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24 バクタへの旅




「さあ、出発だ」ラモンが言った。




 ラモンは手綱を引き、馬車を発進させた。おれはラモンの隣に座っている。


 後ろの幌付きの荷車の中には、数週間分の水と食料が詰め込まれている。ラモンが操る四頭の馬は、重い荷車をものともせずに元気に進みはじめた。


 俺達は、村の南の出入り口から出発した。


 東の地バクタを目指して二人旅が始まった。


「雨が降りそうだな」ラモンが言った。空はどんよりと曇っていて、雲の厚みが徐々に増してきているように見える。


「あんたと出かけるときはいつも天気が悪い。あんた、雨男じゃないだろうな」ラモンが笑いながら俺に言った。




 馬車はトンビ村を出て、南に進み、その日の午後にはアリアンナ街道にぶつかった。そこからは、進路を東にとった。これからずっと、東へ東へと旅が続くのだ。


 夕方近くになってから、分厚い雲に切れ目が見えはじめた。結局、旅の初日は雨に降られずに済みそうだった。




 アリアンナ街道はアイランドの南部を東西に結ぶ大きな道路である。西に行けば、やがてダマスの街に着くし、東へ行けばヤーポの街を経て、バクタに繋がっている。我々の旅は、この先ずっとアリアンナ街道を延々と進むことになる。




 日が暮れ始めた。今日は昼食も摂らずにひたすら馬車を進めてきたので、ここらで停車して、夕食を摂り、早めに休もうという事になった。


 馬車を止めて、ラモンが荷車の中にキャンプ道具や食料を取りに入ったのだが、ラモンは荷物をとらずにすぐに荷車から出てきた。そして荷車を指さし、俺に声をかけた。


「中を見てみろ」ラモンが呆れたような顔つきをしている。


 何事かと俺は荷車の中を見に行った。荷車の中には、なんとタータが乗り込んでいるではないか。


「荷物の中に潜り込んできちゃった」タータは俺を見て、苦笑いを浮かべながら言った。


「おいおい、勘弁してくれよ」俺は肩を落として言った。


「どうしても一緒に行きたかったのよ。バクタまで旅をしたかったの。ごめんなさい」タータが言った。


 とりあえず、タータを荷車から降ろし、ラモンが食糧とキャンプ道具を取り出した。そして、焚火を準備し、テントを張った。


「寝る場所だったら、私は荷車の中で寝るから気にしないでね」タータが言った。


「しかし、こんな事をして、タリアが怒るぞ。俺もタリアに怒られるだろう。サチメラには何て言ったんだ」


「サチメラには、バクタに行くのでしばらく仕事は休む、と伝えてあるわ。タリアには書き置きを残してきたわよ。私が勝手にしたことだから、プッピが怒られることはないわよ」


「しかしプッピ、旅の準備は二人分しかないぞ。このままだと、食糧や水が不足する。……こんな事なら、余分に水と食糧を積んでおくんだった」ラモンが言った。


「私は魔法が使えるわ。食糧だったら、魚を獲れば良いじゃない。私魚寄せの術が使えるわよ。それに、探し物の術を使えば、野ウサギやトカゲだって捕まえられると思うわ」


「プッピ、明日の昼には街道沿いの村にたどり着く。その村で食糧を買おう。タータの魔法に頼った狩りや漁は最終手段にとっておこう」ラモンが言った。




 その日からは結局、テントをタータに使わせて、俺とラモンは狭い荷車の中で眠ることになった。翌朝起床後に荷物をまとめ、我々は再び馬車を走らせた。


 村には昼過ぎに到着した。小さな村だった。ラモンが村民に声をかけ、食料を譲ってほしい旨を相談した。村民が村長を呼んできた。村長は、年の頃七十歳代と見える、年老いた男だった。


「この村では、金を使わんのだ」村長は言った。


 食糧を分けてもらうために金を払おうとしたのだが、この村では金貨は使用しておらず、専ら物々交換だという。しかし、俺達は金貨以外に交換する物を持ち合わせていなかった。


「我々は金しか持っていないのだ。交換できるような品物も無い。なんとか、譲ってもらえんだろうか」ラモンが村長に言った。




 村長は、しばらく考えて、一つの提案を出した。


「最近、村の畑を猪が荒らすんだ。この村は見ての通り、年寄りが多くて猪を狩るのは不得手でな。もしできれば、わし達のかわりに、猪を狩ってくれんだろうか。うまくいけば、食糧をわけてやる。どうだ?」


 猪狩りか……。ラモンなら出来るだろうか。


「プッピ、引き受けましょうよ。猪の居場所なら、私が探し物の術で探し出すわ。居場所がわかれば、ラモンが弓で退治したらいいわよ」タータが言った。


「プッピ、やってみようか。タータの術頼りだが」ラモンが言った。




 こうして俺達は、村長の依頼を引き受けることとなった。


 村長は俺達を村の畑に案内した。広い畑で、沢山の野菜が育てられていた。畑の北側に森がある。猪は毎日、森の方から出現してくるのだそうだ。


「獰猛な奴だ。くれぐれも気をつけてな」村長が言った。


 ラモンは馬車から弓矢を取り出してきて、背中に担いでいる。

  

「さぁ、タータ。猪の居場所まで案内してくれるか」ラモンがタータに言った。


 タータは頷き、水晶玉を使って呪文を唱え始めた。目を閉じて集中している様子だ。やがてタータが目を開き、言った。


「猪の住処がわかったわよ。私が案内するわ。行きましょう。」


 タータを先頭に、我々は森の中に入って行った。


 道なき道をしばらく進むと、よく見なければ見逃すほどの獣道にさしかかった。そこからは、獣道に沿って進んだ。


 すると、ほどなくして小さな川のほとりにたどり着いた。タータが囁き声で言った。


「川の上流の方を見て。ほら、あそこ、猪が水を飲んでるでしょう」


 タータの言う方向を見ると、大きな猪が川の水を飲んでいる所が見えた。予想以上に大きい猪だった。


 ラモンはそれを見て、人差し指を口もとにあて、俺達に声をたてないように指示をした。そして、弓をゆっくりと静かにつがえた。




 ラモンが狙いを定めて、矢を放った。


 矢は猪の背中に命中した。猪は苦悶の鳴き声をあげ、矢を放ったラモンに向かって、突進してきた。


「こっちにくる!」タータが言った。


 突進する猪は、みるみるうちに我々との距離を縮めた。猪の目は怒りに満ちている。あと数メートルという所まで猪が接近してきた所で、ラモンが次の矢を射った。矢は猪の脳天に突き刺さり、猪は息絶えて俺達の目の前で倒れた。


「すごい! ラモン、すごいわ!」タータが歓声をあげた。




 約束通り猪を退治し、俺達は村長から食糧を受け取った。これで、食糧問題は解決した。水は分けてもらえなかったので、途中で入手する必要があるが、水だけならなんとかなるだろう。


 そしてラモンが、狩った猪をさばいた。さばいた肉の半分と毛皮は村人にプレゼントし、残りの半分は俺達の戦利品となった。


 その日の夜から数日間は、俺達は猪肉のバーベキューを食べることになった。



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