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11話『フィオナ・レインフォード 7』

 エル・ウィグリーは、約3日ぶりにギルドへとやって来ていた。


 3日間もこの場所に来なかったのは、フィオナと鉢合わせてしまうことが怖かったからだ。あの後、エルは冷静に自分の言動を考え直し、あまりに大人気なかったと猛省した。


 そして散々迷い、ようやく、彼女と出会いあのことを謝ろうと思った。エルはそうしておっかなびっくりとギルドへ来て、この結論に至るまで3日もかけた自分を恥ずかしく思った。



 3日ぶりにやってきたギルドは、なにやら荒れていた。


 床から突き出された石の柱、 その周りを囲む野次馬。ケンカでもあったのだろうか、エルはそんな呑気なことを思いながらも、集った人々の列に身を埋めていった。


 そして見たのは、回復系統の魔術を扱う流派、『ヒーラー』を扱う人物にケガの治療を施されているリュカたちだった。



「み、みんな!」



 エルは野次馬をはねのけ、思わずリュカたちに駆け寄った。



「な、なにが……いや、それよりもこの傷、酷い、早く治療を……」


「今、は、そんなの、いい、です」



 と。治療を受けている最中の少女が、エルに話しかけて来た。



「リ、リリィさん……」


「エル、さん……たいへん、です。あなたの、連れの、女の子が……連れていかれました」


「えっ……ふぃ、フィオナさんのことかい!? 連れていかれたって、誰に……」


「男の人。怪しかった。もしかしたら、人攫いかもしれない」



 エルはそれを聞いて背筋が凍るのを感じた。


 ラザリアが言っていた。低ランクの女性冒険者を狙って、人攫いが発生していると。


 フィオナはDランクの、低ランク冒険者だ。くわえてかなりの端正な顔立ちをした、かわいらしい女の子だ。人攫いに遇う可能性は、十分に考えられた。




「そ、それは、本当……」


「本当、です。そいつに私たちはやられました。

 エルさん、急いで、ください。あの子――あなたの、お弟子さんなんでしょう?」



 リリィ、呼ばれた少女がエルを見つめて言う。エルはその言葉にゴクリと唾を飲み込み。



「弟子とか、関係ない。助けに、行かなきゃ」



 エルは言って、立ち上がった。


 リリィが首を縦に振る。エルは慌てふためきながら、野次馬の中を抜け出して、無我夢中でギルドの外へと飛び出した。



 勢い勇んで飛び出したのは良かった。だが、エルはフィオナがどこにいるかなど皆目見当がつかなかった。


 争いがあってからそれほど時間も経っていないだろう。もしも何かが起こる前に助けるとしたら、今この瞬間しかない。めちゃくちゃに探し回る時間など、あるはずがなかった。


 考えろ。考えろ、なにか、どうにかできないのか。エルはそして、ふと、思いついたように大声で叫んだ。



「『――フィオナを、探せ!』」



 誰に言った訳でも無い。しかし魔力を乗せその言葉を言った途端、エルの胸から、熱い光の塊が飛び出したかと思えば、それは鳥の形となり、エルの前を飛翔した。


 それはまるで、さもついてこいと言っているようであった。エルは、その鳥がフィオナの元へ自身を案内するであろうことを信じ、無我夢中に走り続けた。



◇ ◇ ◇ ◇



 町の裏路地、その一角で、フィオナは男に頰を殴られ壁に背をぶつけた。



「が、ガハッ……」


「あんたもバカだな。こんな簡単なウソに騙されるなんてな」



 男は顔に青あざを作ったフィオナの髪を掴み、痛みに歪んだその表情を持ち上げた。


 やはりと言うべきか、男は最近ギルド内で横行している人攫いだった。フィオナは息を乱し、目前で冷ややかにこちらを見つめる男を睨みつける。


 わかっていなかったわけでは、なかったのだ。男が怪しいことも、言霊の技術を教えると言うのが嘘であることも、フィオナは全て、わかってはいたのだ。

 しかし、それでもフィオナは、自分の夢に続くかもしれない道を諦めたくなかったのだ。だからこそ、どれほど胡散臭くとも、全てを飲み込み、万に一つもありえない「もしも」の可能性に賭けてしまったのだ。



