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12 ユキのパート その2




 ユキの役割は、医師、看護師、理学療法士からなるタカハシのケアチームの統括と、針山への報告だ。

 ユキは毎日ケアチームからの報告を受けて、それをレポートにまとめ、針山に提出している。


 基本的に、レポートに記載する内容は毎日同じようなものだ。

 〇月〇日、本日も変わりなし。バイタルサインの数値と、排尿の量、排便の有無を記載する。




 午前中の最初の仕事は、ケアチームのミーティングへの参加だ。

 夜勤者からの申し送りを聞き、その日の看護計画、リハビリ計画の発表を聞く。

 タカハシ一人のケアのために、かなりの人数が動いていることになる。まさに至れり尽くせりの状態といえるだろう。


 今日のミーティングでは、理学療法士からの提案で、リハビリプログラムの改善、修正について話し合われた。

 ユキは理学療法士の話を聞き、医師、看護師からの意見を聞き、最終的に決裁をする役目を担っている。




 タカハシのリハビリプログラムは、基本的に午前中に二回以上、午後に三回以上、そして夜間帯にも複数回、実施されている。

 リハビリといっても、本人は意識不明で自発的に動くことが無いので、理学療法士が身体各部の筋肉を他動的に動かしてやることで行っている。

 一般的なリハビリ専門病院でのリハビリの実施回数は、一日に二~三回という程度であり、タカハシに組まれているリハビリプログラムは、屈指の手厚さである。

 その効果もあり、タカハシの身体全体の筋肉量の低下は最小限に抑えられている。




 実際の看護の部分では、ユキに与えられた仕事は無いのだが、ユキは毎日午後はタカハシのベッドサイドに座り、眠っているタカハシに話しかけることを日課にしている。

 主治医から、聴覚を刺激することは大切なことだ、とアドバイスを受けて以降、毎日欠かさずに続けているのだ。




「タカハシさん、外はだいぶ寒くなりましたよー。こんな日は鍋が美味しいですよね。鍋といえば、私が好きなのは胡麻豆乳鍋です。胡麻豆乳鍋食べたことありますか? 豆乳ベースの出し汁に胡麻が入ってましてね、豚肉と白菜と……」

 話の内容は、ほとんど独り言のような物だ。

 それでもかまわず、ユキは話しかけ続ける。

 ユキが選んで買ってきたパジャマを着たタカハシは、何も言わずに目を閉じ、眠り続けている。




 この日もユキはタカハシのベッドサイドで午後を過ごし、夕方になってからレポートの作成に取り掛かった。

 そして、完成したレポートを針山の社内メールアドレスに送信する。




 これで、一日の仕事は終わりだ。午後五時三十分。


 週に三回は、仕事が終わると会社を出て、タカハシの家に寄る。猫の様子を見に行くのだ。


 この日もユキはそのつもりだった。帰り支度をして、眠っているタカハシに声をかける。


「タカハシさん、今日はこれで帰ります。帰りににぼしちゃんの様子を見てきますよー。また明日……」


 ユキがタカハシの肩に触れて、そう声をかけた時だった。




 タカハシの右手のひとさし指がピクリと動いた。


 次の瞬間、タカハシの右手が何か物を掴むように、ギュッと握りしめられた。


 ユキは恐る恐る、自分の手を差し出してみた。タカハシは、ユキの手を握った。しっかりと力が入っている。


 タカハシの両目がうっすらと開きかけた。そして、タカハシは薄目のままユキを見つめ、二人の目が合った。




 ユキは、タカハシと見つめ合ったまま、大声で看護師を呼んだ。



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