私の空手の極意
「タカ。いよいよこの旅も終わりに近づいているけど、どうだった?」
Iホテルのテラスでお茶を飲みながら、タカに尋ねてみました。
「押忍。すごく楽しかったです。いろいろ学ぶことも多かったですし、師匠の意外な面もたくさん見ましたし」
「え、意外な面て何よ?」
「はあ、例えば師匠は女好きのくせにいざとなると度胸が無いとか、師匠の空手は実に卑怯だとか、ハッタリが得意だとか・・・そういうことかなあ」
・・・おいおい・・・そういうことだけか。。?
「ジョンが現れたときに師匠、いきなり『お前どこの道場だ?』『M知ってるぞ』ってやったじゃないですか。あれなんかヤンキーの問答そっくりでしたよ。ヤンキーは初対面の相手に『おまえどこの中学だ?』『**知ってるか?あれはオレの後輩だ』ってやるじゃない。その会話で上下関係を決めるんですね。師匠、もしかして元ヤンですか?」
・・・違うよっ!
「ただ感心したのはですね、師匠はどうしてとっさの時に色々作戦を思いつくんですか?あれだけは不思議ですよ」
・・・ん。ようやくいい質問だ。
「タカ。それが僕の空手のまさに極意だぞ。ひとりきりの弟子のタカにいまこそ極意を伝授しよう。いいか・・・これは心得ごとなんだ」
「押忍」タカの顔が真剣になります。
「タカ。そのまま顔を動かすなよ。今、このテラスに何人の人が居るか言ってみろ」
・・え?とタカは戸惑った表情になります。
「わからないか?僕はこのテラスに入った瞬間にそれをアタマに叩き込んだぞ。男は老人が4人、50歳くらいのがひとり。女は老人が5人。中年が3人いる。それにウェイターがひとりだ。僕がいま座っているこの位置からは、全員の姿が視界に入る。ここに居る誰かが突然襲い掛かってきても対処できるようにシミュレーションしているんだ。これを常にやるように心がけるんだよ。会話しながらでも、遊びながらでも・・・たとえばタカが突然、その手に持ったフォークで突き掛かってきた場合なんかも考えているわけだ。こういう思考がクセになるようにしておけば、とっさの場合に対処できるようになる。わかったか?」
はああっ・・・とタカがため息とも、感嘆ともつかない息をもらします。
「師匠。オレは恥ずかしいです。師匠が常にそんな心がけをしているなんて、今の今まで気づかなかったっす。オレは師匠を見くびっていました。スミマセンでした。押忍」
・・・ん。どうやら師匠の威厳はかなり回復したようだ。。
「ま、そういうことだ。急には無理だけど徐々にいつでもアタマの隅っこで、そういうことを常に考えて、周囲にレーダーを張れる様になれば、大抵の危険は回避できるもんさ。稽古は日常、24時間、いつでも稽古なんだ」
「師匠はあまり稽古しないで、いつもゴロゴロしていると思っていましたが、師匠にはあれも稽古のうちなんですね」
「お、おお。そうよ」
・・・まあ、そういういうことで。。
「じゃあ、師匠。師匠に質問ですがね、今その師匠の後ろに立っている人がいきなり首を絞めてきたら、どう対処するんですか?」
・・・え?後って。。
あわてて後を向くと、私の真後ろに別のウエイターが立っている。
「うわっ!なんだお前は!!」
私があまりにも驚いているので、バツが悪そうなウエイター。
「な、なにか御用はございませんでしょうか?」
「ないよっ!あったら呼ぶよ!」
・・・・・
「師匠。師匠の空手の極意はたしかに受け取りましたよ。つまりはハッタリですね。極意と言うのは」
・・・はい。そーです、そのとおり。。。
私達はホテルを出てバイクに乗り込みます。
「さあ、いよいよこの旅の最後の地に向かうぞ。覚悟はいいか?」
「押忍。長いようで短い旅でしたね。ビルマか。ゴールには何が待ち受けているのやら。。。」
バイクをスタートさせます。
このままメーサイへ、そしてビルマ(ミャンマー)のタチレクでゴールです。
まもなく・・まもなく私達の旅が終わる。。
メーサイに向かう一本道は、やがて長い上り坂になります。
ここでバイクが不快な唸り声を上げ始めました・・・ボボボ・・・プスン。
「あれ?タカどうした」
「エンジンが止まっちゃいましたよ。もう1回掛けてみます」
ブルン・・・エンジンの調子は別に悪くない。
もう一度坂を上ります。
しかし、スピードが出ない。すぐにエンジンが止まってしまう。
「師匠、ダメだ。バイクの馬力が足りないんです。二人分の体重じゃ坂を上れないんだ」
「・・・つまり、僕がデブだから上らないと・・?」
「押忍。平たく言うとそうです」
数時間後・・・・ふたたびチェンセン。
結局ゴールにたどり着かず、尻切れトンボに終わった私達の旅。
明日はバンコクに戻ろう・・・はああ。。。




