第8話 泥棒だけどストーカー
飯盒炊爨は無事に終わり、完成したおいしいカレーを皆で食べた。
今は後片付けが完了してクラスごとに集まっているところだ。
俺が炊爨の役目を終了し戻ってきたときには、野菜を煮詰めている段階でほぼ完成に近かった。やはり尾崎君と鶴嶋君はふざけて持ってきたお菓子やらバナナやらを入れようとしていたみたいだが、渡島さんによって無事死守されたらしい。そのおかげでカレーはとてもおいしい物に完成した。
遠足に来てからいつも以上にテンションがおかしい2人にすでに疲れ気味な渡島さん&野崎さんに心の中でお礼を言っておこう。
「じゃあ、全班後片付け終わったみたいだからレクやるぞー」
夏芽先生の声に皆が集まっていく。
レクはクラスごとにやるみたいで、やる遊びは事前にレク係が決めてみたいだ。
「5組はドロケーやるから、くじ引いて警察と泥棒に分かれてねー。くじ引いてドロチームだったら赤いはちまき、警察チームだったら青いはちまきを体のどっかにつけてー」
レク係のクラスメイトが大きな声で言うと、くじを引きに行くためにその子の元に集まっていく。
ドロケーは確か、警察と泥棒に分かれてする鬼ごっこみたいなやつだよな? 小学校の時からやっていない遊びだな……。
レク係の人が持っているくじ引きを順番に引いていく。この頃くじを引く機会が多いな……。
俺の引いたくじは「ドロ」と書かれている。レク係の子に言われたとおり、赤いはちまきを手に取り腕に着けた。意外と体育会系の部活に入っている人が多い5組の面々から逃げられる気がしない。
「皆引いたー? じゃあ、ドロチームが逃げ始めてから1分後に警察がスタートするね。範囲はアスレチックコースとこの広場の中で! 捕まった人はここに戻ってきてね!」
緑丘公園では子供向けのアスレチックコースがあるが、逃げている最中に子供とぶつかってしまっては大問題なので今回は大人向けのアスレチックコースと今居る広場が範囲みたいだ。そこだけでもかなり広い。
「じゃあ、スタート!」
レク係の子が大きな声で言った後、ホイッスルを鳴らす。
その音がなるとすぐにドロチームの人がアスレチックコースに向かって走って行った。
俺も、できるだけ遠くに逃げようとその人達について行った。
◆ ◇ ◆
アスレチックコースに到着し、できるだけ奥へと進む。
大人向けのアスレチックコースは小さな子供では攻略するのが難しそうな木製の遊具がたくさんある。遊具で遊んでいたら警察チームに捕まりそうなので、とりあえず遊具の陰に隠れる。警察チームが来るまで少し休憩したい。
「おや、冬樹君じゃないか!」
座って体力を温存していたら、話すだけで俺の体力を消費してきそうな鶴嶋君が来た。頭に赤いはちまきを着けているので同じドロチームだ。
「鶴嶋君もドロチームなんだね」
「そうなんだ! ぶっちゃけ逃げられる自信はないがせっかくだし頑張るぞ!」
鶴嶋君はオタクだからインドア派だろうという偏見を持っていたが意外とやる気なんだな……。こういう行事ごとが好きなタイプなのだろうか。
「美少女の警察に捕まるの夢だったんだよね……! 野崎さんに捕まりてぇー」
前言撤回。ただのやばい欲の塊だった。
「野崎さん警察チームなんだ」
「うむ。髪に青いはちまきつけていたのを見たぞ。できればポリスのコスプレをして欲しいところだった」
「うわぁ……藤堂君喜びそう……」
と表面上は引きつつも、野崎さん似合うだろうなー、可愛いだろうなーと少し想像してしまうのは仕方ない。だって男だもの。
「どうした!? 俺を呼んだか!?」
「うわっ!」
鶴嶋君と煩悩の塊のような会話をしている最中に大きな声が近くでしたのでびっくりする。
