ始めた。


 それはまるで、先程までの自分を見ているようだった。エルは少し顔を赤くさせながら、固い動きで並べられた食べ物を手当り次第口に詰め込む。やがて彼は動きを止め、顔を少し青ざめさせたかと思えば、慌てた様子で水を手に取りそれを一気に飲み干した。



「ゲボ、ゲホゲホ! な、慣れない食べ方って難しいね……」


「何やってるんですか?」


「えっ!? あ、いや、その、なんとなーく、えっと……こ、こっちの方が美味しいのかなって……」



 エルが口角を引き攣らせて笑う。フィオナは『なんですか、それ』と思わず言いかけたが、直前にエルの意図に気が付いた。


 つまり、自分へ気を使っているのだ。


 目の前で上品な食べ方をされると、近くで下品に食べる自分の姿が余計に強調されてしまう。フィオナが無意識に感じたその心情を察して、突然自分のマネをし始めたのだろう。


 それは、どう考えても自分自身が悪いことなのに。フィオナは罪悪感を覚え、少しだけため息をついた。



「……ごめんなさい、エルさん。私に気を使ってくれてるのでしょうが……」


「え、な、なんのはなし?」


「いえ、私の立場からこんなことを言うのはおかしいとは思います。けど、けどですね、わざわざ私の下品さに合わせに行くのは、違うと思うんです。だって、それって私が悪いんだから」


「――」


「だから……」



 フィオナはそう言って、先程のエルのように姿勢を伸ばした。



「教えてください。食事のマナー。ほら、私って庶民じゃないですか。こういうのに疎いんですよね」



 フィオナは笑い、エルを見つめる。エルは少しだけ目を閉じると、「はい、わかりました」と言って、また姿勢を伸ばした。



「えっと、ま、まずは、ですね――」



 そしてエルは、フィオナに『貴族然とした』食事の方法を教えた。最後に、『こんなのは会食の時だけ気を使えばいいんだよ』と付け加えながら。

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