第7話 遠足日和
遠足当日。ここ最近肌寒かったのだが、今日は暖かい春の日差しが差し込み絶好の遠足日和だ。
遠足の集合場所はそれぞれの教室で集合時刻は8時30分。教室で先生の話を聞いた後、1組から順番に移動しバスに乗り込み、9時に学校を出るといった流れだ。
俺は集合時間より少し早めに教室に到着し、自分の席で本を読んでいた。本当はもう少し後に来る予定だったのだが一本速い電車に乗れたのでそのまま流れできてしまった。普段はギリギリに登校するのに遠足で張り切っているみたいでなんか嫌だ。
早い時間のため教室にいるクラスメイトは少ない。5組は俺を含めギリギリに登校してくる人が多いのでしばらくは集まらないだろう。
「あれ、雪斗おはよう。早いなー」
そう考えた矢先に、聞き慣れた声がした。普段は俺より先に教室にいる風神だ。
「おはよー、風神。たまたま一本速い電車で来れた」
今日は遠足と言うことで服装は全員ジャージだ。美城高校のジャージは男女同じデザインなので、ジャージ姿の風神は正直女の子にしか見えない。とても可愛い。口には出さないけど。
「あ、風神。今日ってバスだよな? バス席ってどうなってんの?」
「自由らしいぞ。一緒に座ろうぜ」
「そうなんだ。よかったー、一緒に座ろ」
バスの中でそんなに話したことない人が隣になるのはなかなかしんどいので風神が隣になることに安心する。
その後、8時30分のチャイムが鳴る頃には皆(尾崎君以外)は席に着いており、夏芽先生の短い話を聞いた後バスに乗り込んだ。
なお、尾崎君はバスに乗り込んでいる最中に堂々と遅刻してきて夏芽先生に怒られていた。
◆ ◇ ◆
バスに揺られること1時間。緑丘公園に到着した。
広々とした駐車場には大型バスが5台並んでおり、そのバスから降りたら先生の号令がかかりクラスごとに並んで前に立っている先生の話を聞く。
「はーい、じゃあ到着したと言うことでまずは荷物置きに行くぞ。そっから時間早いけどご飯作って昼食にして、その後レクレーションっていう形だ。職員さんとか一般客に迷惑かけるなよー」
それからいくつかの注意事項を聞いた後、荷物を置きに園内にある建物に入る。
コテージのような建物は自然豊かな緑丘公園によくあっており、普段都心で生活している身からすれば自然が多くてとても落ち着く。
荷物の中から飯盒炊爨に必要な物だけ取り出し、それを持って外に出る。
「じゃあ、飯盒炊爨担当するやつは私のところに集合。包丁使う奴らはけがには気をつけるように。じゃあ、班ごとに始めていいぞー」
夏芽先生の声で皆動き出す。
飯盒炊爨を行う場所はかなり広く、5組が使うスペースだけでも全然広かった。料理器具も一通りそろっている。さすが人気スポットだ。
メニューはどの班も共通してカレーなのでそこまで手間がかかるわけではない。食材等の買い物は事前に済ませているので、すぐに調理に入れる状態だった。
「ふうー! テンション上がるっすねー!!」
「そうだね! 『あい♡すい』のLPもちゃんと消費してきたしノリノリで飯盒炊爨できるよ!」
……この2人が問題を起こさなければ、無事に終了するはずだ。
我が4班の問題児2人のテンションが教室にいるときよりも高い。先が不安になるテンションだなおい。
ちなみに、鶴島君が言っている『あい♡すい』はスマホのリズムゲームだ。
「すでに変なテンションになっているわね……」
渡島さんがあきれながら言う。今日の渡島さんは髪を低い位置に二つくくりしており、いつもと違う雰囲気がなかなか新鮮だ。
「あはは……最初からこの調子で大丈夫かな?」
その隣で、野崎さんも苦笑いを浮かべながら言う。ジャージ姿でも可愛いので最強ですな。
「役割分担、馬鹿2人に包丁を任せるのは危険ね。私と秋葉でやりましょうか?」
「そうしよっか。じゃあ、冬樹君。飯盒炊爨の方お願いできる?」
「了解。それが無難だと思うよ」
「尾崎君と鶴嶋君には野菜炒めるとか煮込むとかそこら辺やってもらおっか」
「冬樹、どっちか連れて行く?」
「いや、1人で!」
渡島さんの提案に食い気味で断る。あの2人のどちらかと行くのは疲れる。