「それにしても変な依頼だぜ。とにかく若い女を攫って来い、だなんてな。こう言う時はお前みたいな世間を知らないガキを相手にするのが一番手っ取り早い」



 男は言いながら、フィオナの腹部を殴りつけた。フィオナは「ガハッ」と声を吐き出し、そして迫り上がる胃液を口を抑えてなんとか食い止めた。


 男はフィオナを見て嗤う。フィオナがそんな下賎な表情を見て、真っ先に感じたのは。


 なぜ自分は、何もできないのだ、という劣等感であった。



「いいねぇ、その顔。あんたみたいな芯の強い女が屈辱で表情を消していく姿って言うのは、見ていて興奮するからなあ」



 男は笑いながらさらにフィオナを殴る。陰部には膝蹴りを浴びせ、頬には腰の入った拳を打ち付ける。フィオナは勢いに吹き飛び、地面に突っ伏した。



「はは、これはいい。殴っても殴っても何もしてこねぇ。まるでおもちゃのようだ」



 男は笑いながらフィオナの背を踏み潰す。フィオナは地面に体を打ち付け、さらなる痛みと屈辱に顔を歪める。


 なんで、なんで。フィオナは立ち上がろうと地面に手をつく。しかし男は、そんな彼女の抵抗でさえ踏みにじる。


 なんで、こんな奴にも、自分は勝てないんだ。フィオナは何度も心で呟いた。



『諦めろ。普通に生きた方が幸せだ』

『お前なんかが騎士になれるわけがない』

『無理なものは無理だ。いつか後悔するぞ』



 頭の中に声が響く。これまで何度も言われた、自分を導く立場の人間にさえも言われた、自分の未来を否定する声が。


 嘲笑が。哀れみが。同情が。そして、時に優しさが。自分に悔しさと痛みを味あわせてきた。


 違う、違う。私はやれる、やれるんだ。そのために頑張ってきた、そのために全てを捧げてきたんだ。それを簡単に、否定するんじゃない。

 また失敗した。大丈夫だ、まだ次がある。また失敗した、また失敗した。大丈夫、大丈夫だ。100万回失敗したとしても、その次には、その次には何かが変わるかもしれない。そうして自分の心を持ち上げ、持ち上げ、持ち上げ続け。



