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心の中の野獣

「オーム。あなたトミーちゃんと結婚する?」


静子さんはオームの手を掴んだまま、こんどはオームにタイ語で言います。

オームも一瞬驚いた顔をしますが、しばらくするとうつむき加減に首を縦に振ります。。


「ちょ!ちょっと待ってください、静子さん。そりゃいくらなんでも急すぎますよ!」


静子さんは険しい顔で私を睨みつけます。


「アナタ、まさか断るつもり?お嫁さんが欲しいって言ったのはトミーちゃんでしょう?それともオームじゃ不服だというの?言っときますけどね、オームは本当にいい娘よ。トミーちゃんにはもったいないくらい。なのに何が不満?アナタ、まさか日本に帰ってオームよりいい娘と付き合えるとでも思ってるわけじゃないでしょうね?」


あまりの急な話の展開に、私もかなりあわてております。

静子さんという人は、すごく激しいところがありまして、しかも思い立ったら即行動に移します。この人のペースに巻き込まれたら、本当にここで所帯を持つことになってしまう。。


「いや、そういうことじゃなくてですね、僕はまず自分の生活を安定させたいんです。日本に帰ってちゃんと働いて・・・家庭を持つのはそれからの話です。いまここでオームと一緒になったって、ろくな稼ぎもなきゃ、彼女を幸せにもできんでしょうが」


静子さんが何か言おうとしていますが、ここで口を挟ませたら彼女のペースです。私は話を続けます。


「タカもいます。タカも僕の弟子ということで、いろいろ人生回り道しちゃっていますから、彼もちゃんとやっていけるようにしたいんです。何かそう・・ビジネスを興します」


静子さんは、ちょっと一瞬考える表情をします。それからゆっくり口を開きました。


「トミーちゃんの言わんとすることは分かったわ。でも、まず身を固めてから本腰を入れたらどう?アナタが今まで放浪していたのは結局、一人身だからじゃないの?」


「それは静子さんの言う通りかもしれませんが・・しかしオームって僕が初めて会ったときは子供だったけど・・・一体今いくつなんです?」


静子さんはまたちょっと考えて・・・


「・・・今年16になるわ。十分結婚できる」


「そりゃ、いくらなんでも若すぎますって!!16やそこらで将来どうなるかも分からない30面さげた男と一緒にさせられたんじゃ、オームがかわいそうすぎる。彼女だって今が楽しい盛りじゃないですか」


静子さんの険しい表情がなぜか少し寂しげに見えます。


「アタシはね、オームが娘のようにかわいいの。トミーちゃんも知っての通り、アタシには娘がいるんだけど、もう何年も会ってないのよ。オームはね、このあたりの貧農の娘なんだけど、このへんの女の子は大きくなるとすぐに、親がバンコクに稼ぎに行かせるのよ。オームのように器量のいい娘は特にね。どうやって稼ぐかは想像つくでしょう?」


もちろん私にも、そのへんの事情は十分理解できます。


「この娘の姉もバンコクに行っているわ。オームも稼ぎに行かされるところだったのを、私のところで働かせるということで預かったのよ。だから私はこの娘をちゃんとした人に嫁がせたいのよ。わかる?」


「それはわかりますけど・・・僕は全然ちゃんとしてませんよ。なにしろ無職なんだから。静子さん親代わりなら、もう少しですね、娘の嫁入り先は慎重に選んだ方がいいんじゃないですか?」


ふー・・・と静子さんは大きくため息をつきます。


「わかったわ。アナタの言う通りかもね。OK、トミーちゃんは早くビジネスを成功させなさい。そしたら必ずここに戻ってきて。オームのことは考えておいてよね。いい?」


「はい、考えておきます」とりあえずはこう言うしかない。。


「トミーちゃん、タカちゃん、今日は泊まって行くんでしょ?」


「あ、いや、一応ホテル取ってるんですよ」


「なに?ナマイキにホテルですって?そんなことだから太るのよ。すぐにキャンセルなさい。宿代が無駄。ここのほうがずっと快適よ。タカちゃんもいいでしょ?」


急に話を振られてタカも動揺気味。。


「お・・押忍。。あの、師匠・・どうします?」


どうすると言われても、これ以上静子さんの誘いは断れまい。。


「分かりました。とりあえずホテルに荷物を取りに行きます。夕方までにはこちらに戻りますので、お世話になります」


ようやく静子さんはニッコリとして


「よかった。本当はホテルまで送って行きたいんだけど、今から急ぎの仕事があるのよ。近所の人に送らせるわ。オーム!今夜はトミーちゃんたちが泊まっていくわよ。シャモを一羽潰しなさい。アナタの未来の旦那様にご馳走してあげるのよ」


オームはちょっと照れくさそうに微笑みながら、「チャーウ(はい)」と答えて私のほうをチラリと見ます。・・・ちょっとドキっとした。


静子さんが手配したクルマで、私たちはチェンマイ市街の私たちのホテルに向かいました。

車内でタカが話しかけます。


「ねえ師匠。あれ、静子さんの言ってた話、いい話なんじゃ?オームちゃんて静子さんの言うと通り、すごくいい娘みたいだしさ。師匠だってそろそろ身を固めてもいいトシなんだし。なんで断ったのさ?」


・・・それは・・つまり。。


「実はね・・静子さんに”オームと結婚しなさい”って言われたときにさ・・一瞬、アタマに絵が浮かんできたんだよ。オームとあのちゃぶ台に差し向かいに座ってさ、飯食ってるんだ。オームの横にはちっちゃな子供が座っていて、オームがスプーンで子供に飯を食わせているの」


「・・・?それの何が問題なんです?」


・・・何なんだろう?


「いや、その絵が浮かんできた直後に、アタマの中で誰かが叫ぶんだ。ダメだ!まだお前は落ち着いちゃダメだぞ!って・・・それで急に怖くなってきてさ・・・タカ、あれは一体何なんだろうね?」


んーー。。タカは少し考え込んで


「師匠の中にいるもうひとりの師匠が・・・心の中の野獣が師匠の平和を許さないんですよ。まだ安住するなって・・荒野を行けって・・そう言ってるんだな」


「そんな・・・タカ、僕は安住の地が欲しいのに・・自分の中にそれを拒否している野獣がいると?」


「押忍。結局は師匠自身が本当は荒野を求めているんですよ。若いころに身に染み付いた自由を捨てたくないんだ」


タカはときどきすごく的を射たことを言いますが、それは私にとってはおそろしい分析です。


「じゃあ、タカ・・僕はいつまでたっても落ち着けないってことか?ずっとこんなことやって生きていくわけか?」


すごく不安になってきました。

しかしタカはこのとき非常に明るい笑顔を見せて、こう言いました。


「師匠。心配ないですよ。これから心の中にいる野獣を飼いならしていけばいいんです。それが師匠にとっても、オレにとっても、今後の課題じゃないですか」


「タカ・・・僕にできるかな?」


「押忍。できます!」


・・・いつのまにか慰められている。。これじゃどっちが師匠やら。

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