16話『指導開始! 1』
「おはようございます、師匠!」
ラザリアからフィオナの情報を貰い、2日ほどが経ったころだった。エル・ウィグリーは、おおよそ女性の前に立つには適さない、パンツとシャツという格好で部屋の扉を開けた。
現在目の前には、天真爛漫と笑うフィオナ・レインフォードがいる。彼女の背中には大きなリュックが見える。よく見ると少し中身が飛び出していて、着替えや日用品が見えた。
「今日からここでお世話になります! あなたの一番弟子、フィオナ・レインフォード、ただいま推参です!」
敬礼をしてキラリと光る眩しい笑顔。それは、この暗い廊下の中でも光り輝いていて。
「えっと、フィオナさん。……今、何時ですかね?」
「朝の3時です!」
それは朝って言わないんだよ。エルはそんな気持ちを飲み込んで、「あはは」と笑った。
◇ ◇ ◇ ◇
「ご、ごめんなさい! やっぱり朝は早い方がいいかな、でも師匠が何時に起きるか知らないしなって思って、ついこんな時間に……」
「いや、わかってくれればいいんですよ。……この件に、ついては」
しっかりと服を着たエルは苦笑いをうかべた。そう、この件については、今後気をつければそれで良い。それだけなのだ。
問題は、目下に見えるそれ以外の件についてだ。
「えっと、フィオナさん。その荷物は?」
「はいっ! やっぱり一番弟子足るもの、師匠とは着かず離れずいるべきかな、と! その生き方から様々なことを学べるのです、やはり全てを知っておきたいじゃないですか!」
「ここに住むってことですか?」
「はいっ! あ、師匠は気にしなくていいですよ、確かにちょっと部屋は狭く感じますが、なんなら私は外で寝ますので! その辺りの準備もしっかりとしています!」
「いやダメでしょっ!」
エルは思わず叫んでしまった。
「いいかい、女の子がね、1人でね、10も年上とはいえ男の家に来てるんですよっっ!!! 先日あんなことがあったんですし、尚更警戒心を持つべきですっっっ!!!」
途端、隣の部屋から「うるせぇ!」と壁を殴る音が聞こえた。エルはそれに萎縮し、自然と声を小さくした。
「そ、その、えと、まあ、いいや。それ、で、なんであなたは僕の部屋を知ってるのです?」
「ふふん、私は一番弟子なのですよ? 師匠の家くらい、昨日の夜のうちに調べました!」
「いやおかしいでしょっっっ!!!!」
エルがまた叫ぶと同時、隣の部屋から「うるせぇ、いい加減にしろこのクソ童貞野郎!」と壁ドンが聞こえた。エルは突然童貞をカミングアウトされたことで顔を赤くしおずおずと縮こまった。
「ま、まあ、僕の部屋を知ってるのもいいとしましょう。……その、最後になんですが……師匠とは?」
「だって、私は師匠の弟子なんですよ? 当然、あなたには敬意を払って、師匠と呼ぶべきだって思ったのです!」
エルはそれを聞いて黙り込んだ。やがて「あー」と頬を掻くと、冷静な声でフィオナに諭した。
「ごめんなさい、その、できれば、師匠って呼び方は、やめてください」
「えっ、私もしかして破門ですか!?」
「ち、違います! その、前も言いましたけど、僕は、未熟者なんです。そんな僕が、なんで、人の上に立つような呼ばれ方をされなくちゃいけないかなって。確かに便宜上僕とあなたは師匠と弟子……になるのだと思います。けど、僕はあなたの上に立つ気はないんです。だって、僕は未熟者なんですよ?」
「自分を未熟って言ってしまえる点が、既にすごいと思います」
「それは単にそう見えてるだけです。僕は本当に、そんな、大層な物じゃないんです。だから、師匠呼びはやめてください。僕とあなたは対等なんです」
「でも、それじゃあなんて呼べばいいのですか?」
「いや……そこは任せます。普通にエル、でいいと思いますよ」
「じゃあ、エルさんで!」
フィオナはニパッと笑った。エルはそんな彼女の様子に、かえって疲れが増してしまった。
「それにしても、この病的なまでの生真面目さ。さすがチェイン・アームズの出身、とでも言おうか」
「え、エルさん私たちの学校の校風知ってるんですか?」
「知ってるも何も、僕は元々そこにいたんですよ? ……まあ、正直言うと全部の流派にいたけど」
「えっ、5つの流派全てに!?」
「はい。……あまり言いたくはないのだけれど、僕は全ての流派で『実力無し』と判断されて、追い出されてきたのですよ」
「へぇー……私と似てますね」
「それは、それとして。……少しだけ、確認したいことがあるんだ」
エルはそう言うと、1枚の紙をフィオナに渡した。
それは、ラザリアが作ったフィオナ・レインフォードのステータス表であった。
「こ、これは……?」
「先日、ラザリアさんに会ったんです。……事情を話したら、この紙をくれました。彼女は全生徒分、このように能力表を作っていたようです」
「――師匠……」
「僕が確認したいのは、この『勉学』の成績です。武術はともかくとして、魔術の評価が軒並みE判定なのに――これに関しては、あなたはSSランクの成績を得ています。だから……」
そしてエルは、立ち上がり、机の上から紙の束を持ち出して、それをフィオナに手渡した。
「それは僕が作った問題集です。魔術に関する知識を、5つの流派全て含めて集めてあります」
「え、じ、自分で作ったって、これ全部で10枚くらいありますよ!? しかも裏表、全部手書き! こんなものどうやって……」
「あ……そ、その、文字を書くのだけは自信があるんです。速さも、綺麗さも。えへへ、どうですかね?」
「ぶっちゃけここまで凝ってるとキモイです」
エルは「ぐふっ」と胸にナイフを刺されたかのような気持ちになった。
「あ、ご、ごめんなさい! 私その、結構失礼なことをしてしまって……」
「い、いや、いいんですよ。ただ外ではそれ、やらない方がいいです。……そうか、そう言えば初めて会った時はため口でしたね」
「ごめんなさい……ギルドの人達って、そういうの気にしない人が多かったから。今にして思うと、すごく失礼だなって」
「いいんですよ。僕はその位がちょうどいいんです。
……さて。フィオナさん。あとは、言わなくてもわかりますね? 僕は問題集を渡しました。無論これには何も答えが書いてありません。……となると」
「私が、今からこの問題集を解く。そうですね?」
「はい。僕の魔術はまだ造られて間もないです。そしてこれを発展させるには、他の魔術の知識も必要になる……と僕は考えています。扱えるようになるためにも、まずはあなたの知識と知能を検査します。制限時間は2時間です」
エルはそう言ってポケットから懐中時計を取り出した。
「問題の内容自体は、しっかりと知識があれば合格点である60点は取れるようになっています。ちなみに120点満点です」
「えらく微妙な値にしましたね」
「作ってたら辻褄が合わなくなって……。ま、まあ、兎にも角にも、これはあなたの現状を確かめるテスト。別に気負う必要はありません。その結果とステータスを確認しながら、あなたに合わせてどうして行くかを考えます」
「――それっぽくなってきましたね」
「データ集めは重要ですからね。……あ、机や筆記用具は僕のを使えば結構です。では、始めてください」
「わかりました! っしゃあ、やってやるわよ!」
フィオナは気合いを入れると机に座り、即座に筆記用具を取り出し問題集と向き合った。エルはその熱心な姿に微笑むと、『僕は、僕のしなきゃいけないことをしよう』と、フィオナのために作った育成計画を見直した。