『……諦めろ。こんな胡散臭い男に縋るしか道のない夢なら、追わない方がいい』



 しかし、その結果がこれだ。


 やっと見えた希望も潰えて。それでもなんとかしようとして、挙句胡散臭い男に騙されて。殴られ、なぶられ、そして自分は何も出来ずにいる。



「――そう言えば、依頼者は『死んでなければそれでいい』って言ってたな」



 男が突如思いついたかのように呟いた。フィオナはその言葉に嫌な予感がした。



「ちょうどいい、最近ちょっとご無沙汰だったからな。見た目は良いんだし、これで我慢しろって方がおかしいだろ」



 男の言葉の次に聞こえたのは、鞘から鋼が引き抜かれる音。フィオナは何をされるかを予期し、「いや、いや!」と叫び這いずり逃げようとした。


 しかし。



「おっと、逃げるなよ」



 男はフィオナを蹴り飛ばした。フィオナは転がり、脇腹を抑えて悶える。



「これからお楽しみの時間なんだからさぁ。まあそう嫌がるなよ。どうせお前も気持ちよくなる」



 男は言いながらフィオナに近づき、そして彼女に馬乗りになる。すると男は持っている剣でフィオナの服を引き裂き、その白い裸体を顕にした。



「おっ、結構いい体してるじゃねぇか。これは上物だぜ」


「いやだ、やめて、やめて!」



 フィオナは泣き叫ぶ。足掻き、体を打ち上げられた魚のように跳ねさせ、男から逃れようとする。しかし男は、フィオナの抵抗に全く動じなかった。



「抵抗するんじゃねえよ、動きにくいだろうが。ったく、焦らしやがって」



 男はなんでもないかのように言う。抵抗しても、抵抗しても、男はまるで何も感じていない。やがて男は自身のズボンを下ろし、そして局部を、露出させた。



「抵抗しても、無駄だって」



 男が呟く。男の一物が、自分の体に近づいていく。フィオナはその光景を涙目で見つめ。



 ――ああ、そっか。元から私に、未来なんて、なかったんだ。



 自分の人生の全てを振り返り、その瞳から光を消した。

















































































 ――その瞬間だった。

 彼女の目に、光を放った、1羽の鳥が写った。



「――なんだ、これ」



 どうやら男にも見えているらしい。男は動きを止め、ぼんやりとそれを見つめる。


 直後。



「『爆ぜろッ!』」



 声が響いた瞬間に、鳥は強く音を立てて爆発した。


 その衝撃は、男とフィオナの体を吹き飛ばし、乱暴に地面を転がすには十分な威力だった。



「な、なんだ!」



 男が騒ぐ。フィオナは薄暗くぼんやりとした視界の中で、裏路地の奥から現れた人物を、ハッキリと捉えた。



 それは、彼女が今まで見た事のない怒気を見せる、エル・ウィグリーだった。



◇ ◇ ◇ ◇



「なんだ、お前」



 男は焦り、エルを睨みつける。フィオナはエルの表情を見て、思わず息を呑んでしまった。


 目が血走り、髪が逆立っている。全身からは仄かな光を漏らし、それはフィオナにとって1つの希望のようにも思えた。



「――なんで」



 エルは男の言葉に答えない。代わりに彼は、泣きそうな声で、小さく言葉を呟いた。



「なんで、今までずっと頑張ってきた奴が。何度否定されても、それでも前を向いてきた奴が――あんたみたいなクソ野郎に、良いようにされなきゃあならないんだ」



 エルが一歩足を踏み出す。巨人が大地を踏みしめたかのように、地面が揺れた気がした。



「見ればわかるよ、何があったかなんて。だから僕はあんたに聞きたい。

 あんたはその子の何を知ってそんなことをしてるんだ?

 ああ、そうさ。僕だって彼女のことを、何も知らない。だけど一つだけわかることがある。

 その子はいい子で、何より、ずっと自分の未来を信じて、走ってきた子なんだ。そうして頑張って、頑張って、頑張って、その先がお前みたいな奴に捕まるなんて、理不尽すぎるじゃないか」



 不思議な声だった。強く、激しさのある声だったのに、エルは涙を浮かべていたのだから。



「は、はは、何言ってんだお前。ああ、そうか、お前、そう言えばコイツの師匠とか言ってたっけなぁ!」



 男の言葉に、エルがぴたりと動きを止めた。



「なんだ、今更現れて英雄気取りか? はは、わかるぞ。お前はあの女を見捨てたんだろ? だからあの女は俺についてきた。バカみてぇに尻尾振って、その先なんてあるわけねぇのによぉ!

 今更お前がなんの用だよ。そっちから勝手に捨てたくせに、Dランク風情の劣等種が、イキってんじゃあねぇぞ!」



 男は叫び、そして体の周りに炎弾を生み出した。小さくゆらゆらと浮くそれは、しかし確かな威力を感じさせるほどの力を秘めていた。



「死ねよ。この状況を見たんだからよォ、お前は生きて返すわけには、いかねぇよなぁ!」



 男は炎弾をエルに向けて放つ。それは見事彼に命中し、そして大きな爆発を起こした。


 フィオナは思わず身を乗り出す。男は漂う煙の中で大声で笑い、「ほら、やっぱり劣等じゃあねぇか!」と声をあげた。



 しかし。煙が強い風に吹き上げられ、そこにエルは、無傷で立っていた。



「は……は、ハァ!?」

「ああ、そうだ。僕はその子を見捨てたさ。だけど、だからどうした。だからと言ってその子を助けちゃいけない道理にはならないだろう」



 エルは言い、足を踏み出す。男はたじろぎ、足を後退させる。



「く、来るな、こ、こいつが、こいつがどうなってもいいのか!?」



 男は炎弾を出しフィオナに向ける。フィオナは恐ろしさのあまり硬直してしまった。


 しかし。エルは止まらなかった。



「『ああ、わかったよ。これでハッキリした。あんたは所詮、そういう男だ』」


「来るなって言ってるだろうが、本当に打つぞ、本当にこいつを殺してやるぞ!」


「『追い詰められたら人質を取る。相手が格下なら嘲笑い、そうじゃないと知れば途端に卑怯な手を使う。やっぱり、あんたはクソッタレだ。劣等の僕なんかより遥かに劣る、ゴミの掃き溜めよりも醜悪な存在だ』」


「来るなって、言ってるだろうがぁ!」



 男は明らかに混乱し、そしてフィオナに炎弾を放つ。フィオナは恐怖し、目を閉じる。

 しかし、炎弾が爆発した瞬間。まるで彼女の体に膜が貼ったかのように、衝撃も、その威力も、彼女の体の直前でせき止められてしまった。



「『観念しろ、クソ野郎。あんたみたいなゴミにはその子を殺させない。その子は僕なんかよりも遥かに立派で、価値がある存在だ。それをあんたは傷付け、犯そうとしたんだ。殺される覚悟は、できてるな?』」


「なんだ、なんだよ、お前は――お前はッ……!」



 直後。エルは強い怒りを、攻撃的な視線を男に向け。



「『壊れろ』」



 静かに中指を立て呟いた。瞬間、男が「あがっ……」と苦しみ始めたかと思うと。


 一瞬の間もなく、男が全身から血を吹き出した。


 穴の開けられた水袋のように血液が流れる。やがて男は、そのまま地面に倒れ込んでしまった。

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