一瞬警察チームに見つかったのかと思ったが、アスレチックの陰に隠れていた俺たちをのぞき込んでいる人物の腕を見てみると赤いはちまきがついていたのでとりあえず一安心する。
「なんだ藤堂君か~! びっくりした」
まあ、来た人物は先ほど少し会話に出てきた野崎さん大好き人間・藤堂裕也君なので安心できるような常識人ではないのが悲しいところである。
「鶴嶋に冬樹! お前ら仲良しだったんだな!」
「あ、いや別に」
「冬樹君冷たい……」
藤堂君は笑いながら俺と鶴嶋君の前に腰を下ろす。そろそろ警察チームが来そうな気がするがまあ見つけたら逃げればいいかと言う感覚になっている。
「鶴嶋とは何回か話したことあるけど、冬樹とは初めてだよな! よろしくな!」
「うん、よろしく……」
藤堂君は野崎さんが絡まなければ普通にさわやかな好青年に見える。基本的にテンションが高くて暑苦しいとは思うが、外見はいかにもスポーツ少年という感じでやや童顔なところも女の子受け良さそうだ。
まあ、すべては野崎さんが絡まなかったらの話だが。
「で、なんかさっき俺の名前聞こえたんだけど気のせい?」
先ほどの俺と鶴嶋君の会話が少し聞こえていたようだ。
「気のせいではないけど……」
藤堂君が野崎さんのポリスコスプレ喜びそうだよね! と言う会話をしていたと言うのはなんか面倒なことになりそうだ。というか会話持ち出したくない。
「藤堂君は野崎さんがポリスのコスプレしたらテンション上がり狂って喜びそうだよねーって話をしていだんだ」
会話持ち出した上地味に話を盛っている鶴嶋君。ほんと余計なことしか言わないなこの人。
それを聞いた藤堂君はもっとテンション高く「わかるぅぅぅ! 野崎マジ天使ぃぃぃぃ!」ぐらい言うかと思ったら意外と冷静だった。
「あれ、そうでもない?」
俺と同じような返しがくると思っていただろう鶴嶋君も、予想外の反応に少し驚いている。
「いや、可愛いとは思うぞ。だけどな、俺は……いつもの野崎が好きなんだ」
静かに目を閉じて優しい声色で言った。
すごくいいことを言った感はあるのだが、別に付き合っているわけではないし嫌われている相手に遠慮なくストーカーのようなことをする人なのでいまいちきまらない。
「それに俺は制服姿が可愛いと思う!」
そしてさらに台無しになる台詞を被せてくる。
「藤堂君制服萌えなの? 一周回って乙なチョイスだね!」
「萌え……?」
あくまでも野崎さんのことが大好きなだけで鶴嶋君のような女の子に対する情熱があるわけではないようだ。純粋なんだか不純なんだかよく分からなくなってきたぞ。
「あ、噂をすればあれ野崎さんじゃない?」
話し込んでいるといつの間にか青いはちまきを付けた人たちが少しだけ見えてきた。
その中にきょろきょろと周りを見渡している野崎さんがいた。こちらには気付いていない様子だ。
「そろそろ移動したほうがいいかもね」
「そうだね。とりあえずもう少し奥の方に行って……」
「野崎ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
『えぇぇぇぇぇぇ!?』
俺と鶴嶋君で相談しているとあろう事か藤堂君は野崎さんのいる場所に向かって走っていった。彼はこのゲームのルールを理解しているのだろうか。
それに気付いた野崎さんはさっきまでは普通だった顔を露骨にゆがませ、逆方向へと走って行った。
ドロチームの人が警察チームの人を追いかけるなんとも奇妙な光景だ。
「気持ち悪い! 追いかけてこないで!」
「何でだー! 俺を捕まえてくれぇぇぇぇぇ!」
「ほんとキモイ!」
そのまま藤堂君と野崎さんは謎の追いかけっこをして姿を消した。
ほかの警察チームの人も予想していない出来事にみんな少しの間固まっていた。
これは想像以上にカオスなドロケーになりそうだ。