Sunset Lounge アメイジング・サンセット!
夕焼けから、夕闇に変わる時間。
古来、逢魔ケ時などとも呼ばれる、現実と非現実が混ざり合うとされるそんな頃。
空が一瞬として同じ表情でなく、世界がひどく移ろうその中で、人々は熱狂し、踊る。
日暮れ。
DJはKaoru Inoue。1989年からDJや音楽制作を始め、そのまま第一線で活動し続け、いまだ現役としてシーンを牽引する——大ベテランでありながら常に先端を切り開く男だ。
そんな只者ではないDJのミックスにあわせ、人々は踊る。
心を音にのせ、高く高く浮かぶ。
音と、身体が混じり合う。
ならば、グルーヴを介して、今度は人と人が混じり合う。
今、人々は、個々の個性を持った人間でありながら一体の何物かに変化する。
日が落ちて、次第に濃くなっていく闇の中、人と人、人と物の境界さえ定かではなくなっていく。
黄昏——誰そ彼。
人々は闇の中一つになる。
心を開いた個が集まれば、集団は個を超える全きを得る。
人々は、それぞれが個でありながら、一つの大きな集合体へと変化する。
——律動へ!
熱狂に熱狂が重なり、それはいつの間にか臨界点を超える。
ならば世界が変わる。
世界が君を揺らす。
揺れた君が変わり、また世界が変わる。
リズムに合わせて世界が回る。
君は回る。世界の神秘が君の中を駆け巡る。
奇跡のような瞬間に——奇跡は舞い降りる。
叫ぶ。
君は踊る。
隣の知らない誰かも踊る。
その横の誰かも懸命に踊る。
止まらない律動が、大きなうねりが島を包む。
その渦の中、君は知る。
小焼けの空も星空に変わるそんな頃に。
天が、淡い微妙な、しかし複雑な表情を見せるそんな時……
音が止まったその時に。
拍手と絶叫。今日のパーティが終わり、この日、この場所に集った者は皆、絶頂の中立ち尽くし——
——永遠。
祭りが終わり、しかしその祭りが、律動が今の今まで、世界を満たしていた事を君は覚えている。
音の消えた会場から離れ、深く艶やかな闇の中に入り、山を降りながら思い出す。
林の切れ間から見える海の先に街の光を見つめながら。
爽やかな海の風を頬で感じながら。
心に鳴り響く音を聴く。
過去から感情が、追いかけてくる。
熱狂がこの島に未だ残って、自分の心を火照らせているかのように思えた。
また叫び出してしまいそうなくらいに激情に、君は耐えきれず身悶えする。
ちょっと前までの大騒ぎが嘘のように、深く、静まり返った島の夜であった。
しかし、それでこそ知る。
君は知る。
熱狂は、ダンスミュージックは、パーティが終わった後も君の心を踊らせ続けているからこそ——真実であると。
君は、秘密を、永遠を知る。
音楽。
その真実——本質を。
音の中に詰め込まれた永遠が君の中で解放されて……
ならば、音は常にあるのだった。
君とともに……永遠に。
そして……
*
「……ぐ〜」
「……んんん」
「……プカー」
江ノ島から戻り、家に帰る電車の中、等しく、楽しく、夢の中の三人であった。
江ノ島海岸からモノレールで大船に向うまではまだ今日のパーティの話をしているなど余裕もあったが、JRに乗り換えてそのまましばらく乗り換えがないとなれば、今日の疲れがどっと出て、一気に心地よい眠りの中に落ちる。
そして、そのまま……
「……ぐ〜」
キッカが南武線の乗り換えを乗り過ごし、
「……んんん」
ミーネも日比谷線乗り換えを乗り過ごし、
「え!」
アナは本能的に自分の降りる駅で目を覚ますが、
「「は、はい……?」」
「みんな、もう渋谷よ!」
「「え、え——!」」
なんとも、見事に寝過ごしてしまった、ミーネと、キッカ。
しかし、まあまだまだ終電までは随分と時間があるのだけれど。
一気に家に帰る気力を失いながら、呆然と渋谷駅ホームに立つ二人なのであった。