飯盒炊爨はおいしく炊きあげるのはすごく難しいけど作業自体は割と単純だと思う。火は先生や従業員さんがやってくれるので、1人でも大丈夫だろう。
「じゃあ行ってくるね」
「ありがとう、よろしくねー」
飯盒炊爨をするところに行くと、他の班からも1、2人ずつぐらい人が来ていた。
基本的には夏芽先生が指導してくれるみたいで、各班代表が来ている事を確認すると説明し始めた。
「じゃあ始めるぞー。まずは……」
夏芽先生が説明するとおりに作業していく。思っていたとおり、飯盒にお米を量って入れて研いでいくという単純な作業だ。これなら普通にできそうで安心する。
「お米……? 研ぐ……? ……そい!」
前言撤回。隣で明らかにやばい手つきで作業をしている人物を見てとても不安になる。そのやばい手つきで米をとぐために入っている水を米ごとぶちまけそうだ。
「あの……蒼井さん? 大丈夫?」
そう、そのやばい手つきをしているのは蒼井瑞樹さんだ。黒色の長い髪を今日はポニーテールにしており野崎さんの時同様、近くで見るとすごく美人だなと思う。
蒼井さんは相変わらず眠たそうな瞳でこっちを見て首をかしげる。
「……えっと、すいません。お名前……」
「あ、冬樹です。冬樹雪斗」
「冬樹ですね。……覚えました」
すぐに忘れられそうだな。この調子だと。
こうして蒼井さんと話すのは初めてだが、自己紹介の時に感じた印象とそう遠くはなさそうだ。
「もうちょっと優しく研がないとこぼれるよ?」
とりあえず熊が川にいる鮭をとるような力強くてやばい手つきをやめさせないとまずい。
「優しく……こうでしょうか?」
蒼井さんは先ほどよりずいぶん優しくなった手つきで米をとぎ始めた。
「そうそう。それで、水が濁ってきたら米が出ないように水だけ流して……」
蒼井さんは一つ一つ教えるとそれを素直に実行する。不思議ちゃんな部分はあるが言われたらちゃんとやる素直な子ではあるんだな……。
「なるほど。冬樹、ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ。お役に立てたなら良かった」
それから蒼井さんは教えた動作でお米とぎ、こぼすことなく炊爨の段階まで持ち込めた。
炊爨に関しては夏芽先生が意外と丁寧に指導してくれたこともあり、最初は心配だったけど蒼井さんは教えたことはしっかりできる子だったので安心した(すぐに忘れる体質でもありそうだが)。
他の班の子達が夏芽先生に教えてもらっている間、後は炊けるのを待っているだけの俺と蒼井さんはぼーっと立って時間を過ごしている。
「……あ、思い出しました。冬樹は学級長ですね」
「そうだけど唐突だね!?」
ぼーっとしていた蒼井さんが、突然つぶやく。やはり基本的に天然でマイペースだな。見た目が何でもできそうな美人なだけにギャップがすごい。
「愛羅から話を聞いたことがありました」
「愛羅……あ、渡島さんと仲いいんだ?」
「はい。小学校からの幼馴染みです。あ、あと秋葉も幼馴染みです。秋葉は中学受験をしたので中学校は別でした」
その3人が仲良しと言うのは聞いているだけで微笑ましい。それぞれ個性的ではあるが3人とも綺麗で可愛らしい顔立ちなので並んでいるだけで幸せな気がする。
「高校になって再会したら藤堂に対してだけ秋葉が変わり果てていたので驚きました」
なるほど。藤堂君と野崎さんの出会いは中学校か……。一体どんなことがあって温厚な野崎さんが罵倒するレベルまで嫌われているのか地味に気になってきたぞ。
「でも、高校生になってまた3人で入れてすごくうれしいです」
「蒼井さんは渡島さんと野崎さんの事すごく大切なんだねー」
「はい。2人とも大切な友達です」
そう言うと、蒼井さんは優しくほほえむ。本当に2人のことが大好きなんだなと表情からすぐに分かる。
うん。美しい友情だ。
「おーい。冬樹と蒼井ー。ちょっと来い」
蒼井さんのほほえましい話を聞いていると、他の班の炊爨の様子を見ていた夏芽先生に声をかけられる。おそらく、完成が近づいてきたのだろう。
もう少し話を聞いていたいところではあったが、俺と蒼井さんは夏芽先生の元に戻った。